Act.5 Creativity -異能-
翌日。
「はぁ……」
いつもの高校の、いつもの教室の、いつもの席で、ヒナは深い溜息をついた。
目下の不安は言わずもがな
……
「……」
チラと校門へ目を向ければ、そこには昨日と同じくレンが腕を組んで立っている。
……まだ登校中の学生も多い中、ぼろを着てフードで顔を隠した彼はかなり不審者だ。正直勘弁して欲しかった。
「はぁ…………」
「お、ヒナっち。がっかりしてメソメソしてどうしたの」
もう一度、今度はさっきよりも気持ち深い溜息の直後、頭上の方から快活そうな声が降ってきた。
首だけを動かして聞き慣れたその声の主を視界の端に収める。
「……そう言うリオは元気100パーセントって感じだね」
「おう! 新しい顔が必要か?」
それ番組違う……と心の中で突っ込みながら、ヒナは顔を上げる。
隣に仁王立ちしていたのは、健康的な小麦色の肌に明るめの茶髪を後頭部でひとまとめにした少女だ。太陽みたいに笑う姿がやりたいことやったもんがちな青春、といった様子で見ているこちらまで元気が湧いてくるように思える。
彼女の名前は戸嶋リオ。ヒナの以前からの友人だ。
「でも、ヒナちゃん確かに元気ないね。なにかあったの?」
そのリオの後ろからもう一人、別の少女がひょっこり顔を出す。おっとりとした雰囲気に緩くウェーブがかかった髪と若干垂れ目がちな瞳がよく似合うこちらの彼女は成岡サオリ。リオと同じく、ヒナと仲がいい友人の一人である。
「うーん……まあ色々とね。バイトも勉強もしなくちゃだし」
まさか
「ふーん。大変そうだなー、ヒナも。アタシは都大会に向けて練習」
「私もコンクールが近いから、早く原稿仕上げなきゃ」
確か、リオは陸上部でサオリは文芸部だったと思う。ヒナは残念ながらバイトなどもしなくてはいけないので帰宅部。部活動どころか、方向性も全く違う三人が仲良くつるんでいるというのは、改めて考えてみれば奇妙なのかもしれない。
「まあ、根詰めすぎてもよくないと思うぞ? やらなくちゃいけないのはわかるけど、ほどほどになー」
「リオちゃんの言うとおりだよ。無理しないようにね?」
「うんー……」
二人の気遣いへの返事もどこか力が入らない。リオは「こりゃよっぽど疲れてると見える……」と頭を掻いた。
「あー、なんかアタシらに手伝えることあるか?」
「ありがと……でも、これは私の問題だからね……」
リオの申し出はありがたいが、こればっかりはどうしようもない。むしろ、こんな優しい友人たちを巻き込むことなどできるだろうか。
「あ、そうだ!」
心配そうな表情でこちらを見ていたサオリが、唐突にポンと手を打った。
「この間さ、駅前に新しいカフェができたじゃない? お互い一段落したらそこでゆっくりしてみない?」
「お! いいねぇ。ヒナは?」
サオリの提案に、リオがにっかと笑った。
やはりこの二人と喋るといくらか気分が軽くなる。
「そうだね……折角だし、落ち着いたら皆で行こうか」
ヒナが頷くのと同時に、教室のドアが開いて担任のオージー(本名は氷川カズナリ。特撮好きの生物教師)が入ってきた。いつの間にかホームルームの時間になっていたらしい。
それぞれの席に戻る二人に小さく手を振り、視線を前へ向ける。
点呼をとるオージーの野太い声を聞きながら、ヒナの意識は昨晩の出来事を思い出していた。
「ギアアップなんか使いやがってこのバカ! ネクラ! レン!」
「最後のは名前を呼んだのか? それとも罵倒語なのか?」
「後者に決まってンだろ!」
廃ビルの一室にフィアンマの怒声とレンの突っ込みが響いた。
アナスタシア撃退後、一同は
「……あの状況下では使うしかないだろう」
「使ったとしても全部弾くなんて曲芸やらないで回避しろよ! ったく、かっこつけなんだから……はい、異常なし! とっとと寝ること!」
「そうさせてもらう」
最後にパシンと背中を叩いてそう言うフィアンマだったが、立ち上がったレンはどこか気怠げだ。部屋の隅で寝袋に包まって眠ってしまった。
「あの……フィアンマさんはお医者さん、なんですか?」
ふぅと一息ついて額を拭う彼女に、おずおずとそう尋ねてみる。
レンの体を調べるその姿が、ヒナには医師のように見えたのだ。
が、どうやらハズレだったらしい。
その質問自体がよほど意外だったのか、フィアンマは目を丸くしたあと「カッカッカッ」と大口を開けて笑った。
「ないない! 私がそんな高学歴なわけないじゃん! ただちょーっとばかり事情があって、レンのことはそこら辺の医者よりもずっとよくわかるの」
「は、はあ……」
なにか、レンには
「私はね」
プシュッ! と炭酸の缶が開く音。
何事かと見れば、フィアンマが缶ビールを開けていた。なんというか、彼女に関しては基本的に酒を飲んでる姿しか見たことがない気がする。一体どんな体構造をしていればあそこまでザルでいられるのだろうか。生命の神秘……。
缶の中身をみるみるうちに飲み干し「プッハァ!」などとオッサンくさいことをしてから、フィアンマおもむろに机の上に手を伸ばした。
その手が掴んだのは、一本の槌。
「
言いながら器用に手の中で小槌を回す。鍛冶師ということは、あの矛を作ったのもフィアンマ、ということなのだろうか。
「魔道具――要するに魔法みたいに不思議な力を持った道具のことね。それを作ることができるのが私の
「それって……」
もしかして、とても凄いことなのでは?
そんなヒナの考えを見透かしたかか、フィアンマがニィッと口の端を釣り上げる。
「でしょ? 私の能力、凄いでしょ? 万能でしょ?」
「……調子に乗るな」
低い声でそう突っ込んだのは先程横になったはずのレンだった。どうやらまだ起きていたらしい。
「フィアンマの能力は多様性に富むが、決して万能ではない」
もぞもぞと上体を起こしながらレンは淡々と語っていく。
「まず何よりも時間がネックだ。今回も時間稼ぎが必要だった」
「ケッ、私がいないと何もできないだろオメー……」
「第二に」
面白くなさそうに唇を尖らせるフィアンマを無視して、レンは人差し指と中指を立てる。
「完全にオリジナルのものは作れない。……今回の矛は日本神話の
「素材縛りもあるしなー」
乗っかる形でそう言うフィアンマの手には、いつの間にか2缶目のビールが握られていた。
「うーん、一番搾りに限る!」
「その金を捻出するために生活を犠牲にしているわけだが」
「あーあー聞こえなーい」
「えっと、素材縛りってどういう?」
このまま放っておいたら延々と漫才が始まる。出会って二日にして、ヒナはこの二人の関係性が見えてきた気がした。
幸いヒナの目論見は成功したようだ。フィアンマはアルミ缶片手にこちらを向いた。
「そのまんまの意味。私は基本的に青銅しか加工できないの。
「厳密には、青銅以外を加工できないわけではない。だが、特殊能力をつけようとするとコストが跳ね上がるせいで事実上無理……ということだ」
「なるほど……」
魔法の道具を作り出すという大それた異能だけあって、様々な制約の上に成り立っているらしい。
と、パンパンと掌を叩く音。フィアンマだ。
「ほい、私の能力のディスはこれで終わり! ヒナちゃん、お風呂入ってきちゃいなさいな。レンも早く寝る! 一晩寝てりゃ後遺症も残らず治るから、今は回復に専念なさい」
「じゃあその三つ目の缶から手を離せ」
またもや漫才を始める二人を尻目に、「じゃ、じゃあ失礼しまーす……」と部屋から離れるヒナであった。
一通り思い出したところで、ヒナの意識は現実に戻ってくる。
「日下部ー」
「あ、はい!」
点呼は自分の番に回ってきていたらしい。オージーに返事を返して、ふと窓の外を見る。
……一般の研究機関では、
だが、フィアンマやレンを見ていると思ってしまうのだ。
それは、本当に正しいのだろうか――と。
確かに、エリスという神父は目に見えて好戦的だった。アナスタシアも表面上こそ穏やかであったが、度々激昂していたように、その根は攻撃的な印象を受ける。
(でも……)
フィアンマとレンの二人は、根本的に違う。
フィアンマははっきり言ってガサツだ。生活態度も悪い。だが誰彼構わず襲うような人ではないし、そもそも能力が戦闘向きではない。
レンはフィアンマに容赦こそしないが、それ以外ではやや不器用なだけでその心は決して冷たくなどないというのはこの間わかった。
で、あれば。
暴れるままに任せることしかできない、天災の如き人災なのだろうか。
そして、もしもそうではないのだとすれば――私たちは、彼らとどう向き合うべきなのだろうか?
「……」
ヒナには、まだわからない。
薄く唇を噛んだところで、はたと思い当たる。
そういえば。
結局、レンの
◇◆◇
「――っ……!」
暗く、湿った空気。
打ちっぱなしのコンクリートの壁がひんやりと冷気を放つ部屋、その中心にぽつんとおかれた医療用ベッドの上で、一人の女が目を覚ました。
アナスタシア・パブロヴァ。
レンとヒナを襲撃した、騎士団の一人。
「く……ッ!」
彼女は自分の姿を見下ろして歯噛みする。
蒼いシスター服は健在だが、裾が大分痛んだ。セットのウィンプルは埃に汚れ、所々が解れている。それらは彼女が敗れたという事実を痛いほど克明に示していた。
アナスタシアは憤怒に顔を歪め、忌々し気につぶやく。
「海原……レン……ッ!」
脳裏に蘇るのは、灰色の少年。
許せない。何という屈辱か。
こちらは『
ギリィ、と彼女の歯が砕けんばかりに悲鳴を上げた。
が。
「――おっと、お目覚めなすったか」
殺風景な部屋に、誰かが入ってくる。
アナスタシアはそちらをキッと睨みつけた。
「……エリス」
「おーおー怖い怖い。八つ当たりは勘弁してくれよ。こっちはお前を助けてやったんだぜ?」
対するエリスは、飽くまでふざけた態度を崩さない。それがまた神経を逆なでする。
血が滲むほど拳を握りしめ、怨嗟の言葉を吐く。
「海原レン……次は必ずッ!」
「いや、それはダメだ」
瞬間だった。
エリスの口調から、ふざけた色が消え失せる。
驚いて彼の顔を見る。
見たこともないような表情をしていた。
いや、
完全な無表情。この極東の国には能面というものがあるらしいが、例えるならアレだ。いつも感情を顔に出すエリスからは考えられない反応だった。
彼は、淡々と口を開く。
「アイツは、オレの獲物だ。オレがぶちのめす。オレがケリをつける。その後にどうしようが知ったこっちゃねぇが、そこは譲らない」
「エリ、ス……?」
思わず名を呼ぶ声が震える。それだけ異質で、異常だった。
だが。
「――エリス、お前がそこまで執着するのは珍しいな」
もう一人の来客は、そのすべてを飲み込んでいく。
「貴方は……ッ!」
「っ!」
絶句するアナスタシア。エリスも息をのむ。
入ってきたのは40の歳頃の男性が一人。
実はコーカソイドにもよく見られる黒髪をワックスでかっちりと固め、うごきやすいよう調整されながらも儀礼的な厳かさも失わない特別製のカソックを着込んだその姿は、言い様のない威厳に満ち溢れている。
なによりも、いるだけでその場を支配するような圧。あるいはこれを――カリスマ、と呼ぶのか。
「ライナス団長……」
アナスタシアがその名を口にする。
そう。彼こそがサルヴァトーレ騎士団の長たるライナス・マクレイその人であった。
「……なんでオヤジがここに?」
「その呼び方はよせ。無論、私自身が出る為である」
「ッ!?」
予想外の一言に、エリスとアナスタシアが目を剥く。
「報告は受けている。大分手こずっているらしいな」
「……オレたちだけでもやれる」
「無理をするな……いや、ここは『強がるな』が正しいか。相手にはかの“
「“
アナスタシアが愕然とした声を上げた。
“
「3年ほど前から名前を聞かないようになりましたが、まさかこんな極東の島国来ていたなんて……」
「……」
驚きを隠せないアナスタシアとは対照的に、エリスはそっぽを向くだけだった。ある程度事前に予測できていたのだろうか。
「――だからこそ、私が出る」
ライナスがそう言い放つ。
道理だ、とアナスタシアは思う。
もし“
ライナスがエリスに一歩、歩み寄る。
「エリス」
「……チッ、わかったよ。オヤジの好きにしろ」
「よろしい」
諦めたように首を振るエリスを見て、ライナスは小さく頷く。
「では諸君、機を窺い打って出るぞ。それまでに各々英気を養っておけ。私はほかの団員の様子を見てくる」
そう言って、ライナスは身を翻す。
部屋を後にする直前、彼はそっとささやくように口を動かした。
「――全ては、我らの、我らによる、我らの為の救世へ向けて」
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