第15話 俺は気づかされてしまった

 脳には浮かんでいた。

 どうすればいいかなんて、最初から分かっていた。椎名に言われる前から、分かっていた。

 ただ、俺は気づかない振りをしてきたのだ。だって、それをすることが怖いから。


「恭介、もういいよ。俺、ちゃんと分かってるから」


 固くなっていた表情を柔らかく解して椎名に笑いかけた。それが今できる精一杯の笑顔だった。

 恐怖で震えが止まらなくて、考えるだけで末恐ろしい。

 それは絶対に触れてはいけないものだと脳が理解しているからこそ、触れることができないのだ。


 だから、もういいよ。

 関係は生まれ、そして気づかぬ間に終わっていく。それが世の常で、自然の摂理。ただその終わりが意識するものとなり、姿形が見えただけ。

 元々終わるはずだった関係を修復するために誰かに迷惑を掛けたり、巻き込んだりはしたくない。


「それは本音じゃない」

「違う。もう終わりだった。これが俺の本音だ」


 食い気味に椎名を否定して、はっと気づく。

 椎名がどんな表情をしているか、恐る恐る俯いていた顔を持ち上げ、いつも通りの優しい表情を見て、安堵した。


「まだ、引きずってるんだね」


 引きずっているとは何のことだろうか、なんて惚けるつもりはない。

 俺は今でもあの頃のことを、あのことを引きずっている。それは今の俺の仕草から椎名に伝わったのだろう。

 でもそれは今回の件とは関係ないと、脳が勝手にそんな思考を始めていた。


「それが今回の件を解決できない原因、だね」


 表情は優しい笑顔のまま、でもその瞳の奥には、何もかもを見通すような観察眼を備えている。

 だから他の人間が分からない俺の心理を易々と見抜いてくるし、いつだって的確な解決法を突きつけてくる。


「違う。違う。それは今回の件とは関係ないんだ……」


 そうやって否定して、椎名の言うことを切り捨てていく。そうしなければ、何か大切なものが壊れてしまいそうだから。

 今失っているものよりもさらに大きいものを失ってしまうような気がするから。


「じゃあさ、何で解決できないの? いや、何で解決しないの?」


 解決しない、その言葉が止めになった。

 俺が何もできないのは、莉紗に何がいけなかったのかを聞けなかったのはなぜかを意識させられて。

 同時に脳内で何かが崩壊して崩れていく音がして。


「うるさい! 俺はもう二度とああなりたくないんだ!」



 気づけば、自らの過去が今回の件に繋がることを、認めていた。

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