第19話 俺は仲間と歩み出す

 週は明けて月曜日、いつも通りに登校する。

 当たり前だが隣に莉紗はいない。一人で寒い中、白い息を吐きつつ歩いていく。


 電車に揺られて数分、教室にはいつの日か見た光景と似たものが広がっていた。

 簡単に言えば、莉紗がいない。あの日の、俺が何もかもを失くした日のような光景だ。


「やっぱりか……」


 しかし、今の俺はあの頃の俺とは違う。落ち込んだりはしないし、予想だってできていた。

 それに何より、一緒に歩いてくれる友達がいるのだ。

 苦しみを、痛みを一緒に受けてくれる人間がいるということは、精神的に大きい。単純計算の二分の一どころか、十分の一にも、百分の一にもなるだろう。


「今日は莉紗、来てないみたいだね」


 椎名も俺と同じことを考えていたらしく、俺の机に寄ってくると、話しかけてきた。何たる心強さか。

 今までは誰かに相談することがここまで効果のあることだとは分からなかった。一人で抱え込むのとでは雲泥の差だ。


「ああ。だから作戦を練ったんだろ?」

「確かにそうだね。奏斗は準備できてるの?」


 俺たちは昨日、丸一日潰して二人で作戦を練っている。作戦の実行は今日の放課後。あまり遅くなるとまたあの時と同じように会えなくなるかもしれないという配慮だ。


「もちろん。徹夜で準備したさ」

「いや、そんな自慢気に言われても。俺とかもう完徹だったから」


 完徹、か。

 椎名のその言葉を聞いて果てしない安心感を覚えた。椎名ならきちんとやってくれるだろうと信じてはいたが。

 まさかそこまで時間がかかるとは思っていなかった。相当大変だったのだろう。


「……ほんと、悪いな」


 思わずそんな言葉が漏れていた。俺のためにわざわざそこまでしてくれて何ていい友達なのだろうと何度も思わされる。


「いいよ。俺たちは友達、そして莉紗にいて欲しいのは俺だって同じだからさ」


 莉紗は俺だけの友達じゃない。俺たちの友達なのだ。

 そんなことを考えていると、ものすごい勢いで何かが視界に割り込んできた。


「おい! 何があったんだ、奏斗!」


 視界の中に飛び込んできたそいつは、速見だった。物凄い形相でこちらを睨んでいる。

 そうか、こいつは莉紗のことが好きなんだっけか。俺と莉紗の間の何かを感じたのだろう。


「…………」


 話すべきなのか分からない。確認を取ろうとちらと椎名を見遣ると、頬にとんでもない衝撃を覚えた。

 ぐいと胸ぐらを掴まれ、頬の衝撃も抜けぬままに、今度は耳が千切れそうなほどの轟音が聞こえた。


「さっさと答えろよ! おい、聞いてんのか!」


 ビンタをされたのだと理解したころには、再び頬を衝撃が襲った。痛いなんてものじゃない。感覚がない。

 顎を生暖かい何かが伝っていって、それが血だと理解すると放心状態になった。


 血が怖かったわけじゃなく、速見が怖いわけでもない。

 信じられなかった。手を上げられた経験は今までになかったから、人とはこうも簡単に人を、友達を殴れるのだと、知らなかった。


「やめろ、陵凪! 冷静になれ!」

「奏斗君を殴ってるんじゃないわよ!」


 椎名の止める声が聞こえた。でも、そうじゃない。

 騒ぎを聞きつけて他クラスから集まった野次馬の声が聞こえた。でも、そうじゃない。


「…………い」

「い?」


 周りが一気にしんとしたのが分かった。俺の声が少しだけ、届いたらしい。

 その場にいる全員が俺の言葉に耳を傾けているのが分かった。


「いいんだ。心ゆくまで殴ってくれて、構わない」


 俺は放心状態になんかなってる場合じゃないだろ。大切な友達が糾弾されているんだぞ?

 殴った? そんなの関係ない。俺が悪かったから、速見は制裁をしただけ。だから心ゆくまで裁いてくれて構わない。


「……悪かったッ!」


 速見はそんな俺の言葉を聞いて————土下座した。

 悪かった、悪かったと何度も謝って、地面に頭を擦り付けた。


「つい頭に血が上っちまってっ! 話せないことだってあるはずなのにっ!」


 それは野次馬がいるからの形だけの謝罪とは違う様だった。心からの謝罪だろう。でなければ土下座なんてできるはずがない。

 そんな速見の姿を見て、俺は全てを話すことを決意した。


「ううん。全部話す。だから少しだけ、手伝ってくれよ」


 俺が柔らかく微笑むと、速見も安心したように強張っていた表情を解した。

 額に脂汗が浮かんでいるのを見れば、精神的に相当きつかったのだろうと想像するのは容易だった。

 仲間のことをここまで考えてやれる奴のことを仲間はずれになんて、できるわけないだろ。


「わ、私たちも混ぜてよ」


 そう声を掛けてきたのは酒井結。彼女は莉紗の親友なので、相当心配だったはずだ。

 そして、私たち、ということはもう一人。小日向ひよりだ。彼女は話すようになって日は浅いが、人のことを自分より優先して思いやれる素敵な女の子だ。


「一応言っておくが、これは遊びじゃない。協力するのならば相当きつい思いをするかもしれないぞ?」


 俺がそう告げても、彼女たちは全く動揺しなかった。

 こくりと頷くだけだったが、その瞳が覚悟を何よりも雄弁に物語っていた。彼女たちもそれくらいに莉紗のことを大切に思っているってことだ。


 俺と椎名、速見に結、そしてひより。

 全員で挑もう。そして最後は莉紗も含めて笑いあう。



 絶対にもう、過去と同じ過ちはしない。

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