第十章(運命の弾丸)

敵の大編隊を殲滅した翌日、第六艦隊は遂に人工島攻略に乗り出した。ミューナ編隊は空爆に入り、地上の標的を次々と破壊していった。見る影もなくなった廃墟の島に、マトキスの部隊が次々と上陸する。人工の島なので山や林は一切ない。障壁のない地上は早々にマトキスの部隊に占領された。敵は地下壕に潜って頑強に抵抗を続けていたが、全滅は時間の問題になっていた。ラディの目標は大方達成され、第六艦隊は4日ぶりに最南港に帰ってきた。

王都・蒼都は夕暮れ時を迎えても閑散としていた。ほとんどの王都民は護宮(ラディ)・守宮(メル)の共同会見を見るために家の中である。第六艦隊の戦果が次々と入ってくるたびにこの兄妹の人気は高まっていき、今や国民的英雄に祭り上げられつつあった。

この会見を冷静に見つめる一人の男がいた。男が部下に問いかける。

「我が子達の活躍、どう思う?」

「素晴らしい活躍でございます。まるで南海海戦の英雄・初代希宮(イルストル)様のような…」

「馬鹿を言え。」

望宮は一蹴した。

「あんなに忠告したのに、奴らは大戦果を挙げた。義兄上(統宮)の次の敵は、間違いなく二人だ。」

最大の政敵であった雲宮は、熱狂の影で密かに処刑されていた。この一大ニュースはほとんど報道されず、娘のイスカですらその事実を知らない。その他ほぼ全ての政敵も追放もしくは失脚し、宮廷は統宮の思うがままになっていた。

「二人はこの望宮家のアキレス腱だ。ラディやメルが失脚すれば、その影響は間違いなくこの家にも及ぶ。」

宮廷で唯一、統宮が大きく出れないのがこの望宮家である。望宮の父・初代望宮が築き上げた巨大財閥とも言えるこの金満宮家は、いざとなれば経済界全てを牛耳ることが出来るとまで言われていた。経済界が全て望宮につけば政権は吹き飛ぶ。義兄弟とはいえ、もはや統宮唯一のリスクとなった望宮を向こうが排除してくる可能性は十分にあった。

「ですが、向こうも簡単には護宮様に手を出せません。国民的英雄である護宮様に対して下手に手を出せば、逆に政権が倒れかねませんから。」

「義兄上を甘くみてはならん。今まで数々の政敵を蹴落としてきた人だ。私が義兄上なら…。」

イスカを使うだろう。皇后暗殺未遂疑惑で国民の敵となった雲宮の娘。二人が男女関係にあることは望宮の耳にも入っていた。宮廷は血の世界である。罪人の娘というイメージは免れないだろう。このことが世に出れば、ラディの立場が大きく揺らぐ事になるのは間違いなかった。祭り上げられれば上げられるほど、堕ちた時のダメージは大きい。統宮は、タイミングを待っているのではないか…。望宮は大きな不安を抱いていた。


たった四日最南鎮守府にいなかっただけでノノウの机には山のような報告書が積まれ、パソコンには大量のメールが届いていた。敵ミサイルによって起きた停電の復旧や、潜水調査によって明らかになりつつある敵戦闘機の機能、島民の避難状況など様々である。そんな中、一際ノノウの目をひいたのは、メルが極秘に命じている迎撃ミサイルの配備計画に関する報告書だった。

初めて弾道ミサイルが飛んできて以来、既に半月近くが過ぎている。その間全く弾道ミサイルが飛んできていないのは何故か、ノノウはずっと疑問だった。自分が黒の国の中枢にいれば、間違いなく弾道ミサイルで攻める。わざわざ艦隊決戦を行うよりも圧倒的に人的被害を抑え込めるからだ。敵地を焼き払ってから攻め込めば、進軍もかなり容易になるはずだった。何故敵は弾道ミサイルを多用しないのだろう。プライドか金か、それとも技術的要因なのか。いずれにせよ迎撃ミサイルの配備は喫緊の課題であった。宇宙空間で迎撃出来ないと、地上が致命的なダメージを被る。だが最南鎮守府は戦闘につぐ戦闘で膨大な費用を費やしており、ミサイル配備まで財政が回らないのが現実であった。どうやって経費を捻出するか…。

そこまで考えた時、付けっ放しにしてあったテレビが気になる情報を伝えてきた。

「蒼都時間明日午後8時頃、第一艦隊及び南西諸島艦隊が最南港に入港する見込みであることが明らかになりました。」

最南島は蒼々本島と8時間の時差がある。最南島の時間だと、明日の昼過ぎになる。

「入港に先んじて第一艦隊旗艦『海華』に護宮殿下が訪れ、ジビド殿下と会談を行う模様です。」

パソコンのマウスを操作しようと伸ばしたノノウの手がピタリと止まった。

(妙だな…)

別に会談を行いたいのであれば、到着後に最南鎮守府で行えば十分なはずだ。何故わざわざ海華に呼ぶのだろう。ニュースはそれ以上の事を伝えず、メルの航空ショーのVTRを流し始めた。そんな映像を流している場合か。心の中で毒づきながら再びパソコンと向き合う。各部署に指示を送っている間、ノノウはどうしても違和感を拭えなかった。

(迷ったら、確かめろ。)

かつて王宮で諜報の仕事をしていた祖父が残した遺言が頭をよぎる。

(お祖父様、これを使う時がきたようです。)

全てのメールを読破して、ノノウは立ち上がった。8年前にもらった祖父の形見の腕時計は、今も正確な時間を刻んでいる。


「ノノウ殿が参られました。」

ラディに意外な報告がきたのは、湯上がりのホットココアを飲もうとしている時だった。既にぐっすりと眠っているイスカを起こさないように、そっと自室を抜け出す。応接間ではノノウがポツンと座っていた。

「二人で話すのは初めてだな。メルは?」

「お休みになっておられます。遠征と取材で相当お疲れになったようです。」

「そうか…」

パイロット達はこの四日間、戦闘・偵察・哨戒と常に前線で戦い続けた。南二空(最南第二航空隊)、飛雲航空隊の将兵達も皆ぐっすりと眠っている。ラディはココアを一口飲んで、ホッと息をついた。

「私に何の用かな?」

ノノウはカバンから時計の入った箱を取り出すと、机に置いた。

「友達に護宮様のファンがいまして、是非これを渡してほしいと言われました。」

「別に今ではなくても良くないか…?」

怪訝な顔で箱を開け、中身を見たラディは突然笑い出した。

「これを私に…。」

ノノウは焦った。祖父が誰に仕えていたのかは知らないが、この時計のブランドは王宮でもトップクラスのものである。望宮家(金満宮家)の人はこれほどの品でも笑い飛ばす程度のものなのか。

「お前の友達は80代のおじいちゃんか?」

ラディの言葉が急に砕けた。確かに、祖父が生きていればそれくらいになる。

「この時計はな、私の祖父が諜報に使っていたものだぞ。」

ノノウは雷にうたれた。祖父が仕えていたのは初代望宮だったのだ…。羞恥と恐怖でカチンコチンに固まったノノウは、口だけをパクパクと動かした。

「どうか…命だけは…。」

「バカ、今お前が死んだら誰がメルを支えるんだ。」

彫像になったノノウを見てニヤニヤしながら、ラディは腕時計をつけた。

「これで海華を盗聴して欲しいんだろう?」

ノノウはコクコクと首を縦に動かす。ラディは急に真面目な顔になった。

「確かに、なぜジビドが私を海華に呼び出すのかは謎だ。テレビでヤツを見たが、何をやりだすか分からない目をしている…。だが、連合候の呼び出しを無視すれば、第六艦隊は賊軍だ。それは避けねばならん。」

「もし…」

それ以上の言葉は怖くて言えなかったが、ラディにはしっかりと伝わっていた。

「この盗聴器のスイッチは既に入っているな。」

「はい。全て録音されています。」

「私に万一のことがあれば、後のことはメルに任せる。第六艦隊の将兵たちにもそう言い含めてあるから混乱はあるまい。思いのままに動け。それがどういう結果になっても、私は恨まん。」

ラディはまるで取扱説明書を読み上げるかのように淡々と告げた。

「こ…心に留めてきます。」

絞り出すような声でそう言うのが精一杯だった。

「心配するな。私はちゃんと帰ってくる。」

ラディが立ち上がってノノウの頭をポンポンした時、使用人が部屋に入ってきた。

「新しいココアをお持ちしました。」

「ノノウ、折角だし飲んで行け。このココアは美味いぞ。メルの紅茶よりずっといい。」


この日の最南島は、この年の最高気温を更新していた。最近の夏は本当に暑い。おまけに一面コンクリートの最南飛行場では照り返しがとても激しいのである。年中殆ど変わらない王族の盛装で外に出るのは本当に大変だった。

「お前は涼しそうだな。羨ましい。」

流れる汗をハンカチで拭いながら、メルは恨めしそうにノノウをみつめて呟いた。王国民の間では既にクールビズの精神が浸透しており、半袖にポニーテール姿のノノウはとても涼やかに見えた。

「いつになったら王家のしきたりは現代に沿うのでしょうね。」

ノノウが同情気味に呟く。メルとしてはフライトの邪魔になる長髪はばっさり切ってしまいたいのだが、それは王族を辞めて遁世することを意味するが為に切るに切れない。

「昔からの規律を守る事は王家の伝統を守ることでもあるのじゃ。安易には変えられまい。」

そう言っているアブエロは首元どころか頭自体が涼やかで、メルは心の片隅で自分の将来を案じた。

ラディは、盛装の割には軽やかな動きでメルの前にやってきた。

「暑そうだな。熱中症には気をつけろよ。」

「兄上は暑くないのですか?」

「触ってみろ。この服はな…。」

厚手のはずの王族の服が薄手で出来ているではないか。

「特注品だよ。我が家(望宮家)の馴染みの服屋で作ってもらった。」

「こんな手があるのですね…!」

「向こう(王宮)が変わらないのなら、こちらから変えていかねばな。新しい風を入れねば王宮は良くならん。この服のように、常に風通しを良くしておく事だ。」

「今度私にも作って下さい。」

「安心しろ。もう注文は済ませてある。晩夏には間に合うはずだ。」

流石はラディ(兄上)である。この兄(ひと)には一歩先を読まれてばかりだ。

「ノノウ、メルを頼むぞ。」

「護宮様…。」

二人の真剣な目をみた瞬間、メルの第六感が警鐘を鳴らした。

「兄上!」

行ってはなりませぬ!とは言えなかった。行かねば第六艦隊は賊徒になってしまう。

「どうか…ご無事で。」

ラディは笑みを浮かべると、待機していたヘリコプターに向かって歩き出した。爆音と共に上空に舞い上がったヘリの姿がどんどん小さくなっていく。対照的に、メルの胸のざわめきはどんどん大きくなっていった。鼓動が波打ち、息が上がり、思わずしゃがみこむ。

「メル様!」

アブエロが駆け寄ってくる。メルは大きく深呼吸をして息を整えると、ゆっくりと立ち上がった。

「大丈夫だ。ちょっと暑さが堪えたのかもな。」

断じて暑さのせいではない。こんなに警鐘を鳴らしてきた第六感は初めてだった。

(何か…とても大きな事が起きようとしている…。とても大きな何かが…。)


「来たな…」

ヘリコプターが海華の艦上に降り立つのを艦橋から見下ろしていたジビドはニヤリと笑った。

「射程に入り次第、やれ」

狙撃銃を構えた将兵がコクリと頷く。射程距離1500mの狙撃銃がわずかな護衛だけのラディを射抜くのは容易であった。

海華艦上に大きな銃声が鳴り響き、出迎えに上がっていた海華の将兵達から驚嘆の声が上がった。

「護宮様!」

護衛達がラディに駆け寄る。額を撃ち抜かれたラディは、ピクリとも動かなかった。ジビドが握りしめていたマイクのスイッチを入れ、高らかに宣言する。

「これより、第六艦隊をわが第一艦隊に編入する!邪魔な者は王族であろうと容赦はせん!者ども、よく覚えておけ!」

ジビドは自分の演説に酔いしれていた。ついに、憎っくきエリート達の首魁、そして絶対に許せないメルの兄を討ち取ったのである。

この一発の7.62mm弾がこの国を大きく揺るがすことになるのだが、まだ誰もそのことには気づいていない。



(すぐに護宮様をヘリに!)

(ダメだ…頭を撃ち抜かれておる。)

(動くな!お前達も撃たれたいのか?)

ジビドの声がイヤホンに響く。エアコンのおかげで参謀室は涼しいはずなのに、ノノウは汗がとまらなかった。

「なんてことを…。」

ドアをノックしてメルが入ってくる。彼女の顔を見た瞬間、ノノウの目から涙が溢れた。

「どうした?何かあったのか。」

慌てて頭を振る。一刻も早く落ち着いて事実を報告しなければならないのに、拭っても拭っても涙が止まらない。嫌な予感がしたメルは、ノノウからイヤホンを奪い取った。

(護宮様…)

護衛達のすすり泣く声が聞こえてくる。メルは察した。

「兄上を、兄上を助けなければ…。」

「なりません!」

ノノウが後ろからしがみついた。

「護宮様は…もう…」

「言うな!」

メルはノノウを振り払った。

「だとしても、だとしてもだ…。私は海華へ行かねば…。」

部屋から出て行こうとするメルに向かって、ノノウは叫んだ。

「あなたまでいなくなったら、私たちはどうすればいいんですか!第六艦隊は!この島は!この国は!」

運動音痴とは思えない俊敏な動きで、ノノウはメルの前に立ちはだかった。

「どうしても行くと言うのなら、私を殺してからになされませ!」

「貴様…。」

メルは懐から拳銃を取り出すと、ノノウの眼前に突きつけた。いつもならカチンコチンに固まるところだが、ノノウはメルを睨みつけた。ここで彼女まで失えば、第六艦隊及び最南鎮守府に務める十数万人の将兵が混乱に陥るのだ。

「護宮様はおっしゃられました。『私に万一のことがあれば、後のことはメルに任せる。』と…。」

視線がぶつかり合う。やがて、メルの震える手から拳銃が落ちた。

「しばらく一人にさせてくれないか。心の整理がついたら、司令宮室に戻るから…。」

これほど悲しげな表情のメルをノノウは今まで見たことがなかった。ノノウにイヤホンを手渡してトボトボと私室に歩いて行くメルを見送ると、ノノウはヘナヘナとその場にしゃがみこんでしまった。メルと入れ違うようにアブエロがやってくる。

「こんなところでどうしたのじゃ。」

「アブエロ様…。」

慌てて立ち上がろうとするが、体はもう言うことを聞いてはくれなかった。どうやら腰が抜けたらしい。抑えていた感情の関が壊れ、ノノウは声をあげて泣き出した。アブエロは戸惑いながらもぎゅっとノノウを抱きしめた。亡き祖父に抱かれているような感覚を覚え、ノノウは思わず胸に顔を埋めた。


このとんでもない情報はジビドから直接統宮の元にもたらされた。

「父上!ついに我々の仇敵を倒しましたぞ!後はテアと守宮だけですな!」

3年前、統宮とテアの間に起こったことを身内の者達は知っていた。もちろん、ラディとメルがそれをかばったことも。

「お前…この後どうするつもりだ?」

「第六艦隊を接収します。」

「守宮がそれを許すと思うか?」

「許さなければ、滅ぼすまでです。」

統宮は頭を抱えた。国民的英雄を抹殺してしまったのである。政権へのダメージはどれほどのものになるだろう。

「もうお前の勝手にしろ。ただし、第六艦隊を接収または滅ぼせなかったら、責任を取って死ね!」

叩きつけるように受話器を置く。メルは絶対にジビドを許さないだろう。第一艦隊は艦隊規模では第六艦隊を圧倒しているが、兵器、将兵の技量及び経験は第六艦隊の方が明らかに上である。政権を獲って以来、ここまで順風満帆に来た。ラディの死とジビドの関与が明るみに出れば、政権への信用は失墜するだろう。ここまでなりふり構わず必死に積み上げて来たものが、一気に崩れ去ろうとしていた。


第一艦隊の入港予定時刻まで2時間を切っていた。感傷に浸る間もなくメルは決断しなければならなかった。ジビドへの従属か、それとも内戦か。ノノウから送られて来たメールには、兄が残した最後の音声メッセージが入っていた。

『私に万一のことがあれば、後のことはメルに任せる。第六艦隊の将兵たちにもそう言い含めてあるから混乱はあるまい。思いのままに動け。それがどういう結果になっても、私は恨まん。』

(兄上…)

メルは部屋で一人涙を流した。

(分かってはいるのです…。王国民を思うのであれば、第一艦隊に跪くしかない、と。ですが…)

涙を拭って、大きく深呼吸した。

(私は、兄上を殺めた者達を許すことはできません。たとえ、この国を犠牲にしてでも…)

メルは立ち上がって、私室のドアを開けた。

司令宮室には、既にアブエロとノノウが揃っていた。開口一番、メルははっきりと宣言した。

「第一艦隊を叩き潰す。アブエロは記者会見の用意を、ノノウは第六艦隊に出撃の用意をさせろ。」


緊急の記者会見だと言うのに、最南鎮守府には多くのマスコミが押し寄せていた。無表情のメルが淡々と話し始める。

「今朝、我が兄である護宮が亡くなった。」

会場がざわつく。この会見は全国に生中継されている。この瞬間、王国民達は英雄の死を知ることになった。

「病死ではない。暗殺である。実行犯は現連合候、ジビドだ。」

会場が一気に静かになった。ことの大きさに皆絶句してしまったのである。

「このような横暴を断じて許すわけにはいかない。よって最南鎮守府は『王族殺人罪』の罪で、ジビドを指名手配する。同時に、第一艦隊にジビドの引き渡しを要求する。拒否した場合、戦闘も厭わない。無事に最南港に入港したければ、要求を飲むべきである。以上。」

質問の時間は設けなかった。第一艦隊は最南島の鼻先まで来ている。時間の余裕は一切なかった。すぐに車に乗って最南鎮守府を出ると、ノノウからメールが入って来ていた。

『空宮様が倒れたとの報告。』

(イスカさん…。)

一家は逮捕され、恋人にも死なれたイスカのショックは相当なものがあるに違いない。しかし今はイスカのことを案じる余裕もなかった。最南港に向かう車の中で、メルは航空隊の戦術を頭の中にめぐらせていた。


王宮は混乱していた。守宮様が、第六艦隊が王都に攻め上ってくる…。そんな流言があちこちで囁かれる中、テアは私室で一人泣いていた。3年前、危険を承知で自分を守ってくれたラディが亡くなり、メルも危険な戦いに身を投じようとしている。テアは電話をかけたい衝動に駆られたが、きっと戦いの準備で忙しいだろうと思い直してメールを送る事にした。だが、なんと書いていいのか分からない。散々迷った挙句、一文だけを送った。


『何があっても生きていて。』


幼い頃から、自分の周りにいる大切な人は皆遠くへ行ってしまった。母の病死、父の自殺、統宮の裏切り、ラディの暗殺…。メルだけは、せめてメルだけは離れないでいて欲しい。この国の神にテアは祈りを捧げた。


「守宮め、ふざけた会見を開きおって!」

ジビドは椅子を蹴り上げた。居合わせた幹部達が皆萎縮する。

「連合候に逆らう者は逆賊だ!そうだろう?」

皆、頷くしかない。逆らえば鞭で打擲(ちょうちゃく)されるというのは、第一艦隊では有名な話だった。最古参の老将であるフォギが、恐る恐る口をはさむ。

「どちらのコースで最南港を目指しますか…?」

第一艦隊は最南島のすぐ北まで来ていた。最南島の南端に位置する最南港を目指すには、浅く長い海岸線を通る東回りのルートと、深い海底が続く西回りのルートがあった。ジビドは即答した。

「東だ。東の方が距離が近い。もはやどの艦も燃料が少ないからな。一刻も早く最南港に入るコースをとる。」

「しかし、我が艦隊は第六艦隊と比べて多数の潜水艦を有しています。東回りルートでは、潜水艦が十分に戦えないと思われ…」

(バチィン!)

第11駆逐隊隊長のログナムが全てを言い切らぬうちに彼は鞭でひっぱたかれ、椅子から転げ落ちた。

「俺が間違っていると言うのかぁ!」

(バチィン!バチィン!)

ログナムはたちまちボコボコにされてしまった。集まっていた者は誰も止めない。止めようとすれば次に打擲されるのは自分だし、抑えこもうものなら統宮によって相応の処分が下るだろう。皆、ログナムがやられていく様を見つめるしかなかった。

気が済むまでログナムを殴りつけたジビドは、幹部達に向かって宣言した。

「東回りで決定だ。第11駆逐隊は後方待機。我々が第六艦隊を叩きのめすのを、指をくわえて見ておくがいい。」


(東回りか…。)

第一艦隊の作戦は、全て紫雲にいるノノウに筒抜けだった。どうやらラディの腕時計をジビドが奪い取ったようである。やはり、あの腕時計は中々のブランドならしい。そして、東回りルートを選んでくれたことも幸運だった。この時期のこの時間帯は、東の海域には北向きの海流が流れるのだ。

「急いで第34資材庫に入っている物を全てフリゲート艦に積んで、海に流して下さい。ポイントはここです。」

「ハッ!」

浮遊機雷である。約120年前の南海海戦で使われて以来過去の遺物と化している浮遊機雷だが、この辺境の島の倉庫では大事にしまわれていた。ここで初めて浮遊機雷をみたノノウは、思わず感嘆のため息をついたものである。

(しかし、第11駆逐隊隊長のログナムという名前…何処かで聞いたことがあるような…。)

「ノノウ、何を考えておるのじゃ?守宮様が到着なされたぞ。」

アブエロの顔をみた瞬間、ノノウは閃いた。

「アブエロ様、一つお願いが。」


第六艦隊の出撃準備はほぼ整っていた。ラディが手塩にかけて育て上げたこの部隊は、この状況でも整然と動いている。

「ノノウ、イスカさんの容態は?」

「護宮様の事を聞いて以来、吐き気が止まらないとの事です。大事ないといいのですが…。」

今は無事を信じるしかなかった。

「私はミューナで出撃するからな。海華に一撃入れねば、私の気がすまん。」

「どうぞ。無茶だけはしないで下さいね。」

ノノウが全く止めない事に、メルは違和感を抱いた。

「お前が私を止めないとは意外だな。」

「止めても無駄でしょう?その代わり、作戦の全権を頂きたく思います。」

珍しく強気なノノウである。

「自信があるんだな。」

「今回はタイミングが重要になります。敵は残存燃料を気にして浮き足だっています。その隙を突くのです。」

「分かった。任せよう。」

ラディ・イスカがいない上に自分が飛ぶ以上、作戦を任せられるのはノノウしかいなかった。なんとしても海華を沈め、ジビドを倒す。妹として、1パイロットとして、譲れない戦いが始まろうとしていた。

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