迷宮都市
鳥野ケイ
第1話 迷宮都市
街全体を迷路にしたのには、なにか理由があったのだという。言われて見ればそれもそうだ。けれど、肝心の理由はもう分からなくなってしまっている。迷路になって、探すことができなくなってしまったのだ。
迷路は街中に広がっている。そして、もう大体の人は適応しきっている。
私の場合は何パターンかの道を暗記するだけで事足りた。学校までの道、駅までの道、病院までの道、友達の家までの道をいくつか。それ以外は、駅の掲示板まで行って確認すれば良い。
駅の掲示板は街全体の攻略図になっている。半分も埋まっていないけれど、町内会に入っている人の家はほぼ網羅されている。理屈の上では、駅までの道を覚えれば目当ての場所に辿り着けるということになっている。ただ、この街にしばらく住んでいる人は皆、それが空論だということを知っている。地図の通りに道を進んでいるはずなのに辿り着かない、なんてことは私でさえ一月に一回くらいはある。暗記しているはずの道でさえ、そんなことがあるのだ。
そのせいで、学校には余裕を持って行くようにしなければならなくなった。道探しも慣れてきたので、迷いそうになっても三十分くらいの時間があればなんとか遅刻せずにすむ。もし遅刻しそうでも焦ってはいけない。冷静な対処が出来ないと、出るまでに下手すると一日かかってしまう。
迷路は焦っている相手にイタズラをするのが好きなのだという。例えば出口を次々に変えて、出られなくしたりだとか。しかし優しいところもあって、子供が迷ってしまった時にはこっそりと帰り道に誘導してくれることもあるという。
いつの間にか建物が増えたり、動いたりするようなことも、迷路が出来てから起き始めたことだ。今まではこの街になかったものが、いつの間にか取り込まれているような感覚。
しかし、それらの出来事は記憶と感覚にしか証拠がない。地図は役に立たないのだ。
私の記憶の限りでも、この街にボーリング場なんてなかったはずなのに、駅から数分のところにいつの間にか出来ていた。そうかと思えば、隣通しに並んでいた八百屋と自転車屋が、駅を超えた場所にそれぞれ移ってしまっていたりもする。
郵便屋さんに聞くと、昔からの馴染みであるかのように連絡が来ているし、役場に行っても経歴は残っているのだという。郵便屋さんと役場の人はこの街で一番苦労している人達だから、この話は信頼できるだろう。
誰かが迷路を変えているのだろう、と噂話にはなるけれど、それが誰なのかは誰も知らない。迷路は随分と頑丈にできていて、迷った時に壁を壊したくなる人は多いけれど、無事に開通したという話は聞いたことがない。けれど、街に暮らしている中で何かが変わっていく実感はあるのだ。少なくとも、私が周りに聞いてみた限りではそうだ。
学校のみんなや、近所の人。そういう集まりの中でさえ、急に人が増えていたり、といったことがある。不思議と誰かが居なくなってしまった、という話は聞かない。あったとしても、すぐに別の場所で見つかる。
そんなわけで、駅前の地図は今回も全てが埋まる前に塗り変えられるだろう。
怖いことはない。ただ、なにか、曖昧になっているというだけ。私は軽く受け止めすぎだろうか……。もちろん問題があることはわかっている。
一番危険視されているのは、南の山のことだ。近づいて、犬に気が付かれると威嚇される。そこで逃げれば追ってこないが、さらに近づいた場所では仲間を呼び始める。それでも引かない場合、攻撃される。町内会からも、学校からも、あの場所には近づかないように警告がよく出ている。
私くらいの年の男の子は、あえて入り込む人も多い。度胸を試す良い場所なのだという。何人かに一人は怪我をして帰ってくるが、手馴れている人はどんどん先に進んでいく。
犬を倒した後は、コウモリや猪も攻めて来るという話だ。動物を回避しながら奥まで行った人は、ミノタウルスを見たという。そこまでいくと、嘘では無いかと思うけれど。
他にもシャドーマンと呼ばれる存在もいる。道を曲がった瞬間や、後ろを振り返った瞬間に、一瞬だけ道を曲がる姿が見えるのだ。迷子になった時にその姿を追いかけると、大抵そこは行き止まりになっている。
夜中になると、シャドーマンはハンマーを持ち始めて、壁を壊しているらしい。その姿を見た人は、ハンマーで殺されてしまうのだ。子供の頃、私はその話が本当に怖くて、どんな時でも夜に外には出ようとしなかった。
たまに迷路の中にはダンボールが置いてある。捨てたものかとおもいきや、なぜか瓶に入った牛乳だったり、大量の帽子だったりするのだという。その現象は迷宮の外でも有名になってきていて、迷宮探索のためにこの町の外から来る人だっているほどだ。もちろん学生のうちは遊びで探索することも多い。
最近は少し遠のいているが、昔は私もクラスで一番の探索者だった。銀貨を見つけて、そのお金で家族旅行をしたこともある。
探索の間に、街の地図も作る。駅の掲示板のところにある地図のコピーを貰って、未だに埋まっていない部分は書き込んでいく。駅前の掲示板に行って空白の部分を埋めれば、報奨金だって貰えるのだ。いろいろな危険については説明されるが、こういった作業は大抵子供の方が上手い。大人はあまり知らない道を通ろうとしないらしい。大人には行けないのに、子供は行ける、なんて場所もある。
迷路を見に来る観光客も増えてきている。来た人には、まず表面上の説明をする。街全体の広さだとか、どういう風に楽しむかとか。迷宮を一目見るだけなら、この街のおかしな部分には気が付かない。なにせ確固とした証拠はないのだ。
たまに、観光で着ていたと思ったら、いつの間にか家がこの街に来てしまった、ということもある。クラスメイトの狭山くんがそうで、お父さんは通勤に2時間半かかるようになったのだという。
最近調べた人の話によれば、迷宮は少しずつ広がっているようなのだという。最初に決められた境界の場所は、もうとっくにわからなくなってしまったが、道の幅が変わらないなら迷宮が広がっているとしか考えられない、という話だ。
いずれ、迷宮が広がり、都市中が迷宮になり、国中が迷宮になり……、地球を埋め尽くす苔のように、全てを覆い尽くす。そんなことを私は考えている。
それは、きっと楽しいことだろう。
迷宮都市 鳥野ケイ @torino_114
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