第一章 四月その10

帰り道。


長峰友利は僕の家とは反対方向に帰っていった。


辺りは暗くなっていた。足元の雪は相変わらずで、ただでさえ寒いのに、雪に覆われた街並みは寒さを一層助長させた。


さく、さく、と雪を踏んで歩く。


さく(さく)さく(さく)さく(さく)。


僕の足音に別の足音が重なる。


一歩下がった所にキャスケットを目深に被った野山先輩がいた。


この暗いのにタブレットPCに指を這わせている。


立ち止まる(立ち止まる)。


さく(さく)さく(さく)。


立ち止まる(立ち止まる)。


「…なんでついてくるんですか」


「あたしの家もあっちなのさ」


「…そうですか。今日はありがとうございました」


ぺこりとお辞儀をして足を速める。


さくさく(さくさく)さくさく(さくさく)。


さくさくさくさく!(さくさくさくさく!)


立ち止まる(立ち止まる)…と見せかけて(ずでん!)


『ずでん!?』


「先輩!」


振り向くと見事に尻もちをついている野山先輩。


それでも先輩は首から下げたタブレットPCを片手で大事に抱えている。


「あた…た…た…しのタブレット…(>_<")」


「タブレットなんか見てるからですよ。お尻大丈夫ですか?」


「…セクハラ」


「違いますよ!」


「…お尻は割れたかも。タブレットは無事」


「…大丈夫そうですね」


野山先輩を助け起こす。


「ちなみに何してるんですか?」


いまだにタブレットPCを離さない野山先輩の手元を覗き込むと、僕もよく知っているカードゲームをやっていた。


「これ、僕もやってますよ」


「ランクは?」


「ゴールドランクです」


「雑魚ざっこ(。-∀-)」


「…そういう先輩は…レジェンドランクですか…」


「自慢じまーん( ̄^ ̄)」


「…いやいや自慢できないでしょ」


仕方なく並んで歩き出す。


先輩はヘッドフォンを片方ずらしており、どうやら会話する気はあるようだ。


「…」


「…」


とは言え、会話が続かない。


「…キミ、友達少ないだろ。あと彼女いないだろ」


「…引っ越しきたばかりです。そりゃ友達はいません。まぁ彼女もですが」


「どこから?」


「東京です」


また沈黙。


「…カーリング難しいですね」


「楽しかった?」


「ええ、はい」


色々大変だが楽しかったかと聞かれればイエス、だ。


「なら、ヨシ。カーリングは辛くなるスポーツではないよ」


「どうすれば先輩みたいに、上手くなれますかね?」


社交辞令そういうことば、あたしにはいらないよ」


「…すみません」


「楽しんでいれば上手くなる…ってのは奇麗事かな。本当に上手くなりたい奴はそこがアイスの上でなくても努力してると思う」


「…家でとか?」


こくりと僅かに頷く先輩。


「それは無駄だって…アイスで練習すれば良いって人もいる。けど、それが…アイスの上が日常でなければ、どこでも練習するしかない…とあたしは思う。その気になれば体幹は何処でも鍛えられるし。あたしらの歳で筋トレはダメだって顧問のティーチャーは言うけど」


正直意外だった。ちゃらんぽらんに見えてこの人はきっと芯がしっかりしてる。


「…見直したか( ̄^ ̄)」


「…すこし」


「そう簡単にフラグは立たないけどな」


「だからなんですか、フラグって」


先輩の家は僕の家と割りと近かった。


「護衛ご苦労(*`・ω・)ゞ」


「お疲れ様でした」


先輩の敬礼に思わず敬礼で返す。


先輩は片手をひらひらさせながら(もう片手でタブレットPCを操作しながら)暗闇に消えていった。


僕も家に向かう。


『…とりあえず体幹トレーニングでも、するか』


そんな事を考えながら。

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