二話

 居住区棟の先端部にある休憩スペースから、自室に戻ろうとしていたその時。

 管理棟と居住区棟の境界線付近にある路地裏を通り掛かると、話し声が聞こえて来た。

 どうやら、男二人が小さな声でこそこそと話している様子だった。


 管理棟には、絶対に入ってはならないと言うルールがあるが、入らなければ問題ないだろうと考えて近づく。

 二人に見つからないように近き、聞き耳を立てる。


「それで、船内にいるには気付かれてないだろうな」


「もちろんよ。ネズミ一匹すらもこの近くにいなかったと言える自信があるぜ」


 人目を気にしていた様子だが、居住区棟の先端部にいた俺は見つからなかったようだ。

 どうやら会話が始まったばかりのようだったので、見つからないように注意しながら聞き続ける。


「今回こっちで取れたデータを管理室に保管してある。後でこの宇宙船からあちらの場所に移動しておいてくれ」


「はいよ、面倒だけど上のあんたから言われたら絶対だからな。やっと入れたこの世界をもう少し楽しみたかったんだが、仕事だから仕方ない」


 命令された男は、あーあと言いながら何かを惜しんでいるように見える。


「上司の前で言うことじゃないぞ。俺の前以外では気を付けるんだな。減給だけでは済まないぞ」


「あんたの前だから言ってるんだよ。他の上司だったら信用出来ないわ」


 二人は、上司と部下の関係性らしいが敬語を使っていないことに対して注意をした。

 だが、上司の方も本気では怒っていないようで、やれやれと言った様子だ。


「管理棟から向こうに行く方法は分かるのか?」


「機械で横になったら後は機械が何とかしてくれるだっけな」


「分かっているならそれで良いが、帰ったらマニュアルをもう一度読み直すんだな」


 機械の操作方法について問われると、部下の男は怠そうに答えていた。

 そして会話が終了したのか、カードキーを使い閉ざされた扉を開けて、管理棟の方へと入って行く。


 一般人であれば絶対に入ることの出来ない扉に入るあたり、あの二人は位の高い人物なのだろう。

 居住区棟でも見たことが無い二人なので、管理棟で生活をしているのだろうと思う。


 二人の会話を聞いている中で、気になることがいくつかあった。

 まず、会話の中で出てきたこの世界やあちらの世界と言ったワードである。

 現在、宇宙船プロトタイプは他の宇宙船と通信は出来ても行き来は出来ていない。


 それも話を聞いていると、宇宙船そのものを移動させるのではなく、すぐに行き来出来るかのような言い方だった。

 知らされていない未確認の技術、周囲の人影を気にしているあたり何かありそうだな。


 もう一つは、先ほど見た男たちは今まで船内で一度も見たことがないことだ。

 宇宙船プロトタイプの人口は少なく、多くても数百人しかおらず、顔を知らない人はいない。

 それなのに俺は、あの男たちを見たことないのだ。


 それに加えて、あの男たちが着ていた服装は今まで見たことがないものだった。

 この宇宙船プロトタイプの服屋でも見たことがなく、支給される服でも、高位の人が着る制服でもない。


 あの男たちは、今まで見たことのある管理棟に入れる人とは異なり、何かが違っているように感じる。

 特にあの部下と思われる人の言動は、とても管理棟に入れるような高位の人とは思えなかったのだ。


 色々と考えことをしながら、男たちが入っていった扉の方を見る。

 すると、何かが落ちてるのが視界に入った。

 周囲をよく見て誰もいない事を確認すると、扉の方へと近づいて落ちているものを拾う。


「これは......」


 拾ったものを見て驚く。

 これは、カードキーで恐らくこの管理棟へと続く扉を開けられるものだろう。

 カードキーを拾ったことで、俺の中にある欲望が湧き出てくる気がした。


 今までは、宇宙船の居住区棟と限られた世界しか見る方が出来なかった。

 しかし、男たちの会話が真実であるならば、こことは違う場所を知ることが出来るかもしれない。


 このチャンスを逃せば、当てのない旅の中で寿命を迎えるだけだ。

 それに、素直にカードキーを返した所でどこでどうやって拾ったのか怪しまれるたまろう。

 そうなれば、居住区棟の先端部にいたことが知られ、男たちの会話を聞いたことが上にバレる危険がある。


 カードキ使っても使わなくても、どの道危険なことは危険なのだ。

 それなら、今まで夢見て来た外の世界を、他の人類たちを見てみたい。

 その結果、悪い方向へと繋がるかもしれない。

 だが、生きたまま死んでいる状態である今の状況に意味はあるのだろうか。


「俺は外の世界を見に行くぞ!」


 そこには誰もいないが、一人で決意を口にする。

 夢や希望もなく、暗く何もない宇宙空間を見つめ続ける毎日はもう終わりだ。

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