第三話 学徒達は学舎に慣れ、そして関係を築いていく。
〈ライドリアの学舎〉において教室というのは実のところ勉学の為に設計された訳ではない。教室に段差はなく全員が同じ目線で席に着き、等間隔に配置された簡単な引き出し付きの机で勉学に励んでいる。
正直な所、【効率は悪い。例えば学徒が座る教室を段差式にすれば前の席の学徒の身長に寄らず黒板全てを見ることができるし、また前の席の学徒が何をしていようが視界の端にしか映らない為、集中力を乱されること もない。
〈ライドリアの学舎〉の敷地は広く、大陸の約三割を有する国【センドライズ】の一割程がその敷地となっている。故にわざわざ手狭な教室を用意する必要もない。特に優秀な成果を挙げた学徒に与えられる部屋の方が広いくらいだ。それに資金だって潤沢にある。
だから学徒となった若人達が学舎生活に馴染んでまず疑問に思うのは何故、教室はあんな形になっているのか、である。
そしてその理由についての話は、また別の話。
「あー、だからつまり。呪術、魔法、魔術ってのは理屈が一緒でもその中身、対価、そして主体が違うんだ」
黒板を縦に三つに区切り、呪術、魔法、魔術について隻腕の青年ルーク・エンパイアは語る。ルーク達のクラスである〈アインの部屋〉を受け持つ担任、シーサック・コーズはというとルークの隣、担任用の席でぐーすかとイビキをかきながら眠っていた。学徒入りを果たしてはや一ヶ月、シーサックのそんな怠惰な態度にはもう慣れたものだ。それにシーサックがそんな有様だとしても、問題もない。
学徒入りするということは一つの事象に対して一定の成果を認められているということだ。故に、ひとまず数ヶ月は
「魔法と魔術ってのは中身はほとんど同じだ。神に祈りと対価を捧げ、その代わりに現象を起こして頂く。まぁ、違うのはその対価が正か負か、ってところだろうな」
「正と負? どういうことだ」
「あー、例えばだな。魔法で難病に掛かった人間を治す為には、赤と白と青の花冠、砂漠の砂で濾過した水、それと治癒する人間の血液を対価にすると効率が良い。これは生命力を司る女神〈ツヴァイ〉が砂漠のオアシスにて人々を治癒した逸話によるものだ。彼女に当時のそれを思い起こしてもらい、過去を局所的に再現させる訳だ」
現在、神と呼ばれる存在は休眠期と呼ばれる状態にある。いつからそんな状態なのか、休眠期が終われば一体どうなるのか、それを知る者は誰もいない。ともかく神達は眠りについている。とはいえ、神達は活動している。人で言えば夢遊病のような状態で自らの管轄における事象を司り、故に神が起こす奇跡である魔法は機能している。
今を過去と誤認させ、過去に基づいた現象を起こして貰う。故に魔法に必要なのは望みの現象を司る神について知っていること。知ってさえいれば他の対価でも応用が可能となる。
「じゃあ、呪術は?」
はい、と手を挙げた同じクラス、平民の出であるアネットは純粋な疑問をぶつける。彼女はよく言えば無垢であり、悪く言えば無知だ。そしてだからこそ、そんな質問を投げかけることができる。
「呪術は、神を怒らせるのさ。女神〈ツヴァイ〉に、この傷を治せるもんなら治してみやがれ、ベロベロバー! って馬鹿にしてコケにして煽り散らすんだ。すると神は怒ってその怒りのままに治してくれる。怒りのエネルギーそのままに治癒をするせいで人間の許容量を超える魔素を注ぎ込まれたりしてな。呪術の利点はわざわざ特別なモノを用意する必要はないってところだ。対価は、そうやって治癒した後、その神の怒りをその身に受けること。その神のその時の気分次第だ。同じ呪術を行使しても、爪が一枚剥がれるだけだったり、或いは片腕を持ってかれたりとかな」
そう言ってルークは自らの存在しない右腕をみやる。曰く利き手だったらしいそこに腕は無い。
「「「「っ!?」」」」
緊張が走るというのはこういうことなのだろう。誰だってルークは片腕をどうして失ったのか、疑問には思っていた。だが、それを聞く勇気のあるモノはいなかった。
ルークとその幼馴染であるレーアの過去、というのはどうにも怪しく危うい雰囲気がある。〈アインの部屋〉において、ルークとレーアは最年少の九歳だ。だが二人の頭脳は大人ですら舌を巻く程の質と量を持ち、そしてあらゆる面で場数が違っていた。
「ルーク。あんまり変なこと言わないの」
しかし、どうやらルークにはその自覚がないらしくそれを補うようにレーアがそれをたしなめる。その指摘でようやく自分のそれがあまり笑えないタイプの冗談だったことに気付く。
「あー、まぁ俺の腕のことは気にすんな。確かに呪術で失った訳だが、別に無くても困ってねぇしな。気にしたり同情するのは、俺に勝ってからだな」
と、冗談めかして言うと、それでようやく周囲の雰囲気は弛緩した。そういった場の掌握技術もまた、ルークの才能の一つだ。
「んで、唯一そもそも根本から異なるのが、魔術だ。魔法や魔術が神の行う奇跡に対して、魔術は人が編み出した魔法の劣化模倣品だ。神が起こす奇跡と言えど、願うだけで何かが起こるって訳じゃあない。ただ神はやり方を知っていて、それを行う為の力を持っているだけだ。例えば、さっき言った難病を治す魔法はどんな病気も治すが、治癒の魔術は怪我で百二十八種、病で五百六十八種類ある。これは神達の持つ魔素に比べて俺達の持つ魔素は数千分の一すら無く、またその質もすこぶる悪いっていう存在レベルの格差のせいだ。女神〈ツヴァイ〉なら治す対象全てを治すが、俺達は場所や病気の指定が必要になる。その部分、その病気に対して完璧に効かせることくらいしか人間にはできないってことだ。勿論これは治癒だけじゃあない。他の全ての魔術は魔法に比べれば劣化版でしかない」
ふぅ、と一息にそれらを説明したところで、ゴーンという荘厳な音が響く。午前の授業が終わりの合図だ。
「まぁ、これで大体、基礎は分かっただろ。これで満足か? ユーズ」
ちらり、とルークはそう告げてユーズに視線をおくる。家名を持たない平民の出であるユーズは物事を理解すること――知識を得ることに執拗なまでの執着をしていた。
知らない単語を聞けば逐一それは何かと問うし、完全に理解するまで自らの疑問点をぶつけ続ける。
今回もそうだ。元より保有している魔素や詠唱発声法に関して言えば向いている方だったユーズだが、しかしどうしても魔術が発現することがなかった。そこでどうしてなのか自覚している問題点はあるか、とルークが問うと『そもそも魔術や魔法、呪術って何なのかが分からないんだよ』と答えた。今回の授業はそれが起点となって、半日を費やしているのだった。
「ああ大丈夫、完璧だ。みんな悪いな、また俺の為に時間取っちまってさ」
「構わねぇさ。確かに基礎の基礎を理解しねぇで、使えるからその通りに使うだけよりもちゃんと基礎を理解した上で使える方が応用が利かせられるしな。俺達〈アインの部屋〉の人間ならそういう所がちゃんと理解している方がいい。むしろ有り難いくらいだよ」
同意、と言わんばかりにクラスメイト全員が頷く。
「……そうか。ありがとう」
「だから礼を言いたいのはこっちだっての」
そう言って笑い、そして次の授業の準備を皆は始める。
――同時刻。
「なるほど、今年の〈アインの部屋〉の学徒達はどうやら優秀なようですね。貴方の所感としてはどうですか、シーサックさん」
「そうっすね。まぁ、それなりじゃあないでしょうか。三人程、優秀なヤツらがいます。……どうですかね、この前に届いていた依頼、彼らに押し付けてみては」
と、教室でぐーすかと眠っているはずのシーサックは学長室の三人掛けのソファを存分に占領しながら提案をする。教室にいるシーサックは分身のようなものであり、実態はあれども中身はないそういうものだ。そういうものを起きながらシーサックは〈ライドリアの学舎〉における様々な雑用をこなしていた。
「……ほう。貴方がそんなことを言うとは。どうやら余程に優秀な生徒であるらしいですね」
「それなり、ですよ」
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