星空のステンドグラス

御厨みくり

第1話 天才

 僕の通う普通の何の特色もない県立高校に天才が入学してきたのは、一年前の春のことだった。少女は絵画の天才だ。……いや、芸術の天才というほうが正しいかもしれない。中学時代、何のコンクールにも送ったことがなかったのに、春に行われた絵画コンクールでいくつも大賞を受賞した。絵を描くスピードも速く、しかしタッチは繊細で美しい。誰の目から見ても明らかな、天才。専門の学校への編入や、海外留学まで提案されたりしたらしい。けれど彼女はそれを拒否し、この学校で絵を描き続けている。

 取材の申し込みなどもあり、彼女は一躍有名人になった。学校側も美術部と彼女を離し、空き教室に鍵が掛けられるよう改造して、彼女のためだけのアトリエを作った。


 彼女の絵に魅せられた僕は、入学当初から同級生である彼女を追いかけ続けている。時々アトリエの前まで行き、扉についたガラスから、彼女の描きかけの絵を見つめる。彼女が作るものは油絵が多かったけれど、水彩も含め、なんでもやる。粘土をこねているのも見たことがある。

 集中しているときに部屋に誰かを入れることはないけれど、休憩しているときは、僕を教室内に招き入れてくれることもあった。


「お疲れ様」


 声を掛けると、彼女は「ありがとう」と言うように微笑んだ。紙コップにティーパックを入れて、僕の分まで紅茶を用意してくれる。


「それにしても、すごいね」


 今、彼女が作っているのはステンドグラスだ。正確には、少し違うけれど。

 特注の大型ガラスを、業者に頼んで倒れないよう天井まで届く木の枠で固定してもらっている。ガラスの一辺は、二メートルくらい。正方形のガラスをガラス用の絵の具で塗りつぶし、星図を元に一つ一つ星を描いていく。後ろから光を当てて正面から確認して、星の明るさや色合いまでも、気を付けながら作品を作っていく。


「そんなことないよ。まだまだ」


 彼女はそう言って困ったように笑う。今まで彼女が描き続けてきた絵画とはまた違った作品ではあるけれど、その着眼点や丁寧さには、彼女にしかできないものだという気迫を感じる。


「どうしてこれを作ろうと思ったの?」

「夜にね、星を眺めてたら、綺麗だったから」


 彼女はそれが当然と言うように笑い、紙コップを置く。そっと目を閉じて……美しい夜空を思っているんだろう。彼女の目から見える世界は、僕が見るものとは違って、きっととても輝いていて、美しいに違いない。


「美しいものって、手元に置きたくなるの。そういうの、ない?」

「どうなんだろうね。僕にはそんな才能はないから、作っても無様なものになるだろうし」


 でも……と、思う。彼女の絵が手に入れられるなら、それは凄く嬉しい。そんなことを口にしたら、彼女は平気で過去の入賞作品をくれそうだから、言わないけど。


「美しいものを見て、作りたいって思えるのは、凄いことだと思うよ」


 僕がそう言うと彼女はふっと優しく微笑んで、作業に戻る。美しいものを作っている彼女は、とても美しく見えた。

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