第九章(200vs300)
第六艦隊が嵐の中で戦っている頃、宮廷では、粛正の嵐が吹き荒れていた。実権を握った統宮派が統宮は挙国一致体制を掲げ、直宮派(雲宮派)の人間を次々と逮捕・追放し始めたのである。雲宮逮捕を歓迎した王国民の殆どが、この事に違和感を抱かなかった。反対の声を上げた者は直ちに逮捕された。蒼の国は蒼候選挙を契機に全体主義へと走り出したのである。
「ふぇ…ふぇっふぇっふぇ」
グラーファの特徴的な笑い声が統宮の部屋に響き渡った。
「これで宮廷も議会も王国民も、全てが統宮様の思いのまま…。」
「いや、まだ思いのままにならないものがある。」
統宮は、煙草の葉を煙管に入れた。
「戦争だ。」
チッとグラーファは舌打ちをした。
「勝ちすぎましたな、奴らは。」
「そうだ。おかげでジビドの出番がなくなった。」
ジビドは統宮の息子で、メルとは王将学校の『最終学年』での同期だった。王将学校を出ていると言っても殆ど統宮の力によるもので、影で『蛍の大将』と呼ばれるほど出来が悪かった。その上嫉妬心が強く良く暴力沙汰を起こして問題になったが、毎回のように統宮がもみ消し続けた。そんなジビドも統宮が蒼候になってすぐ、第一艦隊の司令官に任命されたのである。
「私の人気は、所詮護宮兄妹には敵わん。戦果を挙げている以上は交代させる事も出来ん。」
「援軍として第一艦隊を送りなされ。」
「第一艦隊とはいえ第六艦隊の精鋭には敵わん。しかも司令官はジビドだ。王国民は2人を比べて、ジビドの無能を嘲笑うだろう。」
「ふぇふぇふぇ…。」
「何がおかしい。」
「2人を同じ立場に立たせなければ良いのです。どちらが上かを決めるのは王国民ではない。統宮様です。」
「なるほど…。」
統宮は全てを察して笑った。早速2枚の蒼候令を書き上げる。
「これで奴等は私の掌の上だ。」
ククク、とグラーファが喉を鳴らす。統宮の野望が、いよいよ軍にも及ぼうとしていた。
最南海域の朝は、激しい騒音に包まれていた。第六艦隊の戦果を知ったマスコミのヘリが、撮影のため上空を旋回していたのである。
「敵よりこっちの方が厄介だな。撃ち落とす訳にもいかん。」
メルがため息をつくと、南二空(最南第二航空隊)の隊員達は一斉に笑った。勝利の余韻は一夜明けても冷めていない。笑いに包まれる待機室の中で、ノノウは一人呆れていた。
「全く、この中にスパイや暗殺者がいたらどうするのです…。護宮様は何と?」
「『マスコミの安全を保証することは出来ない』と警告されたらしい。」
「そんな警告だけで退く奴らではありませんよ。」
「だろうな。我々が戦闘に命を賭けるのと同様、彼らも報道に命を賭けている。」
「問題は、彼らに被害が出た時に非難されるのは我々だということです。」
ノノウが頬を膨らませた瞬間、フィデルタが待機室に入って来た。
「準備が整いました。」
「護衛は何機付けた?」
「上空警備の隊から3機です。」
はぁ、とメルはまたため息をついた。
「燃料の無駄だ。」
メルは、飛雲にて行われる作戦会議に向かおうとしていた。自らの愛機で飛びたかったが、ラディがノノウも呼んだ為にヘリで移動せざるを得なくなったのである。
ヘリが高度を上げるにつれ、現在の第六艦隊の陣形がはっきりと見えた。メルは最南島の方角を見た。
「ノノウ、見えるか?」
「見えません。本の読みすぎで近眼になりましたから。」
「あれだ。」
両眼視力2.0のメルが指差した先にはフリゲート艦3艦に守られて輸送船がこちらに向かっていた。アブエロの甥で最南島陸軍司令官マトキスが率いる人工島上陸部隊である。
飛雲は第六艦隊の象徴であると同時に、望宮家の総力をかけて完成した艦である。4年前、ラディが王将学校を卒業するのに合わせて、父望宮が最新の技術を結集させて作り上げた。親バカで空母を作り上げられる程、望宮家の財力は巨大だった。その後も潜水艦や強襲揚陸艦、ミサイル巡洋艦など多くの新鋭艦がラディに送られ、艦隊の性能では第六艦隊の右に出るものはいない。
「初めて飛雲に乗りましたが、驚きました。ここまで設備が揃っているとは…。」
キラキラと目を輝かせるノノウの隣でメルはどこか寂寥感を覚えた。
司令宮室に入ると、たくさんの資料が広げられたテーブルの前で、ラディが資料に目を通していた。二人を見ると、こわばっていた表情に笑顔が戻った。
「メル、改めてご苦労だった。ノノウもよく来たな。」
「イスカさんは?」
「ミューナの整備状況を見に言ったよ。まだお前と顔を合わせづらいんだろう。」
「…。」
メルは少し気まずそうな表情を浮かべた。昨日からイスカとは全く話していない。メールも送ったが未だに返信はなかった。
「あいつのことは気にするな。それより、今日ここに呼んだのはだな…。」
ラディはメルに一枚の紙を渡した。統宮からの蒼候令である。
「第一艦隊が援軍に…。」
統宮が蒼候になってすぐ自分の息子であるジビドを第一艦隊の司令宮にしたことは知っている。
「お前とジビドは確か王将学校の同期だったな。」
「最終学年だけですが。」
「どんな奴だ?」
メルは顔をしかめた。
「落ちこぼれのくせにプライドだけはやたら高く、すぐに頭に血がのぼる奴です。統宮様の子でなければ、卒業はおろか入学も出来ていなかったでしょう。」
「最悪だな。」
ラディも表情を曇らせた。
「実は、もう一枚蒼候令があってな…。」
ラディが手渡したもう一枚の紙には、驚くべきことが書かれていた。
「ジビドが連合候に!?」
連合候は形式上ではあるが軍の頂点の座である。つまり、ジビドがラディに命令を下せることを意味していた。
「ジビドが来る前に、人工島海域の決着をつけておかねばならん。なんとしてもマトキスの部隊を上陸させねば…。」
ラディの言葉を遮るように、無線が入った。
「早期警戒管制機より急報!人工島の南5000Kmに大艦隊!人工島に向かっています!」
「なにぃ…。」
敵機の性能の詳細はまだ不明だが、その燃料はミューナの航続距離を9倍にできると言う信じられない性質である事が分かっている。いつ敵機が押し寄せてきてもおかしくはない。ノノウはタブレットを取り出すと、敵艦隊の位置を海図上に書き込んだ。
「人工島上陸前に、この敵部隊をなんとかしないといけませんね。」
「ジビドが来るまでに、我々は3つのことをやらねばならん。敵部隊の撃滅、マトキス部隊の人工島上陸、そして行方が分からない敵潜水艦の撃沈だ。」
飛雲艦隊の先頭艦・龍護を戦線離脱に追い込んだ敵潜水艦はその後行方を眩ませ、未だに見つかっていない。
「必ずこの海域のどこかで我々を狙っているはず…。マトキス様の部隊が心配です。」
「既にSO9(エスオーナイン)を護衛につけてある。奴等は2度同じ失敗はしない。次こそは、必ず仕留めてくれるはずだ。」
本当に単艦で遊弋しているのか、メルは疑問だった。SO型はこの国の最新型ではあるが、敵潜の能力は未知数である。さらに複数の敵潜がいるのであれば、かなりの苦戦を強いられるだろう。この海域の海底はかなり深いが、海底の地形は複雑で潜水艦が隠れるには絶好の場所であった。この数々の不安要素をどう跳ね返すのか。SO9と搭乗員の能力にマトキス隊の運命がかかっている。
SO9の艦内にはピリピリした空気が流れていた。南二空(最南第二航空隊)が華やかな戦果を挙げたのとは対照的に、サブマリナーのプライドを大きく傷つけられた艦員たちは皆再戦(リベンジ)に燃えている。しかし、出航からおよそ5時間、一向に敵潜は見当たらなかった。輸送船団はまもなく、第六艦隊と合流しようとしていた。
戦えなかった失望と任務が達成できた安心感が艦員の気持ちに芽生え始めた時、突然戦いのゴングが鳴った。
「魚雷発射音探知!5基、フリゲート艦各艦及び輸送船2艦への命中コースです!」
ついにきたか。第六艦隊のすぐ近くで息を潜めるとはいい度胸をしている、と艦長のイニオムは思った。
「敵潜は昨夜と同じ奴です!続けて第六艦隊に対艦ミサイルを発射した模様!」
「すぐに敵潜を捕捉!魚雷発射!」
前回は全てホーミング(自動追尾式)魚雷をセットしたため、迷走した魚雷の爆発音によって敵を見失った。今回の魚雷は敵が回避することも予測して、ソナーに影響がない位置で魚雷が自爆するようにセットしてある。
「敵潜はエンジンを停止した模様です!」
「馬鹿め!」
毎度お約束のようにホーミングを撃つ訳が無い。この魚雷は、エンジンを止めた際の予想地点も通るようにセットしてある。イニオムは勝利を確信した。
「敵潜と魚雷の距離、縮まります…300…200…100…爆発音ありません!魚雷が遠ざかります!」
「なにぃ!?」
敵潜は一体どこに行ったのか。エンジンを切った相手を捕捉する手段は一つしかない。
「ピンガー(探信音)打て!」
「敵潜、予想地点から100m下です!なお沈降していきます…。」
(何故だ…?)
蒼の国の潜水艦はエンジンを止めたまま潜ることは出来ない。しかし、敵潜の深度を示す数値は明らかに大きくなっていた。この海域の海底は非常に複雑である。深度700mまで逃げ切れれば、岩盤を盾に魚雷圧壊深度1000mまで逃げるのは容易であった。
「敵潜、なおも沈降します…。深度400…450…。」
「直ちに魚雷2基発射!」
初弾で既に6基の魚雷を放っている。SO9の魚雷発射管は8門。直ちに撃てる残り2基の魚雷を全て発射した。
「敵潜、エンジン始動!」
やはり海底に逃げ込むつもりか…。それを読んでのホーミングである。後は間に合うかどうかだ。
「敵潜、急速に潜行!深度500…600…。こちらの魚雷との距離、500を切りました!」
ギリギリの距離である。艦員はもう祈ることしか出来なかった。
「深度650…。魚雷との距離、200…100…」
敵の艦影が消える。撃沈か、それとも岩盤に逃げ込んで見失ったのか。
「艦体破壊音確認!魚雷が命中した模様です!敵潜、さらに岩盤に激突、沈んていきます…。」
艦内に艦員の歓声が響く。イニオムは額に滲んだ汗を拭った。
「すぐに護宮様に連絡せよ!」
敵潜水艦撃沈の知らせは、海上の将兵たちに大きな安心感を与えた。この戦いでもフリゲート艦1艦が輸送船の盾になって大破していた。任務を果たして最南島に戻っていくフリゲート艦を紫雲のメルたちは登舷礼で見送った。
ノノウはまた酔い止めを飲んだ。どうやら効果が切れてきたらしい。
「これで人工島周辺の敵はいなくなりました。」
「おそらく、な。」
本当に敵がいなくなったのか、メルはまだ疑問だった。それに、南からは第六艦隊の3倍の規模の艦隊が北進してきている。
「なぁノノウ、」
「はい?」
「兄上は、本当にこのままマトキスを上陸させるのだろうか。」
「そうですね…。」
昨日の嵐とは対照的に、今日は穏やかな風が吹いていた。柔らかな風が、二人の髪を揺らす。
「護宮様は強気です。それにジビド様が来るまでに決着をつけたいという焦りもあるはずです。」
「そうか…。」
メルは飛雲を眺めた。史上類を見ない海戦になるだろう。負ければ最南島までは確実に敵に占領される。そのリスクを背負ってラディは戦おうとしているのだ。
突然兵士がこちらに走ってきて、驚くべき情報を告げた。
「CIC(戦闘指揮所)より緊急の連絡です!敵艦隊から敵機が発進しました!その数約300!」
「きたか…。」
飛雲にいるラディは、冷静にこの現実を受け止めた。
「ついに出番ね。」
振り向くとイスカが立っていた。目をキラキラと輝かせ、どことなく生き生きしている。昨夜とはまるで別人のようであった。
「敵は300機。こちらは南二空を合わせても200しかいない。油断するな。」
「まかせて。」
イスカはニッコリと笑った。この女(ひと)は『空』の宮号が本当によく似合う。ラディはそう思った。くるりと振り返って部屋を出て行こうとするイスカを、ラディは呼び止めた。
「敵の撃墜より味方の帰還率を優先してくれ。本番はこの後だ。」
この戦いに勝ったとしても、まだ艦隊決戦が残っている。できる限りの航空戦力を維持しておかねばならなかった。イスカは振り返らず、ただ左手を上げてまた歩き出した。
(振り返ると、未練が残ってしまうから。)
昔イスカが言っていた言葉を思い出す。ラディは少し寂寥感を覚えながら、小さくなっていくイスカの背中を見つめていた。
空は雲ひとつなく、海は一面青に染まっていた。青に包まれた空間で、蒼の国の存亡をかけた戦いが始まろうとしている。
全機発艦予定時刻まで、30分を切っていた。イスカは待機室に全搭乗員を集め、作戦の説明に入った。もちろん、紫雲とは無線でつながっている。
「前回の最南沖空戦の際、敵は200Km付近までミサイルを撃つことが出来なかった。我が方のラグール(対空ミサイル)の有効射程距離は500。艦対空ミサイルもほぼ同じ有効射程距離をもっている。この300Kmの優位を利用して敵を撃滅する。我々はできる限り高度を保って艦隊上空で待機、敵が有効射程圏内に入り次第上空から襲いかかる。各機目標を決めて第一弾を発射、すぐに上空に離脱せよ。海上からは対空ミサイルが飛んでくるから、敵に近づきすぎて誤射されるなよ。第一弾発射後、艦隊はミサイル迎撃にシフトし、我々は敵残存機の掃討にあたる。いいか、第六艦隊には一本のミサイルも当てさせないぞ!」
おう!と待機室から力強い声が上がる。前回出撃できなかった借りを返す。そう思っているのはイスカだけではなかった。
空母飛雲から120機、紫雲から80機のミューナが飛び立った。
ミューナはマルチロール機でもあり、攻撃機以外に偵察や迎撃機の役割もこなすことが出来る。この『多目的戦闘機』という概念を生み出したのも『ミューナの奇跡』のひとつだった。
ラディはアブエロとノノウを飛雲の司令宮室に呼び、机上に映し出された海図と戦闘機レーダーの合成地図を眺めていた。
「飛雲CICより各機へ、敵編隊との距離600!」
後5分ほどで第六艦隊の有効射程距離に入る。
「いよいよだな。」
500Kmを切った時点で上空からミューナが、海上から第六艦隊が一斉にミサイルを放つ予定になっている。しかし、双方の距離が550Kmを切った時、戦況が動いた。
「敵編隊、ミサイル発射!第六艦隊に400基、ミューナ編隊に200基!到達までおよそ15分!」
「何!?」
ロックオンはされていない。敵は550で当てられる自信があるのか、それともブラフか…。ラディは一瞬迷った。
「敵編隊は反転したか?」
「いえ、進路変わりません!」
「よし、作戦はそのまま、500まで引きつけてミサイル発射、その後すぐに敵ミサイルに対応する!」
ついに敵が500Km圏内に突入した。上空、海上から一斉にミサイルが放たれる。敵味方合わせて1000を超えるミサイルの輝点が海図上を飛んでいた。
「直ちに迎撃ミサイル発射!スカイアローの準備もしておけ。」
スカイアローは短距離迎撃ミサイルである。有効射程距離が通常の迎撃ミサイルに比べて短い分、命中精度に非常に優れていた。
「ノノウ、敵はなぜ進路を変えないのだろう?」
「最南沖空戦の際も、敵は自機の安全よりも攻撃を優先しました。今回も同様に、第六艦隊の撃滅が最優先なのでしょう。」
ラディは腕組みした。
「しかし、敵は前回の戦闘で編隊が全滅した事実を知っているはずだ。なのに何故…?」
「ミューナ編隊、第二弾発射!敵との距離は350!」
イスカ達はここで反転するだろう。敵の予想有効射程距離200Kmには入りたくないはずだ。それに、ロックオンされていないとはいえ、対空ミサイルの存在も無視できない。
「ミューナ編隊は全機反転、散開します…。一飛空、回避行動を取りながら更に接近します!距離300!」
飛雲第一航空隊、イスカの隊である。一機も逃さないつもりなのだ。味方に誤射される恐れもある。よほど自信がないと、この状況で接近はしない。
「敵編隊、第二弾発射!全てこちらにきます!600基!距離400!」
すぐに迎撃ミサイルを放つ。おそらく対艦ミサイルだろう。重い対艦ミサイルを切り離して、目前に迫ったこちらの第一弾を回避しようというところか。しかし、あまりにも遅すぎた。
「我が方の第一弾、着弾します!」
空から、そして海から500基を超えるミサイルが敵編隊に襲い掛かった。敵を表す250の輝点が消える。損耗率は8割を超えていたが、ラディはむしろ50機も残ったことに驚いていた。
「敵の第一弾、間も無く迎撃ミサイルと交差します…。約300基撃墜!残り100基、こちらに向かってきます!」
「直ちに、スカイアロー(短距離迎撃ミサイル)発射!」
これも敵ミサイルがラディの予想を上回っていた。実戦は生き物である。めまぐるしく変わる展開の中、ラディの計算が少しづつ狂い始めていた。
ミューナ編隊が放った第二弾が、さらに30機の敵機を撃墜していた。敵はもはや逃げるので精一杯で、編隊の形をなしていない。追撃している飛雲第一航空隊20機は、イスカの号令のもと止めを刺そうとしていた。
「各機目標を決め、敵機の後ろにつけ!既に敵の予想有効射程距離に入っている。一発で仕留めるぞ!」
命令後、イスカも目標を決めた。既に敵との距離は100Kmを切っている。必死に旋回して追撃を振り切ろうとする敵を、イスカは冷静にロックオンした。この距離では絶対に外さない。発射ボタンを押す。間も無く両眼視力2.2のイスカの目が小さな爆発を捉えた。敵編隊300機はこうして完全に消えたのである。
敵の置き土産である第二弾600基は、第一弾に比べ明らかに遅かった。対艦ミサイルは対空ミサイルに比べ爆薬が多く速度が落ちるのだ。今ならこちらのミサイルでも墜とせる。メルはそう判断した。
「南二空各機へ!敵ミサイルに向けてミサイル発射!」
一斉に放たれた150基のミサイルが、第六艦隊が撃ち漏らした敵ミサイルに襲いかかる。ミサイル同士の爆発で、海上は真っ黒になっていた。
「早期警戒管制機より各機へ!敵第二弾の全機撃墜確認!」
メルは思わずよし!と叫んだ。
(兄上、後は任せましたよ…。)
こちらの損害は、ミューナ1機という驚くほど軽微なものだった。艦隊が無傷であることを祈りながら、ミューナ編隊はそれぞれの母艦へと帰投を始めた。
スカイアローを持ってしても全基撃墜には至らず、なおも5基の敵ミサイルがこちらに向かっていた。もう迎撃ミサイルは間に合わない。各護衛艦の機銃が、空に向かって一斉に火を吹いた。灰色の雲が直線上に描かれて行く。
「2基…3基…4基撃墜!残り1基、飛雲への直撃コースです!」
全護衛艦の機銃が一斉に最後のミサイルを銃撃する。ついに、ミサイルが赤い火を上げた。ミサイルが飛雲の目の前に落ち、大きな水飛沫(みずしぶき)をあげる。その飛沫は、ラディたちがいる司令宮室の窓まで飛んできた。飛雲の乗員から大きな歓声が上がる。盛り上がる乗員達とは対照的に、ラディの表情は硬いままだった。ラディはそっと席を立つと、窓越しにそっと飛沫に手を当てた。
「…ここまでやられるとはな。」
完勝である。しかし、敵ミサイルを視認距離まで近づけさせてしまったことに、ラディは責任を感じていた。そんなラディを見ながら、ノノウは戦いの間ずっと持っていたタブレットをそっと机に置いた。
「戦いはこれからです。まだ艦隊決戦が残っています。」
ノノウの言葉は、約30分後に幻になることが分かった。敵艦隊が反転したのである。
「…何故。」
この艦隊規模であれば300機程度失ったところでまだまだ戦えるはずだ。それに第六艦隊はこの戦いで、既に半分以上のミサイルを消費している。次の戦いは間違いなく不利な戦いを余儀無くされるはずだった。敵がここで反転する、それは300機のパイロットの命を無駄にすることを意味していた。
「分からん。だが、これでマトキスを上陸させられる。」
人工島周辺の脅威はこれで無くなった。敵対空ミサイルは既に封じ、補給も絶った。後は空爆、艦砲射撃で敵基地を無力化するだけである。少し赤みを帯びてきた空からミューナが舞い戻ってきた。戦いはいよいよ上陸戦に移ろうとしている。
王都は朝を迎えていた。昼夜を徹して出撃準備を整えた第一艦隊は降り注ぐ朝日の下、抜錨しようとしていた。連合候という位(くらい)が創られて以降、連合候自身が出撃するのはこれが初めてのことである。連合候が出撃する際は帝王が見送ると決められているのだが、帝王が幼少であるため名代としてテアがジビドを見送りに来ていた。第一艦隊の旗艦を務める巨大空母「海華(かいか)」の艦上でテアがジビドに花束を渡す。華やかな軍歌が流れる中、ジビドの表情は硬いままだった。一礼して艦を降りようとするテアに、ジビドは声をかけた。
「俺はお前たちを許さん。必ず消してやる。」
とても低い声だったがはっきりとテアの耳に届いた。背筋に寒さを感じながら、テアは海華を後にした。
広い海原を眺めながら、ジビドは王将学校時代を思い出していた。
いつから勉強が嫌いになったのだろう。若宮養成校時代、成績は良くもなく悪くもなかった。父・統宮の言われるがままに王将学校を受けた。今でこそ父の力で受かったのだと分かっているが、当時は受かったことに舞い上がっていた。
入学してから地獄を見た。王族有数の天才・秀才達に敵うはずもなく、成績は常に最下位。運動も全くついていけず、いつしか周囲からは『落ちこぼれ』と見られるようになった。友達も全くできず、いつも孤立していた。悪夢の6年間だった。
最終学年に上がった時、隣になったのがメルである。成績はいつも満点。整然とまとめられたノートは、机に置いてあるだけで『お前は間抜けだ。』と自分に語りかけてきた。いつしかジビドは一挙手一投足に差を感じ、自分の無能さを責められているような気持ちになった。毎日繰り返されるメルからの圧力にジビドは遂に耐えられなくなり、ある時彼女に殴りかかった。自分が殴りかかったはずなのに、倒れていたのは自分だった。周囲は自分が立ちくらみを起こしたと思って保健室に連れていった。事件後、ジビドは全く学校に行かなくなった。卒業式の翌日郵送されてきた卒業証書を、ジビドはビリビリと破り捨てた。
卒業後は父の統宮の軍に入ったが、将とは名ばかりで何もしなくても良いポストだった。王将学校時代についた落ちこぼれのイメージがそのまま自分のイメージになっていたのである。次第にジビドは酒に溺れ、昼から居酒屋をはしごするようになっていた。なんで誰も自分のことを分かってくれないんだ…。もう一杯酒を頼もうと壁を眺めると、一枚の化粧品の宣伝ポスターが目に入った。化粧水を持ったメルとテアがこちらを向いて微笑んでいる。思わずポスターに向かってジョッキを投げつけた。ガシャーン!と音を立ててジョッキが砕け散る。周囲にいた客が逃げ出した。みんな自分から離れていく。
「お客さん!落ち着いてください!」
駆けつけた店員に取り押さえられた。その日から、ずっと自室に引きこもっていた。
そんな自分が、昨日から連合候とはね…。天の思召しとしか思えなかった。昼夜逆転、ゲーム三昧。至福の日々だったはずなのに、心は何故か晴れなかった。俺から何かを奪った奴が、遥か南で待ち受けている。メル、ラディ、イスカ、そして第六艦隊の隊員達。皆エリート中のエリートである。奴らに本当の力を教えてやらねばならない。お前達が蹴落としてきた者達の恨みは、どんな力をも超えていくのだ。すでに計画は出来ている。ジビドは南の海を睨みつけた。
(必ずお前達を、地獄という名の海底に沈めてやる。)
一人の男の憎悪を纏い、第一艦隊は南下を開始した。
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