エピローグ 俺の青春陽キャリア充生活

 何度目だろう、なんて数えることなんてできないくらいに沢山、同じ言葉を聞いてきた。

 もう慣れたことだから、その断り方だって知っているし、毎度毎度喜んだり浮かれたりはしなかった。ひよりたちのような美少女に告白されたときだって、そこまで舞い上がっていなかった。


 でも、何だろう、この胸の高鳴りは。全身を駆け巡るこの熱は。

 今までに感じたことのないような歓喜が沸き上がってきて、夢かとすら疑いたくなる。こんな感情は過去になかった。

 今、俺の顔は真っ赤になっているのだろうか、なんて考えるくらいにはかっこつけたくもなっていて。


 俺はやっと、彼女に————莉紗に恋をしているのだと悟った。


     ◇


 雨が強く降りしきり、視界も遮られるような悪天候。

 窓がガタピシと音を立て、その荒れ狂う暴風の威力を否応なしに知らせてくる。

 二月の中旬の朝、学校は休みとなり、じめじめした、しかし肌寒い嫌な空気の中で時間を持て余す。


 あるいは三年生ならば受験勉強ができると全力で喜べたかもしれない。あるいはリア充撲滅たら言う組織の一員だったならざまあ見ろと嘲笑えたかもしれない。あるいは、去年までの俺なら解放されたと清々したかもしれない。

 でも、俺は喜ぶことなどできようはずもない。何せ。


「バレンタインの日に会いすらできないとはなあ……」


 結論から言って、俺には彼女ができた。それも、とびきり可愛い彼女が。

 今までならバレンタインデーなんて面倒臭いだけだったけど、今年は寧ろ残念だ。何せ彼女のお手製チョコを貰うことができないのだ。


 父さんも母さんも出勤してるし、車で送ってももらえないよなあ……。

 姉さんは免許持ってないもんなあ……そもそも寝てるし。

 ない知恵を絞って、いやまあまあある知恵を絞ってどうにかこうにか莉紗の家に行けないかと考えていると、インターホンの音がした。


 気怠い体をゆっくり起こす。宅配便って今日もやってんのか……?

 若干の疑念を抱きつつも、とりあえず客は確認せねばならない。インターホンの画面も雨でぬれてよく見えず、部屋が近いからと中二の妹に出させるわけにもいかない。


 となると玄関に出るしかないだろう。そうしてはーいという声と共にスウェット兼寝巻のままドアを開くと、そこには見慣れた人物がいた。

 固まること五秒、状況がよく理解できない。


「お前、何でここに居んの」


 絞り出された言葉は豪雨の中来た苦労を労う言葉でも、はたまた心配する言葉でもなく、ただただ意味のない疑問。

 でも、それも仕方なかろう。だって扉の前に立っているのは莉紗なのだ。


「その言い方酷くない? せっかくの休日に邪魔だって言いたいの?」


 どことなく棘を感じる物言いに後退りしつつ、俺は正直な気持ちを返した。


「い、いや、まさか来てくれるとは思ってなかったからさ」

「ほんと?」


 目を細め、疑うように聞き返す莉紗。そういう顔も可愛い、なんて言ったら怒りだすのだろう。

 だから茶化さず、誠実に向き合う。


「うん。チョコが貰えなくて残念だったから」

「何で過去形なのよ……はい」


 そう文句のように呟きつつ莉紗が差し出してきたのは袋だった。

 そっか。まだバレンタインは終わってなかった。そして莉紗は何かを渡してきている。それの意味するところはつまり——


「チョコ⁉」

「そ、そうよ。今回のは本命だから」


 最後にぼそっと恥じらいながら小さい声で付け足す仕草が愛らしい。

 嬉しくて、嬉しくて思わずほっこりした気持ちになっていると。


「くしゅ」


 可愛らしいくしゃみが聞こえてきた。莉紗が寒そうに体を震わせている。

 あ、そうだった。今日は豪雨なのか。莉紗が風邪を引かないようにしないと。


「ごめん、上がって上がって」

「ん、お邪魔しまーす」


 そして暖房をつけ、つつがなく時間は過ぎていく。二人きりの時間は子供の頃に戻ったように寂しかった。

 やがて妹——友梨佳ゆりかもリビングにやってきて、チョコを開けようという話になった。


 リボンの包装を解き、中から姿を現したのは——大きいハート型の、お洒落な生チョコだった。

 流石莉紗、手作りのクオリティーじゃない。でも、彫られた『奏斗へ♡』という文字が手作りだと伝えてくる。


「およよ? お兄ちゃんには友梨佳の知らないところで彼女さんができていたそうです」


 友梨佳は悪戯っぽく笑い、莉紗が彼女という単語に顔をゆでだこのように真っ赤にした。耳までほんのりと赤い。

 と言いつつも、きっと俺も真っ赤なんだろうけど。

 付き合いたての中学生かってくらい初々しい二人を見て、友梨佳は俺に悪戯を仕掛けてきた。


「お兄ちゃんは毎年莉紗ちゃんからチョコ貰ってるじゃん」


 確かにそう言われれば、そうだ。でもあれは義理チョコだったって思ってたからな……いや待てよ。

 他の子たちからチョコを貰った時と比べてどう感じていただろうか。


「いや、あたしが奏斗に挙げてたのは義理チョコだったし、そういうのとは違うよ。ね、奏斗」

「他の子たちからもらった時より莉紗からもらった時の方が一億倍くらい嬉しかったな、確かに」


 思っていたことがそのまま口から漏れてしまった。

 言った後で全身が発火しそうなほどの熱に包まれた。莉紗もさらに真っ赤っかだ。

 だって、今の発言ってずっと前から大好きだったって、他の人より一億倍も好きだったって言ってるようなもので……


「な、何恥ずかしいこと言ってんのっ。ばかっ」


 いや可愛いかよ。もう何度目とも知れない溜息を吐いて、莉紗の可愛さで逆に冷静になった感情の片隅で思った。



 こんな青春陽キャリア充生活がこれからも続きますように、と。

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