第1話 俺は何かを失った
二月もいよいよ終盤に差し掛かり、冷たかった風は暖かさを帯び、段々と心地よく感じられるようになってきた。
それはいい変化であるはずなのに、今の僕にはその暖かさが寂しく感じられて仕方がない。
「寒いな。震えてしまいそうだ」
隣で白い息も吐かずにそう宣うのは椎名だ。こうやって彼と二人きりで道を歩くのは久しぶりかもしれない。
どこか遠くを見つめるような瞳の先に俺も視線を向けた。
「ああ、本当に寒い」
もちろん物理的なことではない。
胸の中に漂う寂寥が俺に肌寒さを感じさせるのだ。俺はわざとらしく身を縮こまらせた。そうして冗談めかしていないと、泣いてしまいそうだったから。
「なあ、俺らは何を得たんだと思う?」
「さあ、さらに多くの友達を得た……とかか?」
きっとその問いに答えはないのだ。誰かにとっては得たものでも、誰かにとっては失ったものであるかもしれないのだから。
しかし、少なくとも俺と椎名は同じ思いを抱えているはずだ。何となく、そんな感じがした。
「なら、逆に俺らは何を失ったんだと思う……なんて訊くのは野暮だな」
椎名もきっと、俺の心の中が見えている。俺でさえ椎名の心の内が読めるのだ。当たり前だろう。
だからこそ、お互いに触れようとしない。触れれば崩れてしまうほどの脆さを知っているから。
「……俺たちにこの状況を変えられるのか?」
「さあね。でも、変えようとすることはできるよ」
どこかの主人公の言いそうなセリフと共に俺に笑いかけた。
俺らは確かにクラスの中心で、クラス内カーストというものが存在するとすればトップに位置していると思う。
しかし、だからこそ。
「俺たちだからこそ、この状況の打破は難しいんじゃないか?」
「ああ、そうだ。その通りだ」
クラスの中心というのは人望というものがあって初めて存在するものだ。そんな人間がクラスの全員に向かって近づくな、なんて言えば反感を買うどころか学校全体の雰囲気すら悪化することが目に見えている。
なら、どうすればいいのだろうか。
「答えは……決まってるよな」
「何だ、奏斗も分かってるんじゃないか」
言葉を交わさずともお互いの心の内は伝わった。
何かを得るためには何かを犠牲にしなきゃいけない。ごく少数の例外を除いて、その法則は成り立っている。
「……なら、俺らは何を犠牲にすればいいんだろうな」
俺らでない人間が俺の気持ちを代弁すればどうなるか、あるいは俺らが自ら犠牲になる選択肢だってあるにはある。
これはゲームではないのだからいくらでも選択肢はあるのだ。
ただ、一つだけ選んではいけない選択肢が存在するのを知っている。
「俺らは何かを失ってでも元の形に戻らなきゃいけねえ」
「なら後は手段を決めるだけ、犠牲を削減するだけ。簡単なお仕事だ」
椎名は茶化して言うが、きっとそれは、場の雰囲気を軽くするため。
それほどに今直面している問題が重いものだから。
でも、俺は、決めたから乗り越える。
「一緒に茨の道を突き進むんだったな、椎名」
「ははっ、お前も気障になったな」
最高の相棒が、親友が横にいてくれるから。
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