第三章 六月その1

六月。


兼ねてからの予告通り、僕達は練習試合に挑んだ。


「練習とは言え緊張しますねぇ」


友利が準備運動をしながら言う。


「…勝てないまでもせめて一点取りたい」


僕が呟くと。


「…志が低いわ。うつけもの」


野山先輩がブラシを両手で支え仁王立で言う。


その姿は仁王というか小さい織田信長か。


「恐れながら親方様。敵は手練れにて、我が方は実戦経験のない兵ばかり。いささか荷が重うござりまする」


「たわけが。正攻法ばかりが用兵ではあるまい。敵とて人間、必ずや油断がある。そこを狙うのぢゃ。湯漬けぢゃ。湯漬けを持てぃ」


…なんとなくノリでボケたらそれを受けて信長役を演じる野山先輩。


本当にこの人は面白い。


やがて対戦相手が現れる。


リューリさんを筆頭に一緒に練習していた中学生等々。


私立学園のメンバーだ。


これは益々勝てそうもない。


「勝てる相手じゃない。当たり前だろ?カーリング始めて何ヵ月だよ。これで勝てたらわへいがオリンピック目指せ」


黒崎が笑いながら言う。


確かに。


土台どんな相手でも勝てるはずがないのだ。


まずは試合の空気に慣れること。


僕はまた剣道に置き換えて、自分に言い聞かせる。


最初の試合は空気に飲まれて何をしているかすら、分からなくなる。


慣れていないことに慣れるのだ。


どうせ僕には出し切ったところで大した実力もない。


「えっと、今日はよろしくお願いします」


部長が相手メンバーに頭を下げる。


「「よろしくお願いします!」」


元気の良い、予想以上に大きな声が相手全員から返ってきた。


印象はとても良かった。


「あの、よろしくお願いします」


僕らの対戦相手は以前にリューリさんと練習していた中学生らしき男の子だった。


なんだか背が小さくて可愛らしい。


「こちらこそよろしくお願いします。何年生?」


「中学校一年です」


と、いうことは数ヶ月前まで小学生。


なるほど可愛らしいはずだ。


そして相手チームはどうやら歳が近いらしく、皆がお互いブラシでつつき合ったりしてじゃれあっている。


「それじゃ始めますか」


黒崎が声をかけ、試合が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る