第20話 俺の玄関にいるのは
「ターゲットを確認、捕捉完了。オーバー」
『了解、明日見小隊長は隊員と共に迅速にターゲットを捕獲せよ。オーバー』
「椎名軍曹、承知した。速やかに作戦を実行する。オーバー」
緑に囲まれた場所で交わされる電話での遣り取り。
本来は、無線では片方が喋っている間はもう片方は喋ることができないため、話し終わった後に『Over to you』の意味でオーバーと言う。
まあつまり、こうしてスマホで話している限りそれはいらない。
しかしこれはふざけている訳ではなく、寧ろ気を引き締めるために行っていることである。
何かこう、雰囲気出るんじゃねえかと思って。……すみませんふざけてました。
ぷつっという音と共にスマホの電話が切られ、画面が黒くなったそれをポケットにしまう。
即座に隊員、もとい俺の友達に軍曹、もとい椎名からの指令を伝える。
「迅速にターゲットを捕獲せ……よ……?」
途中から勢いがなくなってしまった。
でもそれも無理もない。俺が何だか楽しくなってきていたせいで、ターゲットの前で大声を出すという赤ん坊にも笑われるような失態を晒してしまったのだから。
そのせいでターゲットと目が合った。まあ、今更口を塞いでも意味などないのだけれど。
「撤収うううううううう!」
作戦通りいかなかったときは逃げるに限る。敵前逃亡は戦争じゃないからオッケーだよ? だめだね、うん。
椎名に怒られるだろうとビビりながら逃げる俺と巻き込まれた隊員。なんて哀れ。
「きゃあああああああ⁉」
そんなことを考えつつ全力ダッシュしていると、後ろから悲鳴が上がった。
まさかと思って振り返ると、そのまさかが見事に的中して、後ろでターゲットに首根っこを掴まれているひよりの姿があった。
「ひより、お前の犠牲は忘れない!」
「先輩⁉ 見捨てる気ですか⁉」
すまないひより……くっ……
尊い犠牲を悼みつつ、速度を緩めず全力ダッシュ。椎名のいる場所まで逃げ帰って来た。因みにそこ俺の家な。
「奏斗、まさか逃げ帰って来たわけじゃないよね?」
今までに見たこともないくらいのどす黒いオーラを立ち昇らせる椎名に戦慄する。
「す、すみませんでしたっ!」
言い訳など諦めて全力で平謝りからのスライディング土下座。というか俺が完全に悪いので言い訳のしようがない。
そんな俺の誠心誠意の謝罪に椎名は涙を滲ませ許して——ない。そりゃそうだ。
「チキンくん、一回死のうか。俺は優しいから選ばせてあげるよ。ファラリスの雄牛とキールハウリング、アイアンメイデンのどれがいい?」
「最悪の三択っ⁉」
俺が冗談だと分かっていても恐ろしい椎名のダークモードに圧倒され、冬であるにもかかわらず汗をだらだらとかいていると、何かが開けられる音がした。そういや家の鍵開けっ放しだったっけ——ってそうじゃなくて。
泥棒ならやばいじゃん。どうしたらいいんだろ。
俺以外の全員も同じことを思ったらしく、椎名を含める皆が動きを止め、玄関をじっと凝視する。
しかしそこに現れたのは泥棒なんかではなかった。
「莉紗……」
随分と久しぶりに会ったような気がする、俺のよく知る幼馴染だった。
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