第9話 俺は友達を増やしたい

 今いるのは、一年五組の教室前。

 ごく、と唾を飲み込み、覚悟を決めてノックする。からりと引き戸を開け、顔を覗かせると、程よいタイミングで「小日向さんはいますか?」と訊く。

 よし、何とかうまくいった。


 これ、結構勇気いるんだよなあ。特に他学年は顔見知りの生徒が少ないから緊張する。

 と、心配する俺を他所に、数人の女子生徒が騒めいて、キャーとかふぁあとか言っている。イケメンでマジ助かった。


 暫く待っていると、てとてととこちらに駆け寄ってきて、俺を見ると気不味そうな顔をした。そりゃそうだよな。

 俺が構うなと拒絶したのが一昨日。昨日は流石にひよりの元へ行く勇気が出ず、日和ひよってしまった。決して駄洒落じゃないぞ。


「な、何の用でしょうか」


 しかし、一日置いたのは失敗だったかもしれない。

 一日置いただけに妙な生々しさというか、距離感が物の見事に演出されてしまっている。


「い、いやあ、ちょっと手伝って欲しいことがあってさ。あははは……」


 思わず乾いた笑いが漏れてしまった。自分から拒絶しといて何言ってんだこいつ。もう自己嫌悪に陥るわ。

 んで、その要望に対してひよりの反応は……


「いいですよ! こないだのこともありますし」


 少々気不味そうにしつつも、快く引き受けてくれた。

 彼女の眼には純粋な光が宿っている。きっと打算も何もない言葉なのだろう。そこには、何かお詫びしたい、という様子しかなくて、恋愛すらも絡んでいなさそうだ。

 もしこれもこないだのも全て演技ならアカデミー賞ものだが、俺はそこまで疑うほど捻くれちゃいない。


「ああ、助かる。じゃあ、今日の放課後に校門で待ち合わせできるか?」

「はい、じゃあまた放課後に」


 手短に遣り取りを終えると、我らが二年三組へと戻っていく。

 今はただの休み時間なので、あまり時間がない。


 それにしても、予想以上にすんなりと話をまとめられて驚いた。もう少し手こずるかと思っていたのに。

 それもこれもひよりの性格のおかげだ。まあ、そういう奴だから俺たちの輪に入れたいと思ったのだが。


 と、ひよりの性格のよさに浄化されていると、あっという間に教室に着いた。


「なあ、今日の催し、オレ超楽しみだぜ」


 席について早々、わざわざ遠くの席からやってきた速見に変な報告をされた。

 でもまあ、楽しみなのも分からなくはない。

 何せ今日は————まあ、後でのお楽しみ、だな。


 実はこれの準備のためにひよりに昨日声を掛けれなかったという理由もあったりする。寧ろこっちがメイン。


「どんな娘か見てみてえなあ。超いい奴なお前がいい奴って言うんだから相当だろ」


 この大男のことだからてっきり食べることしか考えていないのかと思ったら、どうやらそうではないらしい。

 こいつなりに、俺がこの輪に引き入れるということの凄さを感じているのだろう。正直そんなに期待されても困るが。


 因みにだが、こいつらには例の一件と、ドア越しに聞いた会話は洗いざらい話尽くしている。報告は一番の信頼関係づくりだ。

 だからまあこいつらは二人に対して怒りを収めたわけだ。

 まあ、話したときに結だけが真っ赤になっていたが。俺のこと好きってばらされたようなもんだもんな。可哀そうに。


「まあ、それは俺の家でのお楽しみってことで」


     ◇


 待ち遠しかったせいで放課後が来るのがだいぶ遅かった。

 校門で待っていると、てこてこと可愛らしい足取りで校門前にやってきた。


「すみません、待ちました?」

「全然。じゃあ行こうか」


 まるでデートにでも行くかのように手を引き、自然にエスコートする。向かう場所はもちろん自宅だ。


 と、かっこつけたはいいものの。


………………………………。

…………………………。


 お互い気不味すぎて何も会話が生まれない。家までの遠さをこれ程恨んだことはない。

 もう精神統一でもしようかと思っていると、やっと家に着いた。


「あれ……? ここって」

「ああ、俺の家だ」

「何か中うるさいんですけど……」


 あいつら静かに待ってろって言ったのに……。

 賑やかなのもまあいいことかと溜息を一つついて、家に入ろうと扉に手を……

かけれない。

 代わりに、いや全く代わりになっていないが、俺の腕に極上の感触。久しぶりのご登場、おっぱいさんである。


 俺が無言で顔を赤くしていると、背後から震える声で。


「は、入らないんですか……?」


 めっちゃビビってるじゃん。ビビりながら言うセリフ、それ?

 それよりも言葉を返さないといけない。

 まず、おっぱいと口にした時点で空の彼方に吹っ飛ぶ。胸……なら辛うじて生き残れるか。しかし痛い。


 俺が悩み抜いて選んだ答えは。


「腕、動かせない」


 実に初々しい中学生の発言である。目を逸らしながらばっちり顔を赤くしている時点でもうアウトなのに、頰までぽりぽりと書いてしまう始末。本日二度目の自己嫌悪。

 しかし、ここからは気を引き締めなければならない。


 後ろで頭から湯気を噴出してゆでだこ化しているひよりの手を片手で握り、ドアを開ける。ていうか俺何気なく手、繋いでるよな。

 女子の手って柔らけえなあ、なんて感想を脳の片隅に、俺は一気にドアを開け放った。

 同時にパーンパパーンといくつかの銃声に似た音が奏でられて。


「「「「「「ひよりちゃん、これからよろしくね!!」」」」」」



 歓迎パーティーが、始まった。

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