第6話 俺は、サイコパスになる

 『あなたの友達を一人、切り捨てなさい』


 彼女は、並河凛は、俺にそう言った。目的も何も告げず、ただ、条件のみを突きつけてきた。


 そして、屋上で俺は追い詰められている。

 昨日の放課後の出来事と、今日の朝、俺が下した決断を俺の友達数人に伝えたことを、凛とひよりに知られてしまったからだ。


 昼休みなのに、晴れているのに全く温かさを感じない。

 それはきっと、今日が冬だから、だけではないのだろう。目の前の冷めきった眼差し、底冷えのするような威圧感が主な原因だ。


「今、私が何で知っているのかって思ったでしょう?」


 図星だった。当たり前だが、今朝の友達との会話について、俺は彼女に話していない。そんなことをするはずがない。

 しかし、彼女にははっきりと伝わってしまっている。


「ああ、何で知っているんだ?」


 彼女の威圧感のせいだろうか、俺の声は震えていた。

 怯えている。本能ではない————知能が。

 俺は心の底で、彼女がなぜ知っているのか、その答えを知りたくないと思っている。それを知るのが、知ってしまうのが怖いから。

 だって、それは。


「————あなたの友達に、内通者がいるもの」

「っ…………」


 勇気を振り絞って聞いた俺に帰って来たのは、俺の想像していた答えと大差なかった。正直言って、想像よりも悪い。

 俺はてっきり、彼女に威圧され、ゲロったのかと思っていた。でもどうやら、違ったようだ。


「俺の友達は、そっち側なのかよ……」


 もう怯えなんて吹き飛んだ。

 俺の心にあるのは深淵の如く深い悲しみと、蒼穹の如く広がり、心を満たす憤怒のみ。もう、今日なんてちっぽけな感情の入り込む隙なんてない。


「ええ、そうよ。だからもう、諦めて。あなたの友達に、今朝の話は嘘だと、冗談だと説明しなさい」


 彼女は罪状を突きつけるように、淡々とそう述べた。

 そんな彼女の姿を見て、拳の震えが止まった。


 そうか、俺が悪かったのだ。俺が周りに思いを打ち明け、それを受け入れてくれた仲間を信頼した。

 だから、こんな形で裏切られた。


「ああ、分かったよ。本当に俺は馬鹿だな……」


 そう自嘲して、笑った。

 心の、最近やっと開くことのできた扉が、また閉まっていくのを感じた。

 もう、躊躇なんてしなくていい。だって切り捨てるのは友達じゃない。俺を使って陽キャとして生きようとするクズだ。


「なあ、教えてくれよ。俺を売ったそいつは誰だ」


 自分が気持ち悪い顔しているのが分かる。

 サイコパスみたいな表情、あるいは憎しみに満ちて、復讐をする復讐鬼の顔をしているだろう。

 凛も、ひよりも引いているのが分かった。


「あ、ああ。それは…………酒井結、彼女だ」

「教えてくれて、ありがとう」


 ああ、そうか。そうだったのか。

 じゃあ、もう答えは決まっているな。俺は裏切られた分復讐してやる。だって、俺の人生を、やっと開いた心を、捻り潰してくれたのだから。


「俺が売るのは————酒井結だ」


 俺の歪んだ青春が、始まった。

 

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