第12話 真実
日誌を読む限り、母も父に一目惚れしたらしい。上級貴族に囲まれて育った母は彼らの横柄な態度にうんざりしていた。そんな折、初々しい反応を見せ、女性としての心を擽ってくれる父にすぐに夢中になったようだった。そこから駆け落ちをし、私を産むまでの、苦労はしつつも後悔のない日々が綴られていた。しかし、急に文体が変わるページが現れた。それは、彼女が皇帝に連れ去られた日について書かれたページだった。
一六二年五月七日
あり得ない。あり得ない。あり得ない。あり得ない。レオナルドもレオも殺されたなんて信じない。それで、私に皇妃になれって?冗談じゃないわ。冗談じゃない。私の愛する人を奪っておいて、私に愛を囁くなど、狂人、いえ、悪魔の所業だわ。あり得ない。あり得ない。あり得ない。
こうした、乱れた文章が暫く続いていた。時折破いた箇所も見受けられる。レオナルドとは私の父の名前で、この文章から察するに、私の養子縁組は母には知らされていなかったらしい。皇帝の中でも、彼女の中でも私は死んでいたのだ。
やがて、少し文章が落ち着いてくる。
一六二年十月十二日
私はもう、全てを諦めました。人形のようになってしまいました。最早、何も感じません。味覚も、嗅覚も、全て失いました。私はただひたすらレオナルドとレオを思って、天国にいくことだけを夢見てこの屈辱の日々を耐え忍んでまいります。レオナルド、レオ、待っていて。私もいつかはそちらに向かいます。
『遠き日々』を彷彿させる文章。母は本当に父も、そして私も愛していたのだろう。一方で、母は皇帝を愛すことはできなかった。また、皇帝も母を愛すことができなかった。皇帝が愛と呼んでいたものは執着であり、周囲との差別化であり、所有化であった。愛されないということ、それは手に入れることばかりを考え、人の死すらも認めなかった男への最大の罰だったのかもしれない。今思えば、この一連の事件の被害者は皇帝だと言うこともできる。愛が何かわからず、そしてわからないまま殺されていった哀れな男。母と彼が天国で会うことはないだろう。日誌を閉じようとしたところで、二通の手紙がひらりと地面に舞い落ちた。拾って差出人の名前を読むと、母の後に皇妃になった女の名前が書かれていた。母とその女は勝手に面識がなかった者と思っていた私は非常に驚いた。悪いと思いながらも、まずは一通目を開く。
お嬢様
いかがお過ごしでしょうか。辺境伯邸は今年も見事な薔薇が咲き乱れております。
さて、以前承ったご依頼に関してですが、万事準備が整いました。お嬢様はどうか安心なさってください。
来週の月曜日夕方頃、ご当主様がお嬢様のお見舞いに参られます。その際に、私も同行しますゆえ、必ず皇帝陛下をお部屋に留めておいてくださいまし。あとは私どもの手筈通り行くはずです。
ルナ
続いて二通目を開いた。
お嬢様
ご無沙汰しております。
先ほど、計画通り、皇妃の打診が私の元へやって来ました。お受けいたします。これで、私が皇帝陛下のお子を孕めば、レオンハルト様を皇帝から遠ざけるだけの権力が私にも発生するはずです。お嬢様の大切なお子様を皇帝の毒牙にかけるようなことは、決してありません。ルナのこの命と引き換えてでもお守りいたします。
卑しい身分の私を救い上げ、大切にしてくださった私の唯一の主人、お嬢様。必ず、お約束、お守りいたします。いつかまた、会える日まで。お別れは言いません。我が儘な侍女で申し訳ございません。お許しを。
ルナ
手紙を読み終えた私は涙を流していた。第二皇子を産んだ皇妃はなんと、私の母レアの辺境伯時代の侍女だったのだ。二人の顔は瓜二つで影武者として雇われたらしい。自分の命がもう長くないと悟った母は侍女にレオンハルトを宮廷から逃すように依頼していた。きっと母の死を受け入れない皇帝は瓜二つの人間を探すはずだ。そう考えたルナは自分が皇妃の代わりになることで、第一皇子を疎む偽物の皇妃を演じることにした。そして、まんまと周囲はその策に乗せられ、第一皇子自身も騙されたまま宮廷を出ることになった。全て、ルナの計画通りだったのだ。まさに、主人愛を貫いた結果と言えよう。斬首の刑に処される際に彼女は微笑んでいたに違いない。世界を欺いて、その口から真実を語ることなくこの世を去ったのだから。
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