最終話 それから
私は今、祖国から遠く離れた南の島にいる。ここでは、剣術や学問を教えている。皇帝刺殺後、貴族やら何やらにうんざりしていた私にはちょうどいい。レオンハルトの取り計らいで定期的に養父母と交流をしている。五年ぶりに子爵邸で再会した時には養父に思い切り頬を打たれた。だが、その後に熱い抱擁を交わした。私が失ったと思っていた家族はすぐ側にあった。最早、血の繋がりを超えたといってもいい。母は静かに泣いていた。そして、以前よりも痩せ細った手で私の両手を握り締めてただ一言、「生きていてくれてよかった」と絞り出したような声で言ったのだった。そんな二人の様子を不思議そうな目で見ている幼い少女がいた。二人が晩年に授かった待望の子どもだった。レオンハルトから計画を少し聞いていた両親は、子爵を継ぐ者が必要ないことを知り、彼女に負担をかけなくて済むと大喜びしたそうだ。もちろん、貴族と庶民という身分が取っ払われたとしても、それまで所有していたものは取り上げられることはない。そこまでしてはあまりにも急進的すぎるからだ。よって、この幼き少女には子爵を継ぐのと同じくらいのものが贈与されることになっていた。私はそれを聞いて一安心した。私は葬儀を行われた身ゆえ、相続権が発生することはない。この腹違いの妹に迷惑をかけることはないだろう。そう思った。
両親との再会後、師匠の元を訪れた。見知らぬ少年が私の応対に現れた。師匠曰く「第二の私」とのことだった。確かにその少年の瞳には何も映っていなかった。仄暗い復讐の炎が辛うじて彼の命を繋いでいることは、昔の同士としてすぐさま感じ取った。私は早速師匠に、その少年を引き取ることを申し出た。少年は抵抗したが、師匠はそれが良いと言って、私と少年を送り出した。そう、何を隠そう、彼が私の最初の弟子である。彼と私とで南の島に移り住み、一から生活を始めた。
二度と私のような目に合う人間を生みたくないという気持ちはあるが、人間である以上それは不可能だと考えている。実際、第二の私が存在しているのだし、彼はついこの間復讐を遂げるための旅に出た。生きて帰れるかはわからない。しかし、そうして挑戦しなければ怒りの落とし所が見つからないのだ。復讐をする前にバカバカしくなって、戻ってくるもよし。復讐して結局何も変わらないということに気付いて戻ってくるもよし。戻らずに、日常に戻っていくのもよし。私の考えは概ねこんな感じだ。せめて、私のような運命を背負わされた人々が運命に呑み込まれないように、死んで生きられるように、手助けをしたい。今はただ、それだけだ。そうした思いだけで、この島で師匠をしている。きっと、それが私の三度目の人生の目的だと信じている。そして、この手記から皆さんが何かを得て、師匠の言葉が胸に刻まれたのであればこの上ない至極である。
死んで生きよ。私は生きている。
三度目の人生 紫乃 @user5102
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