第3話 スーツ姿は三度の飯より好物です
会社員である旦那様は毎日スーツを着て仕事に行く。
ただ、スーツ特有の窮屈さが苦手なようで、家に帰ってくると真っ先にパジャマに着替えてしまう。
スーツ姿の旦那様を見ることが、妻の大好物だということを知っているにも関わらずだ。
朝はお互い忙しないし、妻の方が早く家を出るのでほとんど見る時間がない。
だからこそ帰宅後の楽しみとして夜に堪能したいのに、旦那様は無情にも妻の幸せな時間を奪ってしまう。
そこで妻は一計を案じることにした。
ある日の夜、仕事から帰ってきた旦那様を迎え入れると、鍵や財布をポケットから取り出して片づけている背中に声をかけた。
「ご飯食べたらスーパーに買い物に行きたいんだけど、一緒に来てくれる?」
「いいよ」
「コーヒーももうないからその時買う?」
「うん」
(余談だけれど旦那様は水のようにコーヒーを飲む)
そうして段階を踏んで了解を取りつけると、とっておきの一言を投下した。
「じゃあ、後で出かけるから着替えちゃ駄目だからね」
「……」
半眼になった旦那様に全開の笑顔を向ける妻。
しばし無言で対峙すると、根負けした旦那様が「わかった」と応じた。
(勝った!)
これで食事の間もスーツ姿を眺めていられることが確定し、喜びに満ちた妻は旦那様に強めのハグをお見舞いした。
呆れながらも旦那様が受け止めてくれたのは言うまでもない。
こうして買い物を終えた後、
「あれ? もしかしてスーツのまま行かなくても、普通の服に着替えたらよかったんじゃない?」
「そのことに気づかなかったのは旦那様だからね」
「……」
とはいえ、この手は二度と通じないなとやや残念に思った妻だった。
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