第5話 俺は真実を語る
凍てついた空気。こういう時に限って吹かず、空気をかき回してくれない風。この空間には何もなく、ただ、重い何かがそこにある。
その悍ましい話をしてしまったことを、すぐに後悔した。
話し始めた俺ですら口を開けない。そんな雰囲気の中で最初に言葉を発したのは、意外にも椎名だった。
「何だそれ……人間として、どうなんだよ……」
相当な怒りを抑えているのか、椎名は机の下で拳を強く握りしめ、ふるふると小刻みに震わせている。
椎名が怒っている前でこんなことを考えるのはだめかもしれないが、俺のためにそこまで怒ってくれるのは、正直嬉しい。
椎名のその発言を皮切りに、議論は動き出した。
「最低、だな。オレとしては、親友のお前がそんな風に見られていたことは、見過ごせねえ」
「意外って言うか、さ。何でそんなこと、優しい奏斗に平気でできるんだろ」
速見は正義感が強いから、こうして救ってくれようとしてくれている。
女友達の
本当に、俺にはもったいない友達ばかりだと思う。
そして、もうそろそろ、というか最初から分かっていたかもしれないが、彼ら彼女らは俺に怒っているのではない。
その怒りとは、俺に対して告白してきた少女に向けられたものなのだ。
これは、昨日の放課後からの、悍ましい話である。
………………
…………
……
「じゃあ、その、私と一緒に帰ってくれないですか?」
「わっ、私も一緒に帰りたいですっ」
何とか告白の件に少しばかりの猶予をもらい、俺が背を向け学校を後にしようとしていた時だった。
二人が俺を呼び止め、一緒に帰ろうと言ってくる。
まあ、悪い気はしないし、家の方角が一緒だということだ、たまには友達以外の人間と一緒に帰るのも悪くないだろう。
「ああ、分かったよ。それと並河先輩は敬語やめて」
いくらイケメンと言えど、こんな機会はそうそうあるものではない。
と、歩き出そうとすると、またぞろ俺を引き留める何か——それは、彼女らが俺の腕に抱き着いていたからだった。
一抹の恥ずかしさを抱きつつも、俺はそれを受け入れ、家に向けて歩き出した。
下校中はお互い羞恥が大きく作用してか、あまり会話が生まれず、気不味い、しかし居心地の良い空気が流れていた。
これはこれで悪くないななんて考えているうちに、家の前まで辿り着いてしまった。
寂しさ、あるいは名残惜しさと共にある別れようとした。
しかし、腕が離れない。
「ねえ、もう俺家に着いたんだけど」
「あ、ごめんなさい。先輩が暇なら、うちに寄ってくれませんか……?」
まあ、暇だしいいか。そんな軽い気持ちで付いて行った俺が馬鹿だった。
ひよりの家の前について、そして彼女の家の中に入った。なぜか、凛も一緒にだ。
少し疑問に思ったが、ライバルの抜け駆けを防ごうとかそんなところだと思って訊いたりはしなかった。
——————でも、それが間違いだった。
「奏斗さん。やっと、ですね」
凛がそう言葉を発したのは、俺がひよりの部屋に入った瞬間。甘い香りが鼻腔を擽った、その瞬間だった。
彼女はなぜか扉の前に、逃げ道を塞ぐように立って、薄く笑った。
「やっとって何が」
警戒心も露わに、俺は凛に問うた。すると、答えは違うところから帰って来る。
「先輩、そんな警戒しないでくださいよぉ」
甘い声が耳元で直接囁かれ、顔を赤くしつつその場をぴょんと飛び退いた。
そして、気付いた。手を縛られていることに。
こうまでしないと気付かないとは。本当に俺も甘ちゃんだ。人間の恐ろしさを、気を抜いたことで忘れていた。
「何が目的だ」
組織に捕らえられた別の組織の捕虜のようなセリフを吐いた。
もう甘い恋愛感情などない。
全力の眼光で二人を睨み、抵抗しようと必死に藻掻く。しかし練習でもしていたのだろうか、相当足の拘束が速かった。
「簡単ですよ、先輩。私たちが望んでいるのは————」
「——————————————————————しなさい」
そうしたら、もう、あなたへの虐めはやめにしてあげるわ、と。
理由も、何も告げず、俺に、その酷な条件を突きつけた。
「そんなの! 受け入れられる訳がない!」
「なら、一生虐めてあげる」
ふふ、と笑んだ顔は忘れない。忘れられない。
それからいったん保留として、家に帰ったけれども、一睡もできなかった。
◇
そして、翌日の朝、つまり今朝、彼女は俺に聞いた。
「覚悟はできた?」
「…………ああ、条件を呑むよ」
こうして、俺は覚悟を決めた。
………………
…………
……
今は昼休み、屋上で、目の前には凛とひよりがいる。
そして、二人は見るもの全てが恐怖する、昨日のものよりも更に悍ましい笑みで言った。
「——————あなた、相談したでしょう?」
俺はここにきて、逃げ場がないことをやっと悟った。
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