【番外編】一 異世界の彼らもまた外出の自粛をする。(一部は除く)

 これはルーク、レーア達が学徒入りを果たして二週間が経った頃の話。二日前にルーク達が午後の実技でシーサックを殺したことで〈ライドリアの学舎〉が大騒ぎとなって、それが落ち着いた頃の話だ。


『こんにちは、学徒の皆様。学長のリーツ・ターレットです。さて知っている方も多くいることでしょうが、昨日から第二〈フィーアの部屋〉の学徒のにより、未知の気体が〈ライドリアの学舎〉に溢れています。この気体を吸い込む、触れるなどした場合に起こる現象について残念ながら我々は未だ把握できておりません。その為、〈アインの部屋〉は寮内で待機、〈ツヴァイの部屋〉は体調不良者への適切な処置、〈ドライの部屋〉は関連していると思われる事象の記録と情報の整理を、〈フィーアの部屋〉は事態収束を、〈フンフの部屋〉は〈ドライの部屋〉からの報告を元に必要な物資、情報の提供を各部屋に、〈ゼクスの部屋〉、〈ズィベンの部屋〉、〈アハトの部屋〉はいつも通りに――但しなるべく寮内に留まること――お願い致します』

「よくもまぁそんな長い文章、噛まずに言えますね」

 くくっ、と笑ってシーサックはふわぁと大きな欠伸を漏らした。学長室の中でそんな態度を取れるのは、シーサックくらいだ。リーツ・ターレットとはそれくらいに畏れ多い伝説の存在だったりする。

 そんな彼女が使った魔術、[転声]。少しコツを掴むことができれば複数人だろうとも声を届けることは可能な簡単な魔術。とはいえ、それを千人弱の学徒達全員に伝えるというのは簡単ではない。大量で高質な魔素の使用と、それを狂いなく使う技量が必要だ。シーサックのそれは皮肉に聞こえるが、しかし純粋な経緯でもある。

「ええ、まぁ慣れていますからね。それを言うなら貴方もそうでしょう。よくもまぁ、。多少なら問題はないとはいえ、そして浄化の魔術を臨時で掛けたとはいえ、現在漂っているのは【必死に至る災厄の霧】を擬似的に再現した猛毒です。」

「全く、学長は人が良いですね。一体誰が俺を徹夜させているんですかね」

「自主的な協力のしかしていませんが」

「くくっ」

「ふふっ」

「シーサック。リーツ様にそれ以上の無礼は許しませんよ」

 すっ、とリーツの影から現れ、シーサックに露骨な敵意――もとい殺意を向けるのはリーツの従者、セイン・トーランだ。

 だが、当人であるシーサックはどこ吹く風といった様子で、そも歯牙にも掛けていない。

「セイン」

 ただ名前を呼んだだけ。だがその意図はセインに充分に伝わった。伝わらなければリーツの従者として不適格だ。

「…………」

「さてと。俺は次のでもして来ますかね。まだまだ溜まってることだし」

「お願いしますね、シーサック」

「願われなくとも、俺はただ仕事をこなすだけです」

「ふふっ、それでもお願いするのが私です」

「よく知ってます。本当にもう、嫌という程に」


 シーサックを殺したことで得た報酬としてユーズ・レイラックは、広間と言ってもいいくらいの部屋を貰ったが、しかしその部屋は既に積み上げられた大量の本に埋め尽くされ、いつ崩れてもおかしくない。そんな部屋の中で何をしているのかと言えば、純粋そのまま読書だ。

 世界中の歴史書に神話、魔術書、などなどありとあらゆるものを毎日徹夜して読み耽るのが、ユーズの日常だ。[睡蓄]という、寝溜めの魔術を行使することで日常生活に影響はないが、しかしルークやレーアからは当然のように注意をされている。

 そも[睡蓄]は常用するような魔術ではなく、緊急時のもの。それを多用すればどうなるかはユーズも理解しているのだが、今こうして知識を集めなければ。それは実力差による焦りなどではない。今のユーズと、ルーク、レーアに実力差はさほどない。だが、二人は圧倒的な速度で成長を続けている。

 きっと今も尚、どうやってかは分からないが、驚くべき速度で全ての技術、精度を向上させ続けているのだろう。

「魔法も魔術も、要するには魔素を力とし、詠唱を補助として現象を起こす技術。あの時ルークの言葉は理解できなかった。特殊な言語だと思っていたが、まさか発声法の方なのか……?」

 シーサックを倒した際の決め手となったとある魔術。一体何と詠唱したかさえ不明のソレについて、知識欲求の権化であるユーズは当然のように問いただした。

 しかしルークは意地でも答えようとせず、見兼ねたレーアがヒントを与えた。

 ――魔術は一体何を基にしているんだっけ?

 シーサックを倒した当日含めた二日を掛け、書物を調べ上げても未だ取っ掛かりすら掴めていない。知りたいという欲求に駆られ、また同時に一体どうしてルークとレーアはそれを知っているのかという疑問がユーズに浮かび上がる。

「ああ、退屈させねぇな、アイツらは本当に」

 純粋かつ楽しげな笑みを漏らしながら、ユーズは次の本を取る。この一冊がルーク達との差を一歩埋めるものだと信じて。


 そんなユーズのことなどつゆ知らず、ルークとレーアは自室にいた。ユーズと同じ部屋だが基本的な家具以外は何もない為、比べればかなり広く思える。そんな部屋で二人は一緒に寝食を共にしている。

 元々は別々の部屋だったがシーサックを倒した報酬として大きな部屋を与えられ、その際に二人で過ごすことを申請したのだ。これまでにも何度かそういった申請は有った為すんなりと許可が降りた。あまりにもあっさりとした対応だった為に二人の方がそれに対応できなかったくらいだ。引っ越し――と言っても前述の通り、二人は必要なものがほとんどない――の荷解きを昨日終え、そして今回の自室待機の指示だ。

 二人はしばらくは各々で時間を潰していたが、しかしそれも数時間で一段落がついてしまった。

 だからこその今だった。二人は部屋の真ん中で向かい合い、目を閉じて胡座をかいたまま、神に祈るかの如く両手を合わせている。その表情は真剣そのもので、何も知らない人が見ればその信心深い宗徒なのだろうと思っただろう。しかし、その実、二人は祈りをしている訳ではない。

 二人の間に漂う魔素は荒れ狂っている。お互いに魔素を放出し合ってぶつけ、相手の姿勢を崩した方の勝ち。そういったルールの元で行う魔素の制御の訓練だ。

 魔術とは魔素を現象に変換する技術だ。その効率化の為に人は自らの意志を魔素に電波させる特殊な発声法を用いて詠唱をするし、安定化させる為に魔術補助具――俗に魔具と呼ばれているモノだ――を使用する。だが、それはあくまでも中級者までの話。日常生活やちょっとした治安維持活動においては詠唱と道具の活用だけで事足りる。だが戦争などの人殺しであればそれ以上の技術を用する。

 それが魔素の操作技術だ。二人は独自にその結論に行き着き、そしてこんな時の暇潰しとして、遊びとして、訓練を行っていた。

 やがて白熱したらしい魔素は視える程にまで濃度を増し、それぞれ一匹ずつの獣となった。ルークが手繰る魔素は狼の頭に角の生えたような姿になり、レーアの手繰る魔素は龍の姿となってお互いを喰らい合う。結果、その姿形を維持できなくなって狼が消える。

 同時に弾けたように二人は背中側に倒れ、大きく息を吐き出し、吸った。

「かぁぁぁ、負けたぁぁ。クソッ、やっぱ勝てねぇわ。レーア」

「んなことないよ。ギリギリだった。うん、やっぱ凄いね、ルークは。本当、伸びしろしかないって感じ。一日違うだけで、全然違ってる」

「ずっとそれ言い続けてるけど、だったら一回くらい勝てるだろ普通」

「そりゃあ、私だって伸びしろしかないしね」

「自分で言うのかよ、それ」

「自分で言わなきゃ誰も言ってくれないからね」

「そりゃ、お前の強さを理解できるヤツなんてそうそういねぇだろ。この学舎でさえいるかいないか――」

「十五人いるわ。この学舎に」

 相手の強さを測る基準は、基本的に自分だ。その為、自らよりも強い相手を人は見定めることができない。つまり、その二人とはレーアよりも強いということだ。

「……マジかよ」

 ルークはにやりと表情を歪ませた。それは純粋故の歪な笑みだ。

「やっぱ、そうでないとな。でないと、わざわざ学徒入りした意味がねぇもんな」

「まぁね」

 二人は笑う。いつか、自らよりも強い十五人と戦えころしあえることを期待して。

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