第四話 〈アインの部屋〉の学徒達は殺し合う。それが彼らの役目故に。

 自室や地下食堂へ向かい、各々自由に昼食をとった〈アインの部屋〉の面々はその後、午後の授業の為に学舎まなびやの外に集まっていた。

 午前は座学、つまりは頭を動かし、午後は実習、即ち体を動かす。

 学舎の前に三人組三列の隊形――〈ライドリアの学舎まなびや〉では三人組が基本だ――で並んでいた。そしてその前にいるのは

「よし、全員いるな。じゃあ、今から五分後から授業開始だ。条件はいつも通りだが念の為に説明しておくぞ。魔法、呪術の使用は禁止、魔術は良しだが魔術補助具の使用は禁止、それ以外ならどんな罠を使っても良い。そして、これもいつも通りだが

 実習。もっと言えば、実戦。〈ライドリアの学舎〉の敷地内には学長ことターレット・リーツが認めた存在ならば宣誓と宣誓の間に三回まで魔術が掛けられている。

 つまり午後の授業――実戦とは、本気の殺し合いだ。対象は〈アインの部屋〉担任であるシーサック・コーズだ。彼を殺すか、或いはシーサックの腰にある巾着を奪うことが出来れば良し、というものだ。

 何とこの一年の間に一度でも取ることができた組は、その後の実践授業は自由参加となり、各々のことをしても良しとなっっている。

 学徒は三人一組スリーマンセルを作り、一組ずつ挑む。これは〈アインの部屋〉がそういった三人一組の少数精鋭部隊を育成する〈部屋〉だからだ。忘れてはならないのは〈ライドリアの学舎〉は魔術科学国家【センドライズ】のめいにより都市セントラルが自国の保守と治安維持の為に作った教育機関だ。全ては国の為であり、いつか起こるとされている争いに備える為でもある。

 故に〈アインの部屋〉に集められた学徒達は辿達だ。とはいえ、にも程度というのがある。他の〈部屋〉も同じだが特に〈アインの部屋〉に集まる学徒達の出自は様々だ。かつての〈アインの部屋〉にて最高の戦績を治めた伝説の学徒は元他国の諜報員だったりする程には。

 とかくその為、最初に行うべきことは殺しに対してのある種の抵抗を消すことだ。殺し慣れではなく、殺すことを殺すという理由で躊躇わなくする為のもの。

 その情は一般的な人間であれば必要なものだが〈アインの部屋〉に集められた者達には必要がない。彼らは人を殺すことで仲間を大切な人を守る存在になる者達であり、その覚悟を見せた者達だ。

 とはいえ、だからと言って【センドライズ】にて捕まった極悪人共を使って「こいつらを殺せ」などというを最初からすると心に傷を負うかもしれないし、ごく普通に返り討ちに遭う可能性もある。だからこそ、殺しても生き返る場所での殺人、である。

 とはいえ、シーサックを殺すことに対して〈アインの部屋〉の学徒達が抵抗を覚えないという訳ではない。むしろ抵抗の方が強いだろう。それくらいに彼は憎めないものぐさ講師だ。――だが、学徒達は平然と彼を殺しに掛かる。当然のように、当たり前のように考えに考え抜いた手段で彼を殺しに行く。

 その理由は――。


 〈ライドリアの学舎〉の敷地内にある広大な森。川に海に山、草原に高原など全ての環境がライドリアの学舎の敷地内には存在しており、そこでは植物や生き物の研究、そしてこういった実戦の練習場として活用されている。

 今、シーサックに挑んでいるのはアネット、リンドウ、カイラの女子三人組だ。〈アインの部屋〉の中で平民の出自、それも中央都市セントラルに程近い場所の出である故に仲良くなった三人組で、この実戦授業ではいつも最序盤にシーサックに挑んでいる。

 そんな三人の蹴り二つと殴り一つをシーサックいなして足と腕を掴んで三人まとめて投げ飛し、そして足元に転がっている石を三つ拾う。

「『』」

 まずい、と思った時点でその弾丸いしは放たれ三人の心臓を的確に貫いていた。物体を飛ばす初歩の魔術[飛燕]だ。

 瞬時に致命傷という因果が取り消され、同時に転移魔術が発動、皆が待機している学舎前に三人は無傷のままで現れた。

「アネット、リンドウ、カイラ、脱落だ。三人同時に攻撃すれば捌ききれないだろう、という考えは確かに正解だ。多勢に無勢ってやつだな。どんだけ戦闘能力が高くとも数が多ければ確かに不利には違いない。だが、それはその多勢がだ。三人で同時に攻撃しようがその足並みが揃わなければ所詮は一と一と一。それはどう足掻いた所で三じゃない。その辺りの詰めが甘い。それじゃあ、俺を殺すことなんてできないぜ?」

「「「はい!」」」

 声だけを特定の人間に届ける[転声]という魔術を用いてシーサックは三人にアドバイスを送る。

「よし、じゃあしばらく三人は休憩だ。少なくとも十組が終わるまではあまり動かずに休んでろ。一応、お前らはさっき死んだんだ、体にはかなりの負担になる。無理だけはすんなよ」

 とそれだけ言って、シーサックは次の組を呼んだ。


「くっそ~!! 今度は行けると思ったのになぁ!」

「まぁまぁ。そう簡単に行く訳はないよ。作戦自体は良かったみたいだよ。何発かし、何よりそのってのは結構な進歩じゃない?」

「そうだよ。一年でなんとか一回倒せたらオッケーなんだし、焦らないで行こう」

 地団太を踏みながらカイラは悔しがり、リンドウ、アネットはそんなカイラを宥めていた。

「まぁ、そうだけどさぁ。でもこの授業が終われば一杯遊べるんだよ? それに早ければ早いほど報酬も沢山貰えるしさ。見た? 代表達が貰ってた報酬」

「「あー……」」

 なるほど、アネット、リンドウはカイラが気持ちを逸らせている理由を察する。

 代表というのは、一人ではなく一組だ。元より、基本的に〈ライドリアの学舎〉は三人組が最小単位だ。そして代表とは、ルーク、レーア、ユーズの三人組である。

 彼らは三日目にてシーサックを殺し、授業を終えた。その成績は異例のものであり、〈ライドリアの学舎〉の歴史においても五本の指に入る好成績だった。

 〈ライドリアの学舎〉は実力主義だ。そして授業と言えど成績が良ければそれだけ報酬が与えられる。ルーク達が得た報酬というのは、数十年は遊んで暮らせる程の金と、そして自らのだった。ルークとレーアの家には幾らかの資金が付与され、平民だったユーズは貴族――と言っても貴族の中のくらいはまだまだ下だが――の一員となり、ユーズ・レイラックの名を【センドライズ】から貰った。

 【センドライズ】においては平民から貴族に成るというのは稀ながらもよくあること――そもそも貴族という位は言わば名誉の証拠のようなであり比較的簡単に貰うことが可能であり、また没収も簡単にされてしまう――で、とはいえ結果ユーズの名は〈ライドリアの学舎〉においてはかなり有名となったのだ。

「まぁ、でも彼らはなんか違うよね」

「……まぁね」

 はぁ、とアネット、カイラはため息を吐き、リンドウは苦笑いを漏らす。彼らができるなら自分にも、なんてことは到底思えない。

 ルークとレーアは言われてみれば当然といった感じだが、ユーズもまた明らかに場馴れしている。戦い慣れではなく、だ。

 彼らはきっとのだろう。それは家系によるものなのか、それとも運命の悪戯なのか、彼らは最初から〈アインの部屋〉に居るべきような存在だったのだろう。

 ――ドゴン!!

 と爆発音が聞こえる。遥か遠くで何かが爆発した音だろう。同時に、少し前にアネット達が転移されて来た場所にルーク達が現れる。いつの間にかルーク達の組がシーサックに挑んでおり、そして敗北したのだ。

「だぁっ!! 負けた。シーサックのヤツ、明らかに本気で殺しに来やがった!」

「あはははっ! あー、負けた負けた。いいねいいね、あんだけやっても勝てないかぁ。くぅー、ワクワクしてきたぁ!」

「だな。明日こそは、絶対に勝とうぜ」

 心の底から楽しんでいるであろう笑顔のまま、三人はその場に崩れ落ちる。倒れ、地面に頭が激突する前にアネット達は駆け寄り、その体を支える。三日目に倒した以上、三人はこれ以上シーサックと殺し合う理由も必要もない。報酬も流石に一度きりであり、それ以上は何も得られない。それでも彼らは毎回参加しており、そして

 シーサックに対して〈アインの部屋〉の面々が遠慮なく殺しに迎える理由。それはとても単純に、からだ。

「三人共大丈夫?」

「いや、ちょっと無理っぽいな。悪い、医療室まで運んでくれねぇかな?」

「いいよいいよ。じゃあ、行こうか」

 ルーク達代表組と、そして〈アインの部屋〉の中でも中間辺りに位置する平民組。彼らの間に確執のようなものはなく、それは〈アインの部屋〉全体を通して同じことが言える。


 その後。

「よー、お前ら、生きてるか?」

 医療室に運ばれたルーク達。ベッドで眠る三人をからかうようにシーサックが顔を見せる。

「こちとらあんたに殺されてんだよ。よくそんなこと言えるな?」

「後には響かねぇようにしてやってんだろ?」

 手加減。そう、手加減をされている。シーサックは強過ぎる。各組の程度に合わせて、勝機が見える程度には力を抜き、その上で未だルーク達以外には殺されていない。そのルーク達に関しても見立てを間違ったが為の迂闊なミスであり、だからこそシーサックはその後は無敗であり続けている。他の組に比べれば明らかに差異が見て取れる程の強さ、鋭さ、重さをルーク達にはぶつけている。そんな風に手加減をしながらも彼は汗一つとてかかないでいた。

「で、何の用だよ。俺もレーアもユーズも正直、まだ動けねぇんだが」

 致命傷を無かったことにする名もなき特殊な魔術。逆に言えば致命傷以外の傷や損害は受けている訳で、そういった傷もある程度は回復してくれるが、それでも他に比べれば比較的多く、治療室で治癒の魔術を受けてもまだ全快には程遠い。

「何、午後の授業、別に出なくともいい俺との殺し合いやりあいに出るくらいには暇してるお前らに、ちょっとした朗報だよ」

「別に暇してるから出てる訳じゃあないですよ。効率を考えればシーサックさんと戦うのが最適だから、私達は参加しているだけで」

「レーアの意見に俺も同意だ。実戦形式の中でも本気で殺し会える。最適解なんだ」

 ルーク、レーア、ユーズの順で口々に言う。たった三日で授業は終わった。とはいえ、体を動かさなければ、そして殺し合いをしなければその腕がなまることを三人は。だから、本気の殺し合いを、気軽にできるシーサックとの戦いに積極的に参加しているのだ。

「ああ、

 にかり、と悪巧みの顔で笑うシーサックに、三人は首を傾げた。

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