第十一章(激突)
蒼の国で最大の規模を誇る艦隊が、最南島東海岸を南下していた。最南港まで残り700Kmを切る中、戦闘の嚆矢となる報告が海華に入った。
「第六艦隊、最南港を出ました!同時に、敵編隊が出撃、北上中です!ラグールの有効射程圏内までの到達時間、15分!」
「来たな…。」
ジビドはニヤリと笑った。
「こちらも飛行隊を出撃させよ!迎え撃つ!」
次々とミューナが飛び立ち始める。理論上では、10分あれば全機発艦して編隊を組むことができる。しかし、出航直前の急な指揮官の交代により、出撃ペースは遅れていた。
「遅い!一体何をしているのだ!」
(お前が気に入らない指揮官を交代させたからだ…。)
と老将フォギは内心毒づいたが、何も言い返せない。
「航空隊隊長に『急げ』と伝えろ!」
伝えたところでどうしようもないことをわかっていながら、フォギは伝令を送らざるを得なかった。その直後、予想外の報告が飛んで来た。
「前方に、機雷!」
「機雷!?」
しまった、とフォギは頭を抱えた。機雷がレーダーに映らなかったのである。大艦隊であるがゆえに、俊敏な行動が取れない。回避することは不可能だった。こんな短時間での機雷の敷設は予想していなかったため、掃海艇は後方である。
「砲撃だ砲撃!全艦急ぎ機雷を狙い撃て!」
ジビドは喚いた。レーダーに映らない以上、目測で撃つしかない。更に悪いことは続いた。
「敵編隊、全機ミサイル発射!およそ300基!」
「全艦ミサイル発射!撃ち落とせ!」
ジビドが命令した瞬間、前方で大きな水しぶきが上がった。前衛の艦に機雷が触れたのである。
「前衛の5艦触雷!」
ジビドは呆然とした。艦隊の規模は圧倒しているのに…。彼の頭に初めて敗北の二文字がよぎった。
「機雷砲撃弾がこちらに向かって来ます!」
「誤射か!?」
フォギが叫ぶ。老将の顔には脂汗がダラダラと流れていた。
「砲撃は、第11駆逐隊からです!」
「ログナムっ…!」
ジビドは全てを察した。海華の航空甲板に砲弾が直撃する。その様子はジビドの目にまるでスローモーションのように映った。
前衛艦の大破、第11駆逐隊の裏切りにより第一艦隊の陣形は明らかに崩れつつあった。邀撃(ようげき)のために第一艦隊が四苦八苦して発艦させたミューナは合計して50機にも満たず、隊形も整っていない。蒼黒戦争において圧倒的なパフォーマンスを見せてきたミューナも混乱の中ではただの鉄塊と化し、飛雲飛行隊によって次々と撃墜されていった。
さすがノノウだな、とメルも認めるしかなかった。まさか100年以上も前に作られた機雷が未だに使え、その上レーダーに映らないとは思わなかった。さらに第11駆逐隊隊長のログナムは、アブエロが波島の島長を勤めていた時の副島長の息子だったのである。よくそんな名前を覚えていたものだとメルは感心した。第11駆逐隊はアブエロによって簡単に調略されてしまったのである。第11駆逐隊は、海華のいる第一空母打撃群に向かって一斉に砲撃した。至近距離からの攻撃になす術なく、第一艦隊の中枢は壊滅的な打撃を被っていた。
(さて…)
敵飛行隊は飛雲飛行隊によって撃滅されつつある。第一艦隊も混乱の中、こちらの初弾の処理に精一杯だった。今頃はアブエロが通信回線を開いて、第一艦隊に降伏勧告を行なっているはずである。降伏艦は降伏信号を送った後、さらに東側の海域に離脱するように命令される。第11駆逐隊は既に該当海域への離脱を始めていた。
『南二空全機に告ぐ!3分後、離脱の動きを見せていない第一艦隊の残存艦を全て掃討せよ!』
そう命令すると、メルは第一艦隊めがけて一気に接近していった。ノノウがいかに諌めても、兄の為に海華撃沈は絶対に見届けたかったのである。
『第一艦隊全艦に告ぐ。既に勝敗は決した。降伏する艦は降伏信号を発し、速やかに東へ離脱せよ。現海域に留まる艦は戦闘意欲があるものと捉え、直ちに撃沈する!速やかに離脱せよ。』
「バカな!艦隊規模は圧倒しているのだ!この程度の損害で勝ったとは、笑わせるわ!」
海華を始め第一空母打撃群の殆どが大破して航行不能になっているというのに、ジビドは諦めていなかった。
「大変です!既に大半の艦が降伏信号を発信!現海域からの離脱を始めました!」
「なん…だと…。」
中枢が壊滅したとはいえ、第一艦隊全体から見れば損害はまだ一部である。戦力を比較すれば、まだまだ戦えるはずだった。
「まだ何も終わっていない!留まれと伝えろ!留まらない艦は沈めてしまえ!」
「無理です!本艦はすでに戦闘不能です!本艦の通信設備も全て故障しています!通信代行艦も離脱を始めました!」
「くそッ!」
みんな俺から離れていく…。ジビドは拳を机に叩きつけた。グラスが跳ねて床に落ち、乾いた音を立てて割れる。
「ジビド様、あれを!」
一機のミューナが接近してくる。ジビドは直感した。
「守宮ァァッ!」
ジビドが窓まで駆け寄って吠える。そのミューナが放ったミサイルは、一瞬で艦橋を捉えた。大きな爆音と共にジビドは吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
「ジビド様!」
奇跡的に無傷だったフォギが駆け寄る。右足首から先が無くなった自分の脚を見て、ジビドは錯乱した。自殺するために拳銃を取り出そうとした右手にはガラスがびっしりと突き刺さっている。
「殺せ!俺を殺せ!」
「なりません!」
フォギは暴れるジビドを引きずって、司令宮室から這い出した。飛行甲板は炎上し、飛び立てなかったミューナが誘爆を繰り返している。艦は徐々に傾いていたが、エレベーターはまだ動いていた。何とか艦橋を脱出すると、フォギの部下達が待っていた。
「フォギ様!ご無事で何よりです。」
「艦は持ちそうか?」
「…。」
部下達は全員首を振った。
「持って…30分です。」
「すぐに総員退艦だ。急ぎ全員に声をかけろ!」
「ハッ!」
数人の部下が駆け出していく。
「それから…」
「フォギ様!」
駆け出していった部下の一人が駆け戻ってきた。
「我が軍の潜水艦がこちらに来ます!」
「何!?」
まさに渡りに船だった。
「何としても呼び寄せろ!」
必死に呼んで潜水艦を横付けさせる。いつの間にか意識を失ったジビドを担いで、フォギは潜水艦に降り立った。
「すぐに手当を。そして、すぐにこの海域を離脱し、蒼都に戻れ。」
「フォギ様は?」
フォギはフッと笑った。
「わしは海華に戻る。部下をおいてはいけんよ。」
「しかし…」
「この戦いの責任は、ジビド様をお諌めできなかった我々にある。その責任は負わねばならん。早く行け。救命ボートが下ろせないだろう。」
潜水艦が北へと逃れていく。フォギたちは必死に救命ボートを下ろしていったが、とても全員が乗り切れるだけの数は下ろせなかった。
「乗り切れない者は飛び込めぃ!すぐに海華から離れろ!沈没渦に巻き込まれるぞ!」
船体の傾斜角は既に40度を超えていた。もはや時間的猶予はない。フォギは甲板に誰もいないのを確認すると、海に飛び込んだ。
第一艦隊の損害は、海華を始め沈没17艦、拿捕32艦、そしてミューナ47機が撃墜された。逃亡できたのは潜水艦わずかに3艦のみ。対して第六艦隊の損害はミューナ2機という圧倒的な結果に、双方は戦慄した。最南海上警備隊の船は大量の捕虜でまるで難民船のようになり、近くの漁船まで出張ってなんとか捕虜や遺体を収容した。
この結果がマスコミによって全国に放送されると、王国民は恐怖と混乱に陥った。翌朝多くの王都民が王宮に詰めかけ、ラディの遺影を掲げて抗議行動(デモ)を行い始めた。統宮政権は、大きく揺らぎ始めたのである。
「どうする、グラーファ…。」
統宮は頭を抱えていた。軍の掌握を図って派遣した息子がこんな危険因子だとは思わなかった。政治的に抹殺しようと思っていたラディは、死して最強の敵になったのである。
「守宮と戦うか、守宮を許すかですな。」
メルを許すというのは、彼女に屈することを意味する。面子を大事にする統宮としては、それは絶対に出来ないことだった。
「第二・第三艦隊を派遣すれば…勝てるか?」
「分かりません。奴らの強さはもはや未知数です…。」
こんなに弱気なグラーファを見るのは初めてだった。
「大変です!」
ノックもせずに伝令が駆け込んできた。
「無礼であろう!」
「雲宮追討隊が、デモ隊に向けて発砲しました!」
「なんだと…。」
雲宮追討隊は、かつての政敵雲宮の残党を逮捕・射殺するために統宮が作った武装組織であった。
「バカ共め…。」
統宮は歯ぎしりした。
「もはや、覚悟を決めるしかありませんな…。」
グラーファは静かに呟いた。
「守宮を、追討しましょう。」
蒼都が昼に差し掛かったころ、統宮の守宮追討演説が始まった。
「守宮は詐欺師である!自分の兄の死を我が息子のせいだと嘯き、第一艦隊を乗っ取ったのだ。かつて、この国は南海の暴将・暴宮(あばれのみや)によって危うく貴族のための国にされかけたことがあった。歴史は繰り返す。今また南から、偽善者が国を乗っ取ろうと画策しているのだ!我々は116年の時を経て、再び魔の手を退けなければならない!この国の平和と安全を乱す者たちを、徹底的に叩きのめすのだ!」
直ちに守宮追討の蒼候令が発布され、第二・第三艦隊に出撃命令が下った。メル達は、国中を敵に回したのである。
「馬鹿げた演説でしたな…。」
アブエロの肩はワナワナと震えていた。
「私が暴宮か。偉くなったものだな。」
暴宮は追討令が下るまで海軍の元帥を勤めていた人物である。二人の怒りが渦巻く中、ノノウは一人冷静に次の手を考えていた。
「まずは護宮様暗殺時の音声データをマスコミに提供すると同時に、動画サイトに投稿しましょう。ネット社会ですから効果はあると思います。問題は第二・第三艦隊をどこで迎え撃つかですね…。どちらも北部諸島からの出撃ですからここまでは暫くかかるでしょう。」
「また黒の国の艦隊が出てくる可能性もある。出来るだけ早く決着を着けたい。」
「しかし、あまり遠くで戦いたくはありません。潜水艦がどこで狙っているかも分かりませんし…。」
突然、司令宮室の電話のベルがけたたましく鳴り響いた。相変わらず煩い電話機だと思いながら、メルが受話器をとる。
「捕虜の将校達が到着しました。」
「よし、応接間に通せ。」
喫緊の課題は、第一艦隊の残党の処遇を決めることだった。できれば彼らを第六艦隊に組み込んで戦力にしたい。しかし、つい先ほどまで敵だった者たちを安易に信じていいのか。
「守宮様!」
応接間に向かおうとするメルを、ノノウが呼び止めた。
「捕虜達と会う前に、これを読んで下さい。」
ノノウが一枚の資料を渡す。鋭い眼光でサッと資料に目を通すと、メルは応接『室』に向かった。
当初、応接間にメルが来ると言われていたのに、急に応接室での個人面談になったことをフォギは訝しんでいた。このメンバーの中に、どうしても許せない奴がいるのではないか。その人物を応接室の中で…。名前が呼ばれた瞬間、悪寒が体中を駆け巡った。まだメルにあってすらいないのに、フォギの額は少し汗ばんでいる。
応接室は極めて簡素だった。机が1つと椅子が3つ、ホワイトボードがあるだけである。恐れていた処刑用、拷問用の道具は一切ない。中にはメルと、彼女の祖父であるアブエロが座っていた。
「第一艦隊参謀のフォギ、だな。」
「ハッ。」
航空ショーで見かけた時も思ったが、とても17歳には見えなかった。既に相当な場数を踏んでいるのではないかと思わせる風格がある。フォギは床に膝をつき、頭を床に擦り付けた。
「この事態に至ったのは、ひとえに我々参謀の責任です!我々の命は好きにしてくれて構いません。ですが、どうか…どうか、兵たちの命はお助けください!」
メルはピクリとも表情を変えず、口だけを動かした。
「ジビドはどうした?」
「…。」
「答えろ、兵の命を助けたくはないのか?」
フォギは迷った。確かに兵の命は大事だが、それは主君の情報を売ってまで守るべきものなのか。沈黙が流れた後、メルはフッと笑った。
「まぁ良い。兵の助命条件はそれではない。お前を第二空母打撃群参謀に加える。部下たちも同様に編入しよう。その代わり、私に臣従せよ。」
破格の条件である。第一空母打撃群はこの戦いで壊滅し、ほとんどの将兵が生き残っていない。海華は救命ボートを下ろせたのである程度は助かっていたが、中には轟沈してほぼ全員が戦死した艦もあった。当然そんな第一空母打撃群を残しておいても意味はない。残った将兵たちを他の軍団に分配し、配下にしようと言うのだろう。しかし、フォギはまだ迷っていた。今朝まで殺しあっていた指揮官の下について本当にいいのか。
「ダメだと言うなら仕方がない。兵たちは気の毒だが…。」
「お待ちください!」
呑むしかなかった。部下の命の前では倫理などちっぽけなものに過ぎないのである。
よくこの短時間に将校たちの性格を調べ上げたものだとメルは感心していた。ある者は脅し、ある者には同情し、またある者には地位を持って確実に臣従させていった。こうして、第一艦隊の全部隊が最南鎮守府の下に入ったのである。
「しかし、100人近くも面談したからな。さすがに疲れた。しばらく休むぞ。」
「ハッ。」
珍しいな、とアブエロは感じた。まだ夕食前である。ご飯も食べずに寝室に向かうメルを見るのは初めてだった。
(護宮様のことが、相当堪えておられるに違いない。)
そう思いながら私室に戻ると、使用人に食事を用意させた。ようやく落ち着いて食事を食べられると思った時、ジリジリと音が聞こえてきた。司令宮室のファックスである。相変わらずうるさい音だ。まぁノノウが対応してくれるだろう。暖かいコーヒーを一口飲んでホッと息をつくと、扉の向こうから足音が聞こえてきた。ノノウの足音である。運動音痴の彼女が、珍しく走っていった。
(何かあったな…。)
次から次へとめまぐるしく動いていく展開に、アブエロは疲れ果てていた。ナナよ…いつになったらワシに優雅な老後をくれるんだ?
(なぜ第一艦隊と戦った…。)
(どうしても第一艦隊が許せませんでした。兄上を殺した奴らが…)
(お前は状況が見えないのか!我々は戦争をしているのだぞ!)
ラディに胸ぐらを掴み上げられた。
(見損なったぞ…。状況より感情を優先するのか。それでもお前は将か!)
床に叩きつけられる。ラディの冷たい目を見ると、もう立ち上がることも出来なかった。ラディがクルリと背を向け、遠ざかっていく。
(兄上、兄上ー!!)
「守宮様!」
パチリと目を開けると、ノノウが覗き込んでいた。
「お前、なぜここにいる!ノックくらいしろ!!」
恥ずかしさと怒りで思い切りノノウを怒鳴りつけてしまう。ノノウはへなへなと座り込んでしまった。
「申し訳ありません。一大事だったので…」
震える手でファックス用紙を渡す。大きく深呼吸してファックスに目を通すと、驚くべきことが書いてあった。
(テア…!)
慌ててスマホを手にとって電話をかける。心の底から繋がることを祈った。
守宮追討令を出した後、統宮たちは迅速に動いていた。喫緊の課題は帝王家の名代を務めるテアを捕まえることであった。彼女は王国民からの人気も高く、メルの大親友であることは周知の事実である。反対勢力に担ぎ出されることは容易に推測できた。
「3年前のように逃すわけにはいきませんからなぁ…。」
グラーファ率いる精鋭たちが変装して王宮に向かう。テアが外出したとの情報はない。間違いなく王宮内にいるはずだった。王宮のすべての門に兵を配置する。統宮の側近として顔が知られているグラーファである。深夜だと言うのに門番たちはなんの違和感もなく彼らを通した。あっという間にテアの部屋を取り囲む。彼女の夫である二宮や弟リリルの部屋も完全に包囲された。
「煌宮よ、今度こそお前の最後だ…。」
グラーファの合図で一斉に突入する。しかし、中には誰もいない。
「バカな!」
「二宮、リリルも見当たりません!」
「必ずこの王宮にいるはずだ!くまなく探せ!」
精鋭たちが王宮内を駆け回ったがどこにもいない。
(まさか…情報が漏れたのか?)
計画は完璧だったはずだ。一体どこから漏れたのか、内部に敵がいるのか…。グラーファは疑心暗鬼になっていた。
「危機一髪だったわね…。」
テア達は、ギリギリで王宮を脱出していた。真夜中に叩き起こされた二宮とリリルは、テアの膝でぐっすりと眠っている。
「姉上もよく気づかれましたね。一体どうやって…。」
助手席にはイーレ(華宮)が座っていた。メルの連絡を受けて執事と共に迎えに来てくれたのである。
「おそらく護宮様の諜報網でしょう。」
望宮家の諜報網は王宮の細部に至るまで張り巡らされている、とメルから聞いたことがある。
「検問です!」
「テアさん、」
テアは頷いてサッと黒いブランケットを被った。
「検問である。中を調べる。」
「月光花の研究の帰り道よ。早くしないと、摘んだ花が枯れてしまう。」
「黙れ!緊急事態だぞ!」
強気な検問員に向かって、運転席の執事が一喝した。
「控えよ!!華宮様である!」
「華宮様…!?」
イーレが王族証を見せると検問員の顔がサッと青ざめた。イーレが望宮の娘であるのは有名な話である。
「ご無礼いたしました。お通り下さい。」
検問員がやすやすと引き下がった。
「ご苦労である。」
車が再び走り出した。
「月光花…懐かしい名前ね。」
「今も咲いていますよ。帰ったらご覧になられますか?」
「是非。」
車が夜の街を疾走していく。まるでこの先の未来を表すかのように、道の先は闇に包まれていた。
一台の車が望宮邸に入ってくるのを、最上階の私室からこの家の主(あるじ)がじっと見つめていた。王宮の騒動はすでに耳に入っている。そしてテアが捕らえられたとの情報は未だに入ってきてはいない。おそらくあの車に乗っているのだろう。
「普段おとなしいイーレが、これほど危険な冒険をするとは…。」
ボソッと呟くと、ベッドがごそごそと動いた。
「やはり、華宮様も殿の娘ですね。いざという時にはまるで虎のように動かれます。」
「…起きていたのか。」
声の主は、望宮の側室のリノである。リノはベッドを抜け出しバスタオルを纏うと、そっと望宮に寄り添った。
「迷っておられるのでしょう?」
「何を?」
「本当にこのままで良いのか、と。」
「よくわからないな。」
「…ウソ。」
急にリノの言葉が砕けた。王族であることを隠して付き合い始めたから、今でもたまに普通に話しかけられることがある。
「自分の心によく問いかけてみなさいよ。息子を殺されて、娘を賊にされて、それでもまだ黙っているつもり?私の子供だったら、すぐにティーダ(統宮)を殺しにいくわ。絶対に許せない…。」
ハァ、と望宮はため息をついた。
「女は短絡的だから困る。考えてもみろ、しくじれば我が家は潰されるぞ。この家に仕えている人々も、皆路頭に迷う。」
「なら、なぜ煌宮様を邸内(なか)に入れたの?」
「…。」
答えに窮した。確かに、この展開が読めない訳ではなかった。今日望宮家に夜間外出禁止令を出しておけば、テアは今頃捕らわれていたはずだ。
「許せないのよ。あなたも。覚悟が決まらないのなら、決めさせてあげる。男を男にするのは、いつだって女よ。」
「どういう意味だ?」
「いるのよ。ティーダと刺し違えてもいいっていう女(ひと)がね。」
リノは側室の中では珍しく、いろんな側室達と仲が良い。望宮はまさか、と思った。そして同時に閃いた。
(やはり…私は…!)
殺してもいいことはない。王宮の混乱にますます拍車がかかるだけだ。しかし、理性とは違うことを口走っていた。
「リノ、そいつをここに呼べ。」
「本当に良かった!しばらくは私の部屋を使ってね。…え、もう使ってる?ホント、あなたって人は…。」
昨日からずっと硬かったメルの表情が、ようやく柔らかくなっていた。彼女の落ち着いた表情を見ると、どこかホッとする。ノノウはパソコンの打ち込み作業を続けながら、時折チラッとメルの横顔を眺めた。
突然けたたましく司令宮室の電話のベルが鳴り響いた。メルの邪魔にならないようにすぐに受話器を取る。
「どうしました?」
「早期警戒管制機より急報!人工島の南5000Kmに大艦隊!北上しています!」
ノノウは言葉を失った。第二・第三艦隊は最南島の北4000Kmまで迫っている。前回同様黒の国が航空戦を挑んでくるとは思えなかった。もし艦隊決戦を挑まれた場合、最南島は挟み撃ちにされることになる。
「分かりました…。至急対策を講じます。」
青ざめた顔で受話器を置くと、メルの電話は既に終わっていた。
「ノノウ、どうした?」
「黒の国の大艦隊が、再び現れました…。」
「なんだと…。」
最南島が奪われれば、メル達は終わりである。しかし、敵に対応できる艦隊を最南鎮守府は1セットしか持ち合わせていなかった。
「座して滅亡を待つことはできない。必ず手が残っているはずだ。」
メルは机上に海図を広げた。北と南から第六艦隊の2倍以上の艦隊が迫ってきている。完全に包囲された最南島を、メルは睨みつけた。
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