第13話 俺は叫び散らした
ざわざわと喧騒が絶えないのは、若い世代に限ったことじゃない。
人は群れれば話す生き物であり、社会の中で生きる者ならば、それをしない方が弱者となってゆく。
他人と話すことで得られるものかが何かは分からないが、何らかの心理的効果をもたらすことは確実だろう。
「えー、今から全校保護者会を始めます」
六十に届こうかといった風貌の男性が壇上に立つと、次第に喧騒は収まっていき、少しばかりの緊張感が生まれる。
俺は教師たちと共に並んでいるが、体験したことがないことであるためか、喧騒の収まった中ではどうにも居心地が悪い。
肩を強張らせていると。
「おい、大丈夫か? そんなに緊張しなくていいんだ、いつもの君通りで」
担任に心配されてしまった。生活指導の担当でもある彼は、他学校の生活指導とは違って穏やかで優しく、関わりやすい。
人望があるのも頷けるような人格者。
俺も将来はこんな大人になりたいと思う。
「は、はい。ありがとうございます」
これからの俺の発表は、ある意味賭けでもある。
失敗すれば、噂や憶測が大好きな主婦たちの間で、学校を非難するような話が飛び交うだろう。
しかし、成功すれば返ってくるものも大きい。信頼はそうだが、それだけではないだろう。
つつがなく保護者会は過ぎていき、いよいよ俺の番はやってきた。
ロボットのように、ギギギと音を立てそうな歩き方でステージ上に上がると、後ろからぽんと背中を叩かれた。
横一列に並ぶと、背中を叩いたであろうひよりが、俺ににこりと笑って見せた。
気合を入れて、緊張しつつもお辞儀をし、六人と共にいじめの件を懺悔していく。
きっとまだ、伝わってはいないのだろう。
ざわざわとした声は大きくなっていき、大きな声で土下座をしろだの退学しろだのと言った声も増えていった。
人の信頼というものは簡単には得られないし、一度失ったのならなおのことだ。
でも、それでも。
「あなたたちは、何も知らないじゃないですか!」
知らないままに否定してしまうのだけは、許せなかった。
それをしてしまったら元に戻ることができなくなるのを、俺は知っている。
五人は人間を信じられなくなって、自分という存在を否定されたと感じることで、自分すらも信じられなくなって。
そして、社会という枠組みの中から外れた人間になってしまう。死んでしまうことだって、ある。
「初めは遊びから始めたことで、だんだん過激になって、そして悪行を積んでしまって、それがいけないっていうのは分かります」
俺は、知っている。身を以て刻み込まれている。
だって、それは。
俺のやってしまった過ちだから。
「でも、あなたたちは、彼らの反省を知らないじゃないですか!」
声が震える。視界がかすむ。握った拳は二度と離れることがないんじゃないかと言うくらいに固い。
しかしそんなことは気にもならない。もっと他に、伝えるべき言葉があるから。
「悩んで、悩んで、悩んで。どうすれば償えるのか、どうすれば罪を無くせるのか」
罪を消せることなどきっとない。いくら善行を積んでも、一生付き纏ってくるのだ。俺がそうであるように。
でも、だからといって何もできないわけじゃない。善行を積んで感謝をされて覆い隠していくことはできる。
でも、それでも覆い隠せない部分があるのだ。それを覆い隠すための方法は——
「ここに立つことが、懺悔することがどれだけ辛いのか分かっていないじゃないですか! 勇気だけじゃない、心を抉っていくような罵詈雑言だって浴びせられる!」
いつの間にか手のひらから感覚がなくなっていた。床には血が滴っていて、頬を液体が伝っていくのが分かった。
霞んでいてよく見せない。しかし聴覚に訴えてくるのは、堪え切れない声を漏らしつつすすり泣く男子たちの懺悔。
「だからもう、終わりにしましょうよ。彼らがやっていることは誰にでもできるようなことじゃないんです。少なくとも俺には、できませんでした」
伝わっただろうか、届いただろうか。視界は見えないままでよく分からない。
ただ言いたいことを言いきった達成感がそこにあって、原稿とは全く違うことを言ってしまったけど、これでよかったと思えた。
◇
「いやー、いい演説だったね。あの原稿なんかよりもずっと」
「あ、ありがとうございます」
現在地は校長室。歳は副校長とさして変わらないであろう、ダンディな校長が俺を褒めている。
冷静になって考えると、あの時の俺は布団の中で三日悶えるくらい恥ずかしかった。
「何よりも、君の心から絞り出されていた。きっと君は、今まで考えられないくらいに辛い思いをしたのだろうね」
ああ、そして今も、捨てきれていない。俺が償うべきあいつはもういない。死んだわけじゃないが、もう会えなくなってしまった。
だから、一生俺は正面から罪を見据えて生きていかなくちゃいけない。
あの時に謝っていればよかったなんてことは、今更言っても仕方がないのだ。
「ありがとうございました」
校長室を出て、一人で家へと向かって歩く。
もうできないことは言っても仕方ないが、忘れることもまた、不可能だ。
しかし、善行を積んでも覆えなかったそれを今日、一部ではあるが吐き出せた。
醜く叫び散らして僅かながら綺麗になった心の隙間に、赤い夕陽がよく染みた。
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