第5話 琴線に触れる瞬間はいつも唐突

 平日の夜は、リビングで旦那様と2人してPCに向かうことが多い。

 夕食を終え、後片づけも済ませると、テーブルに必要な機器を並べて仕事をしたり作業をしたり。

 そしてお供にスイーツや甘い飲み物が並ぶ確率も高かった。


 この日妻は、コンビニで買ってきた期間限定品のお菓子を片手に、文章を書くのに勤しんでいた。

 旦那様は珍しくスーツを着たまま仕事をしており、時折その凛々しい表情と大人っぽさ溢れる格好に見惚れながら、つい止まりがちになる手を動かす。

 もちろん動かす先にはぱちぱちと弾くキーボードが佇んでいるのだけれど、隣にあるお菓子にも手は伸びていた。

 そこでふと思い立ち、親指と人差し指でつまんだクッキーを旦那様の口元に持っていった。

「ん」

 目の前に現れたクッキーを見て、無言で口を開ける旦那様。

 一秒後にはその中に消え、お裾分けに満足した妻は再びPCの画面に目を戻そうとした。

 すると、


「……可愛い」


「え?」

「今の、可愛い」

「今のって何?」

「今の顔」

「どんな顔だった?」

「愛が溢れてた」

「えええ?」

「可愛い。可愛い」

 語彙力をどこに置いてきたのだと突っ込みたくなるほど「可愛い」を連発してにこにこ笑う旦那様。

 ふとした時に、理由を聞いても妻には理解できないところで旦那様のツボにハマることがある。

 今の場合がまさにそうで、何の意識もしておらずただお菓子をあげただけなのに、旦那様曰く「今までで五本の指に入る可愛さ」だったというのだから驚きだ。

 その都度「どこが」「何が」と訊ねるものの、答えを聞いてもやっぱり不可解で、旦那様にしかない胸きゅんポイントがあるのだろうなと自分を納得させている。

 もちろん「可愛い」と言われることに否やはないので、何なら常時歓迎しているので、結局は呆れながらも嬉しさが滲み出てしまうのだけれど。

 旦那様のことはそれなりにわかってきたつもりなのに、これだけは何度起こっても謎のままである。

 そんな穏やかな夜がこの日も更けていった。

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