第4話 俺はおっぱいを揉んでない
震えが止まらない。呼吸すらできなくなってしまいそうだ。
だって。
「あっはははははは! 揉んでねえに決まってんだろ。初対面だぞ?」
目の前の友人が馬鹿すぎる。俺が言ったこと素直に信じやがって。いくらイケメンでも初対面でおっぱい揉んだりしねえよ。
しかし、笑われる側は大層ご立腹らしい。ここまで馬鹿にされて怒らない方がおかしいか。
どす黒さをアップさせたオーラを纏って、俺を親の仇のように睨んでくる。正直言ってあまり怖くはないのだが。
「で、どこからが嘘なんだよ。まさか最初っから何て言わないよな……?」
もちろん最初っから嘘なわけではではない。最初っからどころか、寧ろほとんどが真実なまである。
で、肝心の、真実はどこまでかということだが————
「体育館に移動したとこからが嘘だ」
はあはあと息を切らしつつ、同時に笑いを噛み殺しつつそう言った。
これは嘘ではなく、紛れもない真実である。しかしそれはどうやら椎名にとって意外な事実だったらしく、俺に驚愕と疑いのまなざしを向けてきた。まあ、そりゃあそうか。
だって、それの意味するところは。
「つまりその女子二人ってのは、胸を揉ませようとしてきたってことか?」
そう、そこなのだ。
俺自身結果としておっぱいは揉んでいないが、俺の突然の言葉によってちょっとした錯乱状態に陥ったことからか、おっぱいを揉ませようと服を脱いでいた。
あの後必死に二人に皆が見ていると諭し、冗談だという言葉を飲み込ませるのは本当に骨が折れた。疲れたなあ……。
と、昨日を懐かしんでいると、何かに気づいたらしい椎名がそういえば、と言葉を発した。
「昨日一年の男子たちが制服の隙間から見えた巨乳の話をしていたような……」
それは耳のいい椎名だからこそ聞き取ることができたのだろう。いくら興奮していても、多感な時期である。堂々と大声でおっぱいの話なんてしはしないだろう。
改めて椎名の耳のよさには驚かされる。
にしても、これは彼女にとって良いことなのだろうか。
女子からしてみれば、男子から自分の胸の話をされるというのは、巨乳だとしても嫌なのではなかろうか。
それを椎名に伝えると、やれやれと言った様子で首を横に振った。
「本音を解放したって言っても、やっぱ奏斗は奏斗だよなあ」
言っている意味はよく分からないけれど、やれやれと呆れられている割に、あんまり嫌な感じはしない。
その理由は、恭介が悪口を言わないタイプだからというのもあるのだろうが、それ以上に彼の言葉に含まれたニュアンスにあるのだろう。
「お前は根が優しいからモテるんだよ。俺には真似できそうにないよ」
やっぱり貶されてはいなかった。それどころか、褒められてさえいた。
しかし、俺は思うのだ。
「何言ってんだ。お前だって優しいじゃねえか」
こいつは優しい。俺が知っている限り、ここまでのお人好しはいない。そう断言できる。
それにこいつだってモテているのだ。俺もそうだが、ファンクラブまである。
と、お互いを褒めあい、謙遜しあいしていると、遠くから見知った顔がいくつか、こちらへ歩いてきた。
俺の友人、特にその中でも、
ガタイがよく、見た目の通り野球でエースとして活躍し、スカウトが数校からくる、ザ・スポーツマン。
「おうおうお前ら、今日もいちゃついてんのか。ほんと仲いいな」
それは決して馬鹿にしている訳ではない。その証拠に、きらりと白い歯を見せて無垢な笑顔で俺たちに笑いかけてきている。
しかし、先程の椎名と同じく、はっと何かに気づいたような、思い出したような顔をすると、今度はにやりとした笑顔で揶揄うように笑いかけてきた。
「そういや、今朝、あの美人な生徒会長と可愛い新入生が奏斗に会いにこのクラスまで来たって聞いたんだが……もしかして、告白されたのか?」
そう訊かれて、俺は真顔で、ああ、と答えた。
真顔だったのは、決して照れ臭かったわけでも、ふざけていた訳でもない。
ただ単純に、この話をするには、真顔が適していると感じたのだ。これは面白おかしく話すべき軽い内容じゃない。
それじゃあ話そうか、昨日の放課後と、今日の朝の話を。
恋愛という、ラブコメというベールに包まれた、悍ましい話を。
「昨日の放課後、学校を出てな————」
俺は初めてその口で、隠し、そして躱し続けた真実を、事実を語り始めた。
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