Act.3 Assault -襲撃-

「ん。いーよー」

 レンの助言に従って助けを乞うたら、ビール缶片手に承諾された。

 余りにあっさりしすぎていて、なんだか拍子抜けしてしまう。

「いや、というか皆もっと他の人のこと頼ってもいいと思うんだよね。変に遠慮しちゃうのはどうかなーと思うの。誰も一人で生きてるわけじゃないしね」

「フィアンマ、7本目はやめておけ」

 折角のイイ話がレンの指摘で台無しになった所で、今後の方針である。

「住居に関してはまあここでいいんじゃない?」

 言って、紅髪の少女は地面を指さした。

「さっき言ったように、ここは伝承者サクセサーも侵入しづらいようにあちこち作り替えているから、手っ取り早く済ませるなら多分どこよりも安全だぜ?」

「えっと、でも……」

 部屋は大丈夫なのだろうか。

 この立地である。まず客人は想定しているまい。

 と、そんな考えを察したか、フィアンマはひらひらと手を振りながら、

「いいよいいよ、私は別に部屋持ってるし、普段使ってるベッドなら貸すよ」

「騙されるな。コイツの言うベッドはその酒臭いソファーだ」

 結局、こちらも宿直用だったらしい寝袋を借りることに。

 とは言え、部屋はこのオフィスと、先程言っていたフィアンマの別部屋以外基本使用してないとのことで、どこもかしこも埃が積もっている有様だ。結局、アルコールの匂いが充満しているのを我慢して布団を敷くことに。

 襲撃への備えも兼ねて、部屋の隅ではレンが待機する。

 借り物とは言え、流石に寝室に男性を入れるのは抵抗があったが、フィアンマが「大丈夫大丈夫、コイツ、そういうことは絶対できねーから」と笑うので信用してみる。

 と、寝床が決まれば次は明日のことだ。

「学校、どうしよう……」

 親がいないということで、ヒナは残された遺産と保険金、アルバイトで得たお金、そして奨学金を合わせて何とかやりくりしている。学校での評定を落とすのは望ましくない。できれば出席したいところなのだが……

「そう言うことなら簡単だ」

 またしもその悩みを打ち砕くのはフィアンマである。

 彼女はツンと立てた人差し指で宙に円を描きながら言った。

「いるだろう、そこに良い護衛が」



◇◆◇



 という訳で。

 ヒナは学校の教室で授業を受けていた。

 そっと視線を、窓の外――校門の方へと向ける。

 いた。

 真っ黒なストールと合羽のあいのこの様な上着と、ジーンズにブーツという出で立ちの男が、電柱に背中を預け腕組みしている。フードを被っているので不審者感マシマシだ。

 言うまでもなくレンである。

 昨晩、就寝前のフィアンマの提案がこれだった。

『ヒナちゃんが学校行っている間、レンが着いて行って見守っておやりよ。それなら何かあっても対応できるだろう?』

 その心遣いは大変ありがたいのだが、できる事ならもう少し目立たない様にしていただきたかった。

 一限目の授業開始から既に数時間。ずっとあそこに立ちっぱなしである。心配やら申し訳ないやらで正直授業に身が入らない。幸いこの授業が終われば昼休み。少し様子を見に行こう――と思った矢先だった。

 そこで、授業終了の鐘が鳴る。

 号令に慌てて立ち上がった時には、既に黒板の文字は綺麗さっぱり消されていた。



「レンさーん」

 昇降口を出たらすぐに彼の姿は見つかった。先程と全く同じ位置。近付きながら名前を呼ぶと、銀灰色アッシュの瞳がこちらを向いた。

「日下部ヒナか。なにか」

「ヒナで良いですって。なにか、じゃなくて、大丈夫なんですか? ずっと同じところに立ってくれているみたいですけど」

「……?」

 問いに、彼は一瞬首を傾げた後はたと何かに気づいたかのように「……ああ」と納得したような呟きを漏らした。

「問題ない。そこまでヤワではない」

「……」

 むむっと、ヒナの眉尻が僅かに吊り上がる。

 どこかつっけんどんな口調。折角心配したのに、あんまりと言えばあんまりな態度である。思わず頬を膨らませるが、レンはと言えばそんな事などお構いなしかのようである。

「要件はそれだけだろうか?」

「あっ……えっと、お昼は大丈夫ですか?」

 話を切り上げようとするレンに、縋るように慌てて質問を重ねる。

 これもまた一蹴されるかと思ったが――帰ってきたのは意外なリアクションだった。

「……あ」

 間抜けな声を上げて、レンが固まった。

「あの……もしかして」

「完全に失念していた……」

 表情や口調はあまり変わっていないが、それ以上に身に纏う雰囲気が一変していた。ミステリアスさはどこへやら、そこにいたのは何処にでもいるような普通の少年である。むしろちょっとポンコツ気味とも言えた。

 そう考えると、先程のあれはわざとつっけんどんに接してきたわけではなく、単に口下手なだけで――。

「ふ、ふふ……」

 そこまでが限界だった。

 ヒナの口元から笑い声が漏れる。

「む……なんだ。そんなに可笑しいか?」

「いやっ……違っ……フフフッ」

 馬鹿みたいだ。

 レンのことではない。変に身構えていた自分が、だ。

 本質的に、昨日の今日で会ったばっかりの相手だ。最初からオープン気味なフィアンマはまだ良かったが、レンは最初から話しづらい印象があった。何より男性である。心のどこかで警戒してしまっていたらしい。

 でも、少し言葉を交わしてみてなんとなく分かった。

 この人達は、信頼してもいい人だ。

「ご、ゴメンなさい。お昼、レンさんの分も購買で買ってきますから、一緒に食べましょう?」

 笑いすぎか、それとももっと別の理由か。

 ヒナは目の端に小さく浮かんだ涙を指でぬぐいながら、すっかりむくれた様子のレンにそう笑いかけた。



 数分後。

 レンとヒナは、並んで惣菜パンを咥えていた。

 あの後急いで購買に行ったが、時すでに遅し。他の生徒に根こそぎ持っていかれたようで、残りは殆ど無かった。その数少ない選択肢の中からヒナが獲得してきたのは「……いや、それ素直に焼きそばパンでよくない?」でお馴染み購買部名物・明太スパゲッティパンだ。

 乙女としては、上にまぶされた海苔が歯につきそうで、できれば避けたい一品。しかし二つセットで残っていたのはこれだけしかなかった。ついでに言えばおつとめ品で一番安かった。苦学生ヒナは節約を何よりも尊ぶのである。

「そう言えば」

 むぐと口の中の欠片を飲み込んで、隣のレンに目を向ける。

 彼はと言えば、ただ真正面に顔を向けているばかりだった。目の向き自体は大体遠くに見える貯水タンクの方だが、その焦点は何処ともなく宙を漂っている。

「なんだ」

「レンさんも伝承者サクセサーなんですか?」

 昨晩、あの裏路地で明らかに常人を超える膂力を持った神父エリスと、レンは互角以上に打ち合っていた。まさか普通の人間ということはあるまいが……。

「……そんなところだ。そういうお前は?」

「私は伝承者サクセサーじゃないですよ。一般人です」

 そこでレンがこちらを向いた。

 ちょっと不思議な色の瞳と、目が合う。

「……」

「な、なんですか? 急に見つめてきて」

「……いや、何でもない」

 ふいと、再び前を向くレン。なんだか調子を狂わされる。こういうところ、やはり彼は口下手なのだろうか?

伝承者サクセサーは、怖いか?」

 と思ったら、今度はレンがそう尋ねてきた。

「怖いですよ」

 正直に答える。

 ……伝承者サクセサーの破壊行為は、精霊によって修復される。それは人的損害も一緒だ。神々すら克服し難い死の淵からの蘇り。精霊には、それを行う権利が認められていた。

 しかし、だ。

 それがいつも、いつまでも十全に機能すると誰が保証する? 事実、精霊がその任務の妨害を受け、損害を修復しきれなかったケースも数は少ないながらあるとも聞いていた。

 大体、生き返るにしたって一度死ぬのは同じだ。痛いし、苦しい。それだけで伝承者サクセサーの存在は脅威足りえると言えた。

 ――でも。それ以上に、ヒナは気になっていた。

 伝承者サクセサーが、どんなふうに物事を考えているのか。その力を、どう思っているのか。

 だってそうだ。

 覚醒遺伝計画が宣言されてからまだ・・5年だ。伝承者サクセサーにも、伝承者サクセサーになる前の人生があったっておかしくない。いや、むしろそれが普通と言えた。

 彼らにしてみれば、ある日急にポンと覚醒遺伝チカラが降ってきたのである。バケモノになってしまった自分に、今までの生活が送れる保証もまた、ない。

 何より、とヒナは思う。


 彼らのその境遇に、自分は無関係では――


「……そうだな」

 ぽつり。

 いつの間にかパンを全部食べ終わっていたレンが、口を開く。

 その視線は、今は彼自身の右の掌に向けられていた。

伝承者サクセサーは確かに脅威だ。喧嘩っ早い奴も少なくは、ない。そういうことを考えれば、怖がられるのも仕方ないのかもしれない」

「あ……すみません。そういうつもりじゃ……」

「いや、責めてるわけじゃない。事実だからな」

 言葉が中途半端だったことに気づき、慌てて謝るヒナを彼は手で制し、

「でも、俺は――」

 レンがその先を言葉にしようとした矢先だった。

 キーン・コーン・カーン・コーン、と、チャイムの音。

 昼休みの終了を知らせる合図である。

「えっ、嘘!? もうこんな時間!? 早くいかなくちゃ……えっと」

 時計を確認して慌てて立ち上がる。

 レンの方を見れば、彼は口元に微笑を浮かべていた。

「気にするな。遅刻する方が不味いだろう」

「じゃ、じゃあお話の途中でごめんなさい! 行ってきます!」

「ああ、言ってらっしゃい」

 ちょっとだけ柔らかくなった気がする彼の声を背中に受けて、ヒナは駆け出した。



◇◆◇



 無事、午後の授業も終わり放課後。

 ヒナとレンは、フィアンマの待つねぐらへと続く道を歩いていた。

 ……連れ出す時は大変だった。何せ先程と寸分たがわぬ位置で相変わらず待っていたのである。レンがどちらかと言えば美形に分類されるのも相まって、大変に生徒たちの注目を集めていた。

 近づいて声を掛ければ、下衆の勘繰りでもしたらしい野次馬から黄色い声が上がる始末である。明日、学校に行けば絶対質問攻めにされるだろうなと思うと、知らず知らずに溜息が出る。

 まあ滑稽なのは、レン自身がその歓声の意味を全く理解していない様子だったことだが。つくづく、全体的に大人びているのに、変なところが年下の子供の様にも感じられる少年である。

 と、その時。

「止まれ」

 件のレンの腕が、突然目の前に現れた。

「うわっ……一体どうしたんですか?」

 ぶつかりそうになりながら、余りに急なその動きの理由を問う。

 少年は答えない。

 ただその瞳はまっすぐ前を見据えていて……その視線を追って、気づいた。

 前方に誰かがいる。

 蒼に染め抜かれたシスター服を纏った、女性。白のウィンプルで髪を全て隠し、さらには頭巾の上に黒のヴェールを被っている。服装のせいで髪の色などの細かい身体的特徴は分からないが、白人であることは辛うじてわかる。コスプレなどではなく本職プロそのものだ。

 いずれにせよ、現代日本の街中ではまず見ない服装。だが特筆すべきはそこではない。

 ウィンプルの白に囲まれてひと際目立つ、赤い十字の紋章・・・・・・・

「……サルヴァトーレ騎士団か」

「あら、もう団の名前まで知られてしまっているのですね」

 レンの呟きに、反応。

 女性は、いかにもといったように恭しく一礼をしてみせた。

「お初にお目にかかります。私、アナスタシア・パブロヴァと申します。以後お見知りおきを」

 ズ、と。

 どこか遠くで地鳴りのような音がした。

「早速で申し訳ないのですが――」

 ――ズズ――

 ……いや。

 違う。

 ――ズズズ――

 この地鳴りは。

「そちらのお嬢様、貰い受けたく存じます」

 近づいてきている……ッ!


 ズズズザザザザザザザザァッ!! と、

 ソレ・・は地面を突き破って現れた。


 水で形作られた、巨大な蛇。

「『聖者の蛇ネフシュタン』」

 隣でとぐろを巻く大蛇に、アナスタシアは命じる。

「おやりなさい」

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