第21話 あたしと彼の新しい関係

 何度後悔しただろうか。もう分からない。

 あたしは知っていたはずだった。彼が、奏斗が怒っていることなんて。

 でもあたしは、心の底で奏斗にあたしを許してほしいと、そして置いて行かないで欲しいなんて思ってしまっていたのかもしれない。


 結局あたしは一人になって、こんな場所にいる。

 こんな場所には大したものはない。崖だからもちろん店はないし、遊具すらない。

 でも、ここは彼とあたしともう一人の幼馴染がずっと前に訪れた場所。一緒に迷子になって見つけた夕日が絶景の場所。


 そんな場所に立って、あたしはふと思った。

 あたしがここにいるのはきっと、彼に対してまだ、未練のような感情を抱いているからなのだと思う。

 彼はきっとこの場所にあたしがいるなんて分からないだろう。でももしかしたら、もう一人の幼馴染が彼の代わりにあたしを見つけてくれるかもしれない。


「迅速にターゲットを捕獲せ……よ……?」


 そんな思考の狭間、不意に聞き慣れた声が聞こえて反射的に振り返っていた。

 そこにはあたしが期待してしまった、彼がいた。

 どんどん背中が遠ざかっていって、待って、とは言ってももう、聞こえそうにない。ほら、キミはまた、そうやってあたしを置いて行く。


 仕方がないから呼び止めるのは諦めて、逃げ遅れた一人の女の子の首根っこを摑まえた。よく顔を見ると、ひよりちゃんだった。

 大きな悲鳴を上げて、じたばたと藻掻いているが、あまり効果がない。


「何であたしのいる場所が分かったの?」


 ベンチまで引きずっていってそう訊くと、ひよりは数秒の間をおいて答えを返してきた。


「……椎名先輩が見つけてくれたんです」


 きっとそれは、彼女なりに迷った答えだったのだろう。それが分かる表情だった。

 あたしは恋心を自覚していて、だからこそ、彼女は真実を言うべきか、それともあたしを喜ばせておくべきか迷ったのだろう。

 ひよりちゃんは優しいから、色んな人のために損をしそうだなぁ……


「そっか」


 あたしはたったそれだけを素っ気なく返した。

 でもその言葉は、哀愁とか、落胆とか、そう言った類のものが含まれてあたしの口から出ていった。

 それがひよりちゃんにも伝わってしまったのだろうか、彼女は慌ててフォローした。


「で、でも奏斗先輩も必死だったんですよ! どうしようって悩んで、莉紗先輩のことをずっと考えているみたいでした」


 そう言うひよりちゃんの表情は表面上は明るく、気遣うような色で、それはきっと嘘ではない。

 ただ、その表情の裏にある悲しみとか、そう言うものが拭えていない感じだった。


「ねえ、ひよりちゃん。それ、嫉妬だよ」


 あたしは一瞬迷って、そう言った。そうしないとひよりちゃんは大切な気持ちに気づけない感じがした。

 目を逸らしてしまう気がした。


「……はい、分かってます。すみません、今は莉紗さんのことが第一なのに」


 あたしが思っていたこととは違って、どうやらひよりちゃんは恋心を自覚していたらしい。

 でも、きっとまだひよりちゃんはちゃんと受け止められていない。


「ごめんね? あたしはあなたに何もできない」


 それはひよりちゃんに冷たく聞こえたかもしれない。

 でもあたしは何もできない。たとえそうだとしても変に期待させてしまう方がひよりちゃんに悪いような気がした。


「だってあたし、ライバルだから」


 そう言って振り返りざまに微笑むと、ひよりちゃんも笑ってくれた。

 あたしは皆の下に戻らないといけない。そしてもう一度、やり直す。


 拗れに拗れた関係は解こうとしても解けない。

 なら、新しい関係を結びなおせばいい。あたしが関係を、変えていけばいい。


 玄関のドアを開けて、あたしは彼にこう告げた。



「————ずっと好きでした。付き合ってください」

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