二章

六話

「寒っ」


 早朝、俺は仕事をする為に居住区棟にある家畜の飼育スペースに来ていた。

 ここでは、牛や豚をはじめとして多くの食用となる家畜の飼育が行われている。

 そんな家畜たちは、人類が宇宙に出てきた時に一緒に連れてきたのだ。


 当然、宇宙船に乗せることが出来る数には限りがあったので、食用になるものが優先された。

 繁殖力が高く食用として適している動植物が優先して乗せられ、現在まで人類と共に宇宙の旅を続けている。


 そんな家畜たちの飼育を行うのが、今の俺の仕事なのだ。

 宇宙船での仕事は、一定の周期で役割が変更されるようになっている。

 それも、何があるか分からないこの宇宙空間で生きてきた人類の知恵というやつだろう。


 俺はいつもの通りに飼育スペースの清掃から行い、食料と水を準備していく。


「ご飯食べて大きくなれよ〜」


 いつも通り、家畜たちへの声かけも忘れずに慎重に世話をする。

 俺がこれらの肉を食べる機会は滅多になく、高位の人でもそれは変わらないだろう。

 ここでの家畜は、俺たち人類よりも価値のある存在なので、丁寧に扱わなければいけないからだ。


「ふう」


 垂れて来た汗を、片手を上げて服の袖で拭う。

 今日の分の仕事を終え、達成感と疲労を感じつつ声を漏らす。

 早朝からの仕事は大変だけど、生きて行くためには宇宙船内での仕事をやらないわけには行かない。

 いつかは牛や豚の肉を食べてみたいと考えながら、家へと戻る。


 ◇


 仕事を終えて、家に帰ると正午くらいの時間になっていた。


「ただいま〜」


「おかえりなさい、タイチ。ご飯出来てるよ」


 家に帰ると、リツが出迎えてくれご飯の用意も済ませてくれていた。

 どうやら今日はリツの方が、俺よりも帰るのが早かったみたいだ。


 今日の昼ご飯は、いつもの通りネズミを使った肉と野菜を使った野菜炒めらしい。

 牛や豚などと比べてネズミは成長速度も速く、一度に産む子供の数も多いので、宇宙船ではよく食べられる。

 ネズミ以外には、昆虫などもよく食べられているがそれについては今触れる事ではないだろう。


「じゃーん!今日は野菜炒めを作ったよ」


「いつも済まないなリツ」


 椅子に座ると、リツがご飯を出してくれた。

 お肉を焼いた香ばしい匂いが部屋中に広まり、食欲を唆る。

 これが牛や豚ならば、より美味しいと聞くが、俺は食べたこともないので想像も出来ない。

 ネズミ肉でこれだけ美味しいのなら、頬っぺたが落ちるほどの味なのだろうかと考える。


 いつも料理を作ってくれているリツのことを思うと、いつかはネズミ以外の肉を食べさせてやりたいもんだ。


「タイチ、午後の仕事は何するの?」


「今日の午後は、船内の草むしりだな」


 ネズミ肉について色々と考えていると、リツが話しかけてくる。

 草むしりの仕事は、船内に生えている雑草や食用を見つける役割だ。

 そのむしった草は、人が食べられるものは食べ、そうでないものは家畜などに与える。

 草むしりは、家畜の担当の者がセットで行う仕事なのだ。


「リツは今日は休みなのか?」


「ううん、午後はゴミ処理当番なのよ」


「そりゃ大変だな〜」


 俺とリツは、ご飯を食べながらそんな何気ない会話を続けた。


 ◇


 午後の仕事が終わり、家に帰るとリツは居なかった。

 どうやら俺の方が先に仕事が終わったらしかったので、料理でも作ろうかとキッチンへと向かう。


 タイチはキッチンに入るべからず


 キッチンに置いてある冷蔵庫に、そんな張り紙がしてあった。

 なんじゃこりゃと思いつつ、心当たりがたくさんあったので、大人しく料理を諦めてゴロゴロする事にする。


「疲れたー。タイチー、ただいま〜」


 暫くゴロゴロとしていると、玄関の方からリツの声が聞こえて来た。

 俺はゴロゴロするのを辞めて、玄関へと向かう。


「おかえりリツ。今日は遅かったな」


「今日はゴミは多かったみたいなのよ。遅れたからご飯は買って来ちゃった」


 リツはそう言うと、片手に持っていた袋を俺に渡して来た。

 その中には、船内唯一の弁当屋で買ったホカホカからあげ弁当が入っているようだ。


「手洗いとか用意してくるから、タイチは先に用意しておいて」


「分かった」


 リツは俺にそう言うと、洗面台の方へと行った。

 俺は、言われた通りにテーブルを拭き、箸と弁当をテーブルに置いた。

 先に座って待っていると、リツも戻って来て椅子に座る。


「「いただきます」」


 今日の夕ご飯は、ネズミ肉をからあげ風に揚げて、スパイシーに味付けをしたものだ。

 からあげ弁当は、ホカホカで食欲を唆る香りが部屋中を充満していた。

 暫くネズミ肉を堪能していると、俺は先ほどの件を思い出す。


「リツ、キッチン立ち入り禁止って何だ?」


「まーたキッチンに入ったのね。タイチは絶望的に料理が出来ないんだから、キッチン立ち入りは禁止よ!」


「流石に酷すぎるじゃないか......」


 リツはプンプンと言いながら、起こっているようだった。

 リツが怒っていることに、思い当たることはいくつかある。

 黒炭になった肉、爆発した卵、天井まで昇った炎......。


 考えれば考えるほど、俺が悪かったのかもしれないと結論に至った。

 どうしたものかと考えごとを続けていると、リツがある事を口にした。


「ねぇ、タイチ。昨日の事って覚えてる?」


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