七話

「ねぇタイチ。昨日のことって覚えてる?」


 俺の料理の下手さについて考えていると、前に座っているリツが話しかけて来る。

 先程までとは異なり、真剣な表情をしている様子だ。


「昨日って金曜日か。ん? あれ? 何してたか思い出せないな」


 俺はリツに言われて昨日のことを思い出そうとするが、不思議と何をしていたのか思い出せなかった。

 どこで何をしたかだけではなく、何を食べて何を話したのかすら思い出せない。


「そうだよね、私も昨日何をしていたのか覚えていないんだよね」


 二人揃って覚えていないなんて、不思議なこともあるもんだなと思った。

 リツは、何やらゴソゴソと手を動かしてポケットから何かを取り出した。


「これ、何だか分かるでしょ?」


「あぁ、リツがいつも持っている手帳のことだろ。それがどうかしたのか」


 リツはポケットから手帳を取り出すと、手を一杯に伸ばして俺に見せ始めた。

 その手帳は、リツが普段から日記や行動記録などを記載しているものだった。

 この時代に旧世代的アイテムを使っているなんて、やはりリツは少し変わっているなと微笑む。


「何、笑ってるのよ。この手帳なんだけど、実は手書きも出来るけどデジタル式の物なの」


「いっつもペンで書いてるから、てっきり旧世代のアイテムだと思っていたよ」


「それでね、この手帳を見ると昨日の記録も記載してあるのよ」


「えっ」


 俺は、リツの言ったことに思わず息を飲む。

 二人して昨日の記録がない中で、記憶にないはずの日記が残っているのか。

 どういうことなんだと思い、聞いてみる。


「それで、何が書いてあったんだ?」


「昨日、金曜日にタイチは、管理棟に入ったことになっているのよ」


 そう言うとリツは、手帳に書いてある内容について語り出した。

 話しを聞いていると、この宇宙船には外部と接触出来る可能性があり、昨日の俺はそれを求めた管理棟に入ったらしい。

 ありえないと思ったが、外の世界を見てみたいといつも考えている中で、チャンスがあったのなら俺なら行くとも思えた。


「それならなんで俺たち二人とも記憶がないんだ」


 仮に俺が管理棟に入ったとして、処罰もされずに記憶を失っているのは何故だろう。

 リツがわざわざ記憶がないと嘘を言う必要ないので、余計に混乱する。


「記憶を消すのが処罰だとしたらどうかな」


「そんなこと......ありえるのか?」


 俺は、リツが言ったことに対してありえないと言う感情を抱く。

 記憶を消去するなんて聞いたこともなければ、人類史上今まで起こりえない出来事だと言える。

 科学的にも、人道的にも行えないし行ってはならないだろう。


「実を言うとね。手帳に書いてあったのはタイチのことだけじゃないんだよ」


「なんだって......。何が書いてあったんだ」


「実はね、私も管理棟に入ったことがあるみたいなの。それで記憶が消されたことがあるって書いてあったのよ」


 俺は、リツの衝撃発言にフリーズする。

 リツの言うことが正しければ、管理棟に入ってルールを侵すことで記憶が消されることになる。


「俺たちは管理棟で何を見たんだ、いや見てしまったんだ」


「そこまでは分からないけど、昨日の私はその件を調べるために図書館で調べものをしていたみたいよ」


「図書館で何か分かったのか?」


「ううん、詳しいことは何も......」


 俺とリツは、記憶を失ったことは確実らしいが、それ以降のことは分からなかった。

 ただ、話をしている中で一つ気になることが出来た。


「リツの手帳を見ると、カードキーを拾って管理棟に入ったみたいだな。だけどさ、高位の人が連続してカードキーなんて落とすかな」


「不注意な人ならあるのかな〜」


 リツは呑気に語尾を伸ばしながら、そう言った。


「リツが管理棟に侵入して、記憶を消された後にでも、か?」


「あっ! 言われてみればおかしいかも」


「これじゃあまるで、入って下さいと言わんばかりじゃないか」


 そう、考えれば考えるだけおかしいのだ。

 管理棟に入れてカードキーを持っているよな人が、二回も侵入を許すとは思えない。

 まるで、何かを見せたいと言っているようなもんじゃないか。


 リツは、うーんと唸りながら手帳を見ている。

 暫く唸り、何か気付いたように言う。


「タイチ、この最新私が管理棟に入った時の記録をよく見て」


 俺は渡された手帳をよく確認してみる。

 その内容とは、管理棟内部には人影もなく監視カメラもないことだった。

 そして、無事に管理室へと入りカプセル型の機械に入った所まで記載がされていたのだ。


「つまり、問題が起きたとすれば機械に罠があるのか、その先に何かあるのかってことか」


 俺は、手帳を見てそう結論付けた。


「そうみたいね。タイチ、どうする?」


 リツはニヤリと笑いながら俺に聞いてくる。

 俺の答えは決まっている。


「もちろん、考えても分からないなら行って確かめてみるまでだ!」


 目の前に夢にまで見た外部に行く可能性があるのだ、行かない理由がない。

 どんな罠があろうとも、それを乗り越えてみせる。


「リツ、お前も行くか?」


「もちろんよ」


「本当に良いのか? 確実に危険があると知ってても行くのか?」


「もちろんよ。それに、一人より二人の方が安全よ」


 俺とリツの決意は同じらしい。

 それに、リツも俺と同じかそれ以上に外の世界に夢を抱いている。


「「そうと決まれば準備するか!」わよ!」

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