第五話 彼らは依頼を受ける。それが己の為故に。

 実習を終え、肉体的精神的な疲弊から回復したルーク・エンパイア、レーア・ナーストリア、ユーズ・レイラックの三人は場所を移動していた。学舎の中の小さな部屋。空き部屋という訳ではなく、何かの用途として使う部屋らしい。だが、三人には一体何に使う部屋なのか見当もつかない。何やら『朗報』なるものを持ってきたらしい〈アインの部屋〉の担任、シーサック・コーズに連れられてこの部屋に来たのだ。

 恐らくこの部屋は一般人が行うような一般的な用途のものではないらしい。

 部屋の外の音は聞こえず、つまり同時に中の音も外には漏れないのだろう。そして微かだが魔術が行使されている気配をレーアは感じ取っていた。とはいえそれはこちらに害を成す――元より害を成す理由がないのだから当たり前だが――類のものではない為、あえて二人に告げることはしていない。

 向かい合うソファの間にテーブルが一つ、片側にルーク・、レーア・、ユーズ・の三人、もう片側にシーサックが座っている。そして壁全面を埋め尽くす本棚と、隙間なく埋め尽くされた本がある。

「で、朗報っつうのは?」

 少しの沈黙の後、どちらから話を切り出そうかと機会を伺っていたが、ルークが痺れを切らし、言葉を紡ぐ。

「まずは確認だ。〈ライドリアの学舎〉は、どういう場所だ?」

「国力強化の為に優秀な若人を集め、それぞれの才能に応じた場所で活躍できるようにする為の育成機関、って感じかな。合ってる?」

 レーアが率先して告げる。

「ま、大体正解だ。もっと正確に言えばの書類上だ。この〈ライドリアの学舎〉の運営権利は巡り巡って軍属だ。まぁ今のところはあり得ないだろうが、仮に他国との戦争となった場合、現状の軍に余力がなくなった時、駆り出されるのはお前達ってことになる。特にお前ら〈アインの部屋〉の面子は、何なら余力があっても駆り出される可能性が高い」

「……まぁ、覚悟はしているよ」

 ルークの言葉にレーアとユーズも頷く。特にルークとレーアは、何ならばそれを望んでいる。

 強き者と戦う。それがルークとレーアの行動目的だ。その対象は国の中だけの話ではなく、この世界にいる存在全てに対してだ。そして他国の者と戦う時、戦争という状態は非常に都合が良い。

 そんなことを考えていることは他の誰にも、おくびにも出さないが。

「まぁ戦争云々は良いんだよ。基本的にはお前らが出張らなくて済むように先輩達がいる訳だしな」

 〈ライドリアの学舎〉に卒業という概念はない。ターレット・リーツが学徒入りの際に言ったように、ここにいる皆は総じて家族だ。家族はいつまで経っても家族だ。良くも悪くも、例え国を裏切ろうともそれでも家族である。この学舎を巣立つことはあってもそれは関係が切れるという訳ではない。

 現にルーク達が学徒入をしてから一ヶ月、〈アインの部屋〉に在籍する学徒の数が三十程だが、その三倍以上の軍人が帰省と称して度々学舎に帰ってきていた。ルークとレーアは〈アインの部屋〉だった者が帰る度に勝負を申し込み、受けて立たれたり断られていたりをしている。

 〈ライドリアの学舎〉は二十年以上続き、もはやこの家族は国を支える基盤となっている。どこの機関にも学徒達が在籍しておりそして優秀な成果を挙げ続けている。

 少なくともこの十数年の国の成果に〈ライドリアの学舎〉は寄与し続けている。

 ともかく。

「本題なのは、お前らが現時点で既に軍人であること、だ。軍人である以上、一定量の任務の達成をして貰わなければならない」

「は? 聞いてねぇぞ!?」

 ルークが驚きの声をあげる。同時に視線だけで他の二人に確認を取るが誰もその事実を知らなかった。

「まぁ、一年目はその定量が少ないからな。二年目はその運十倍で、みんなひぃこら言いながら任務を受けて、あっちこっち飛び回ってるぜ」

「なんでそんな急に過酷なことになるんだよ!?」

 言われて、二年、三年の〈アインの部屋〉の学徒を食堂やら大浴場など全学徒共有の空間でもあまり見ないな、と三人は思い出す。同時に、なるほど任務で駆けずり回っているからかと納得した。

「基礎と応用の一歩手前くらいの所までは、一年目で教え込むからな。一年目の最後の試験でそういった旨が発表されて、みんな一つの任務を達成して貰う。それが進級――軍として言うなら昇級か――の試験内容で、みんな地獄を見るって訳なんだが……、まぁお前らはその前段階である俺を殺すってことをたった三日で成功しちまった。だからこれは言うなれば俺からの報酬って奴だ。今から、お前には二年と同様の任務情報の開示をする。んでこの部屋は任務を管理している部屋だ」

 そう言ってシーサックは立ち上がり、ルーク、レーア、ユーズにそれぞれ一冊ずつ本を投げ渡す。どれも真新しい丁寧な装丁の本だ。

「これは何だ? 何も書かれてないが」

「なんて言えば良いんだろうな。まぁ簡単に言えばお前達の功績を記す本だよ。それに自分の魔素を注いでみろ。これまでのお前らの功績と今のお前らで受けられるであろう任務、あとはお前らが一体どの程度強いのか、『レベル』っつう数値で表記される」

 シーサックの言葉通りに三人は魔素を通してみる。すると本は各々の髪色――ルークは緋色、レーアは純白、ユーズは漆黒だ――に変化し、またそれぞれの表紙も変化する。それぞれ、ルークは剣、レーアは冠、そしてユーズは全知の女神こと《フィーア》を象徴する盲目の少女の姿が描かれていた。

「本の表紙は、まぁ言うなればその本人の意思や傾向によって変化する。剣は強さ、冠は地位や権力、或いはもっと単純に支配欲求とかな。しかし、ユーズのそれは珍しいな、お前のことだから知識欲求の象徴だと思うが、だがだとしたら相当お前の中では知識に対する欲は凄まじいってことだろうな」

「……まぁ、それはそれでかなり納得できるけどな」

「そうね。引くくらいな」

「そうか? 普通だろ」

「ま、つまりその表紙は今のお前の目的そのものってことだ。もしも気を付けろよ。お前らの中で大きな変化が生まれているってことだからな。ま、それはさておき、中を見てみろ」

 言われて三人は開く。

「お前らレベルは?」

「五、だな」

「八」

「四だ」

 ルーク、レーア、ユーズの順で答える。

「そうか。ちなみに俺は二十七だ」

「なんだよ自慢かよ!」

「半分はそうだ。しかし、そうか、もう三も越えてやがるのか。その数値の基準は、自分よりも圧倒的に強い敵に対して勝利を収めたこと、だ。普通に生きてりゃ、器は一のままだ。二年になってようやく二になるかどうか、なんだが」

「…………」

 三人はそれぞれ心当たりを思い浮かべ、しかし何も答えない。

「ま、いい。それに三以上ってことは正式にこの任務を渡せるしな。これが俺の言う『朗報』って奴だ。次の頁を開いてみろ」

 三人が開くとそこには同じ内容が書かれていた。

『学舎公認依頼。依頼者、【センドライズ】国境警備隊東部区域担当官ペイン』。

 内容を要約すれば。

「東にある国、【ヴァリアン帝国】から逃れてきた野盗の対処、か」

「なるほど、依頼ね。つまりは、国家内、国家間を問わずの問題の処理をするってことね」

「そういうこった。その野盗共は【ヴァリアン帝国】内で処刑されるはずだったんだが、どういう訳か逃亡、外れにある【センドライズ】も【ヴァリアン帝国】も未干渉の地にある村一つを襲ってそこに住み着いたらしい。

「襲うっつうのは脅して、その村の奴らを人質にしてるってことか?」

「いんや、。そこの食糧が無くなれば次の村を襲うだろうし、その中で仲間を増やしたり、逃げていた仲間達と合流をするかもしれない。だから早々の処理が必要なんだよ」

「そんなのを俺達なんかに任せてもいいのか?」

 ルークの疑問は妥当なものだった。両国の問題であり、今回で言えば【ヴァリアン帝国】の失態から始まった問題だ。これを【センドライズ】側が解決すればそれは一つののようなものになる。国家間の権力図に影響を及ぼす可能性もある問題だ。ならば軍属とはいえまだ入って一ヶ月も経っていないような者ではなく軍の部隊を向かわせた方がいいだろう。

「逆だ。厄介なのは、場所が両国共未干渉の地だってことだ。そこに正式な軍隊なんぞ送ってみろ、侵略だってケチ付けられるかもしれねぇだろ?」

「でも、それじゃあ俺らも駄目なんじゃないのか?」

「お前らが軍人だってのはの話だ。向こうからすりゃ、十と少しのガキが勝手に対処しちまったっつう異常事態になる。あくまでも〈ライドリアの学舎〉は教育機関っつう体だからな。軍に行く奴らばっかだからある程度は察せられているだろうが、まさかお前ら全員が既に軍人ってことまでは思ってねぇよ」

「そうか。俺達は未だ未確定の戦力ってことか。それらが任務達成の為に水面下で動き回ってる。。それが抑止力になっているってことか」

「そういうことだ。で、だ。お前らの進級試験はこの野盗共の対処ってことになった。この野盗達を対処すれば進級は確定する。ついでにその後の依頼は全て、二年次の成績として計算される。もしかすりゃ、二年になった時点で進級確定なんてことも有りえるかもな?」

「なるほど、それで朗報か」

 優秀なものにはさらなる成果を。それが〈ライドリアの学舎〉の方針でもある。

「まぁ、野盗が別の理由で対処された場合は、別の依頼が来ることになってるから急がなくてもいいか、どうだ意思の確認くらいはしておきたい」

 ふむ、とルークとユーズはレーアに視線を送る。こういう時、方針を固めるのはレーアの役目だ。

「……その対処っていうのは、相手の生死は問うの?」

「いんや? 但し、頭くらいを生きて捕まえたなら報酬は上がる」

「そ。なら受けるわ」

「そうか。いや、そうだと思っていたよ。じゃあ、よろしく頼むぜ、第一〈アインの部屋〉代表」

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