第二章 五月その2

五月の日曜日。

僕はある施設に来ていた。

そこは僕の祖母が暮らしている介護施設だった。

介護施設に入ると中はとても暖かかった。

床暖房に、エアコン、ありとあらゆる暖房が入っているようだった。

こんこん、とノックをして祖母の個室に入る。

「あら、わへいちゃん。いらっしゃい」

祖母が車椅子に座ったままにこりと笑う。

「おばあちゃんまで…わへいはやめてよ」

その場にあった椅子に座りながら僕が話す。

少しやつれているが、長めの白髪を丁寧に束ね、いつもの穏やかな笑みを浮かべている。

「ジュースでも飲む?それとも高校生ならもうコーヒーかしら?」

「う…ん。ジュースでいいや」

きこきこ、と車椅子で冷蔵庫に近付き祖母がオレンジジュースを出す。

「…こっちの学校はどう?慣れた?」

「…ん、だいぶ慣れたよ。カーリング始めたんだ」

「あら、すごいじゃない。オリンピック目指せるかしらねぇ」

「…いや、それは無理じゃないかな」

苦笑しながら、僕。

「そろそろ検査ですよ」

ノックの後三十代くらいの女性が、顔を出す。

「あら、わへいクン来てたの?」

ぺこりと頭を下げる僕。

祖母を担当している介護士で名前は…。

忘れてしまった。

胸元にネームプレートがあるが、胸元をじろじろ見るのは、はばかられた。

祖母が介護士に連れて行かれると僕も個室を後にする。

こちらの生活にも慣れてきたのだから、もう少し足を運ぼうと考えながら介護施設を出る。

入り口の自動ドアに差し掛かると外から入ってくる人影。

外のまだ冷たい空気を身に纏いながら、僕の隣を通りすぎる。

長い艶々した、黒と金色の混ざった髪。

吊り上がった目尻。

ちらりとこちらを一瞥し、背筋をぴん、と伸ばしその女性は歩き去る。

なんとなく見たことがある気がしたが、僕のこういう記憶は、ほぼ役に立たない。

僕は、彼女が残していった外の冷たい空気に自分でもよく分からない心地よさを感じ、少しの間足を止める。

そして漠然とその雰囲気を記憶に留めたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る