第十二章(散り花)
第六艦隊に敗れ去り、命からがら脱出したジビドが王都に戻ってきたのは海戦から4日後の夜のことだった。蒼候への報告義務があるというのに、ジビドは父である統宮と会うことをとても嫌がった。最終的に、彼は車椅子に縛り付けられて統宮の前に引きずり出された。ジビドのふてくされた顔を見た瞬間、統宮はジビドに駆け寄り思い切り頬を殴り飛ばした。
(ガシャーン!)
ジビドは車椅子ごと倒された。
「なぜその場で死ななかった!これだけの損害を出しておきながら、よくもノコノコと帰ってきたものだ!」
「しかし私は」
「黙れぃ!護宮を殺したから認めろというのだろう!認めてやる、お前のおかげで私は国民的英雄を己の欲望のために殺した男にされたのだ!」
ジビドを蹴り飛ばす。彼の顔は腫れ上がり、鼻からは出血していた。
「父上…。」
「もういい。下がれ。」
使用人が車椅子を運んでいく。
「統宮様…。」
心配する側近の声を背に、統宮はドアへ向かった。
「血が上った。少し外を歩いてくる。」
外は統宮の荒んだ心を現すかのように、強い雨が降っていた。統宮邸の周りはいつも賑わっているのだが、王都民に銃撃した日からめっきり人がいなくなった。いきつけのバーも閉まっており、いつもカラフルなライトに包まれる通りも真っ暗な夜道になっている。
そんな通りの一角に、小さな明かりが灯っていた。この通りの居酒屋で、統宮が知らない店はない。小さな店だが店主が南部諸島の出身で、南国の珍しい酒が密かな人気を集めていた。酒を飲む気は無かったのだが、この状況でも健気に店を開いている姿を見て思わず店に入っていた。
「これはこれは、いらっしゃいませ!」
店主は南国気質の気さくな性格で、身分を知ってからも接し方は全く変わらない。そのためいつも店内の雰囲気は明るいが、この日の店内は閑散としており、カウンター席の隅に女性が一人寂しげにグラスを傾けているだけだった。
一目惚れ、とはこういうことを言うのだろう。少し赤みががってふわっとした髪、パッチリとした目、高い鼻に小さな口、鮮やかな赤のドレスはかわいい顔なのにどこか妖艶さを感じさせた。他の席は全て空いているのに、統宮はわざわざ彼女の隣に座った。
「マスター、オーシャンブルー。」
「へい。」
南国特産の淡青に澄んだこの酒は、見た目によらずアルコールが強い。一口飲むだけで、南国にいるかのような気分になった。
「こんな時間に女が一人飲みとは珍しいな。」
「あなたも一人じゃない。」
「一昨日から悪いこと続きでね…。少し現実から逃げたくなった。」
「奇遇ね。私もよ。」
彼女はレッドメアを飲み干した。名の通り真っ赤な酒は、彼女の髪の色によく似ている。
「別れたの、今日…。」
彼女が続けて頼んだスカイラウトはクセが強く、南国独特の香りを醸し出している。
「思わぬことで喧嘩になって、勢いで部屋を飛び出してきちゃった。」
「辛いよな、相手にわかってもらえないのは。」
統宮もオーシャンブルーを飲み干すと、彼女と同じものを頼んだ。
「私も思わぬことで、多くの人を敵に回した。もう後戻りは出来ない。」
彼女は寂しげに微笑んだ。
「似てるわね、私たち。」
そう言ってグラスを持ち上げた。
「私、レイシアっていうの。あなたは?」
男がティーダと名乗った瞬間、レイシアは統宮だと確信した。いくら変装していても、本名を名乗ってしまっては意味がない。『あの人』もそういう人だったが、これは血筋なのだろうか。居酒屋から出るとき、すでに手を引かれていた。11年前レイシアの手を握ってくれた人は、もっと優しく握ってくれた。火照った頬に冷たい夜風を感じながら、レイシアは『あの人』と出会った頃に思いを馳せた。
レイシアの母は弟ウィネを生んですぐに亡くなり、父のユーブが男手一つでレイシア達を育ててくれた。王宮勤めで苦労が絶えなかったはずなのに、いつも家では笑顔が絶えない優しい人だった。
突然の悲報が姉弟の元に舞い込んだのは、寒い冬の夜だった。いつも決まった時間に帰ってくる父が、いつまでたっても帰ってこない。13歳になったレイシアは、この頃は料理もするようになっていた。今日は父の故郷である波島の郷土料理なのに…。ウトウトしながら待っていると、突然家のベルが鳴らされた。玄関に立っていたのは強面の役人で、レイシアを見るなり王族命令書を突きつけた。
「お前の父は恐れ多くも希宮(費宮)様のお金を私用で使い込み、希宮様を自殺に追い込んだ!決して許されることではない!叛逆者・ユーブは処刑、この家は没収する!直ちに出ていけ!」
粉雪が舞い散る夜空の下、姉弟は行き場を失くした。ヘトヘトになるまで歩き、何とか飲み街の片隅に風雨を凌げるボロ小屋を見つけると、二人で体を寄せ合って震えながら眠った。
(明日から一体どうすれば…。)
お金もなければ身寄りもない。今まで通っていた学校に行っても、叛逆者の子供の面倒を見てくれるのか…不安が胸を覆い尽くしていた。
目が覚めると、数人の若い男達が立っていた。
「ここは俺たちの場所だ。何勝手に入ってるんだァ!?」
胸ぐらを掴まれ、小屋から引きずり出される。
「姉ちゃん!」
ウィネはレイシアに駆け寄ろうとしたが、別の男に捕まってしまった。必死に暴れるが、8歳の力では男から逃げる事は出来ない。
「金は?」
「ないわ。あればこんな所に泊まってない。」
「なら、カラダで払って貰うしかねぇなァ。」
首を締められ、ニヤけた男の顔がレイシアの顔に近づいてくる。
「やめて…!」
掠れた叫び声も、男にとっては快楽にしかならなかった。
(助けて、お父さん…)
レイシアはギュッと目を瞑った。
覚悟した感触が唇にくる事はなかった。急に息が楽になる。レイシアを押さえつけていた男が隣で口と鼻から血を流して倒れていた。見上げると、父とどこか似た顔の男がすまし顔でこちらを見ている。
「誰だテメェ!」
「まずはお前達から名乗らないか…。まぁいい。ジラーニィ、名も名乗れんクズ共に私は倒せんぞ。」
「野郎ども、やっちまえ!」
小屋にいた男が一斉に襲い掛かった。ジラーニィは冷静に動きを見て、的確に男達の急所に拳と蹴りをお見舞いしていく。男達は次々と雪の上に倒され、最後の一人はウィネを放り出して慌てて逃げていった。ウィネは気を失っていたが無事だった。ウィネが生きていることを確認すると、レイシアはジラーニィに頭を下げた。
「助けて頂きありがとうございました。」
「ちょうど女にフラれてムシャクシャしていてな。八つ当たりにはちょうど良い相手だった。」
「え?」
「あ、いや…こちらの話だ。」
ジラーニィはわざとらしく咳払いをした。
「それより、お前達は誘拐されたのか?家まで送ってやるぞ。」
レイシアは首を振った。
「帰る場所は…ありません。」
ポロリと涙が溢れると、もう止まらなかった。声を上げて泣きじゃくるレイシアを、ジラーニィはずっと抱きしめていてくれた。
「両親のことは、気が向いたら話してくれれば良い。頼る所が決まるまで、私の家にいてくれていい。」
ウィネをおぶっているのに、ジラーニィは全く息を切らさずに歩いていた。
「いえ、そんなご迷惑なこと出来ません。」
「いいから。」
ジラーニィがピタリと足を止めた。
「ここが我が家だ。」
レイシアは目を疑った。まるで城ではないか。備え付けの装置にジラーニィが持っていたカードを翳(かざ)すと巨大な門がゆっくりと開き始めた。
「ここが…?」
門が開くと老人が出てきて、深々と一礼した。
「おかえりなさいませ。望宮様。」
「全く…。御当主になられたのですから、朝帰りはほどほどになされませ。」
「女に振り向かれない当主に人がついてくると思うか?これは自分磨きだ。」
はぁ、と老人がため息をつく。
「少しはご自重なされませ…。ところで、この二人は?」
「あぁ、」
望宮は淡々と紹介した。
「新しい側室のレイシアと、弟のウィネだ。今日からここにすむ。」
「また一段と若いのを連れてこられましたなぁ。」
レイシアは何が起きているのか良く分からなかった。ジラーニィさんが望宮?そして私が側室…?
「若い奴を相手にするとな、自分も若返った気がするのだ。」
「どこかナナ様に似ておられますな…。」
「じい、新入りの前で別の女の話はよせ。」
望宮は急に不機嫌になった。
「レイシア達の部屋を案内する。確か13階の一角が空いていただろう。」
「はい。」
望宮はレイシアの手を握ってニッコリと笑った。
「では行こうか。」
エレベーターに向かって歩く間、レイシアは必死に今の状況を頭の中で整理していた。どうしても、聞いておきたいことがある。エレベーターに乗り込むと、レイシアは思い切って望宮に声をかけた。
「あの、側室というのは…?」
「形式上だ。」
「形式?」
レイシアは首を捻った。
「今、君が私の側室になればここにいても不自然ではない。誰も文句は言わないし、君と弟の学費も出せる。側室というのは正室とは違って非公式なものだから、関係の解消は簡単だ。君達の身寄りが現れたら引き渡す事も出来る。」
「…。」
一瞬でも望宮を疑った自分を激しく嫌悪した。部屋に着くと、望宮はベッドにウィネを寝かせてレイシアに部屋の鍵を渡した。
「あの…どうして私たちにここまでしてくれるのですか?」
望宮はフッと笑った。
「俺はな、女の子が望まない道を歩くのを見ると、手を差し伸べたくなる性格(たち)なんだ。」
部屋を出て行こうとする望宮に、レイシアは声をかけた。
「ずっと側室でいても…いいですか?」
それから10年、望宮は会いに来ることはあっても、レイシアに全く手を出さなかった。レイシアは姫宮達の良き遊び相手になり、ウィネは政治学校で勉強を続けていた。そんな平穏な日常が崩れたのは、一本の電話だった。
その日は王都では珍しい吹雪の夜だった。氷の粒が窓に当たって音を立てる。夜になってもウィルは帰って来ていなかった。最近は学校に泊まり込みで勉強する日が増えている。無理しなくていいのに…。ベッドに入って電気を消そうとした時、突然スマホが鳴った。
「姉ちゃん…。」
ウィネの声は掠れていた。一瞬で弟が危機にいる事を察する。
「どこにいるの!」
「あの小屋…」
電話が切れる。間違いない。10年前、望宮に助けられたあのボロ小屋だ。レイシアはコートとマフラーだけ身に付けると、望宮邸を飛び出した。叩きつけるような雪が顔を襲う中、必死に走った。
10分ほどで小屋に辿り着く。消えかかっている街灯が白い地面に描かれた途切れ途切れの赤い線を写している。小屋のドアノブには赤黒い血がこびりついていた。覚悟を決めてドアを開けると、腹から血を流した弟がグッタリと横たわっていた。
「ウィネ!」
マフラーを包帯代わりにして腹を縛る。望宮から貰った白いマフラーが、みるみるうちに赤く染まっていった。それでも少しは出血量が収まったのだろうか、ウィネはうっすらと目を開けた。
「しくじったよ、姉ちゃん…」
「喋らないで、傷が開くわ。すぐに救急隊を呼ぶから!」
「ダメだ…!」
ウィネは必死に姉を睨みつけた。
「今、俺を病院に連れて行けば、望宮様に迷惑がかかる…。それだけは避けたいんだ。」
「でも…。」
「頼む。俺の話を聞いてくれ…。」
懸命に声を絞り出す。レイシアは救急隊を呼ぶために取り出したスマホを、ポケットにしまいこんだ。
「父さんを処刑し、俺を撃ったのは…」
咳き込み、吐血する。それでもウィルは喋り続けた。
「統宮だ。将来乗っとるつもりの希宮家の名前に傷を付けたくなかった奴は、父さんに費宮の財産を使い込んだ罪を着せ、処刑に追い込んだんだ。やっと証拠を掴んだのに、奴の部下に見つかって…。」
取り出した『証拠』には血糊がベッタリとついていて、殆ど読むことが出来なかった。ウィネが力なく笑う。
「これを使って奴を失脚させるつもりだったのに、最後にドジったな…。」
激しく咳き込み、血を吐き出した。
「姉ちゃん、今まで迷惑ばかりかけてごめん…。これが最後の頼みだ…。どうか、統宮を殺して俺と父さんの仇を…」
突然話が止まり、首がガックリと折れた。
「ウィネ!ウィネ!」
レイシアがゆすってもウィネはもう動かなかった。レイシアは血染めの証拠を拾うと、小屋を飛び出した。
「そんなことが…。」
望宮が初めてそのことを知ったのは、守宮追討令が出された日の夜だった。
「何故…リノだけに?」
「リノさんは、この家で唯一私の悩みを聞いてくれる人でしたから。」
リノは側室の中で飛び抜けて気さくな人で、レイシアだけでなく色んな人の話を親身に聞いてくれる人だった。
「ウィネは埋葬されたのか?」
「いえ…」
レイシアは首を振った。
「翌日、その小屋は火事で燃えました。死者はいなかった、とマスコミが…。」
死体を回収したのだ、と望宮は思った。秘密裏に身元を確認したかったのだろう。表沙汰になっていないということは、身元が分からなかったということだ。
「お前は、本当に義兄上を殺したいのか?」
「私にやらせてください。父と弟の無念を晴らすためなら、私は何だってします。絶対に望宮様に類は及ぼしません!」
「お前がその気なら任せる。しかし、やるからには確実な方法でいきたい。そして、出来ればグラーファごと葬らねばならん。」
3年前にメルの煌宮王都脱出作戦を読んだのも、政権を奪うまでのシナリオを描いたのも統宮の腹心であるグラーファであることは諜報機関の活躍で分かっていた。おそらくレイシアの弟の死体の回収にも、グラーファが関わっているのだろう。
「だが、それまでにお前は世界で一番嫌悪する奴に好きなように扱われるのだぞ。お前にその覚悟はあるのか?」
「女の執念を舐めないで下さい。父や弟の事を考えればそのくらい平気です!ただ…。」
レイシアは突然望宮に抱きついた。驚く望宮の唇に、そっと自分の唇を重ねる。
「その前に、私を奪って下さい。奴だけの女にはなりたくない。私の全てをここに置いていきたいんです。」
奴にだけは『初めて』を奪われたくない。望宮はそう理解した。服を脱がせ、全身を愛撫していく。
「お父さん…」
喘ぎ声の合間に思わず漏らしたその一言を、望宮は何故か忘れる事が出来なかった。
レイシアの手をギュッと握りしめたまま統宮が向かった先は、街の一角にある高級ホテルだった。
「いつもの部屋は空いてるか?最上階のスウィートルームだ。」
「はい。」
コンシェルジュはチラッとレイシアを見て、ニヤニヤ笑いながら鍵を渡す。ここに来た時点で覚悟は決めていたが、レイシアは少し気分が悪くなった。
用意された部屋はホテルの中でも最上級の部屋で、窓からは王都の夜景が煌々と輝いていた。
「綺麗…。」
まるで自分の人生最後の夜を王都を挙げて飾ってくれているかのようだ。少し感傷的になった次の瞬間、統宮の手がレイシアの胸を揉みしだいた。
「やめてっ…!」
覚悟していたはずなのに、思わず悲鳴が漏れる。
「今更何を。そのつもりでここまでついてきたんだろう?」
統宮の舌がゆっくりと首筋を這った。
「前の男の事なんて忘れさせてやるよ。今は俺のことだけ考えていろ。」
ドレスがはだけて胸を露わにさせられる自分が、窓に写し出される。これ以上壊されていく自分を見たくなくて、レイシアは目を瞑った。
地獄のような時間だった。世界一憎い人間に抱かれているのに、何故か身体は快感を覚えた。レイシアはひたすら望宮の事を頭の中で考え続けた。自分は今日もあの人に抱かれているんだー。望宮の言葉が頭の中に蘇る。
(出来ればグラーファごと葬らねばならん。)
望宮がくれた最新式の暗殺装置を使えば、いつでも統宮を暗殺する事は出来た。それをしないのは、今までお世話になってきた望宮に最後くらいは最大の恩返しをしたい、その一心だったからだ。
気づけば夜明け前になっていた。あんなに激しい夜だったのに、統宮は何事もなかったかのように身支度を始めた。
「今日からお前は私の側室だ。」
「もしかしてあなたは…。」
少しわざとらしくなっていないか、レイシアは不安だった。
「素顔を見せたのに分からんのか?私は蒼侯・統宮だ。」
「あ…。」
気づかれてはいないようだ。内心ホッとする。
「身の回りをまとめて、今日中に統宮邸に来るように。」
「お待ち下さい。」
レイシアは部屋を出て行こうとする統宮を呼び止めると、素早く衣服を身に付けた。
「先に部屋を見ても良いでしょうか?」
「何故?」
「覚悟を決めておきたいのです。逆風の中を歩くあなたに寄り添う覚悟を。」
断られた瞬間に殺すつもりでいたが、統宮は頷いた。
「いいだろう。」
そっとレイシアを抱き寄せる。レイシアはギュッと奥歯を噛みしめ、屈辱に耐えていた。
統宮邸の門は望宮邸よりは少し小さいが、それでも蒼侯に相応しい立派な門である。しかし、統宮はその正門から入らず、裏口から鍵を開けて入った。この辺りが二人の器の差なのだろう。レイシアはそう感じた。統宮邸に入ると、突然不気味な声がエントランスにこだました。
「ふぇふぇふぇふぇ…。」
間違いない。レイシアは確信した。望宮が言っていた、グラーファの特徴的な笑い声だ。
「こんな時に新しい女を連れ帰るとは、統宮様は豪胆ですなぁ…。」
「フフフ…。52とはいえ、まだまだこっちも元気だぞ。」
「しかしこの女、何処かで見た顔ですなぁ…。」
グラーファがレイシアの顔をマジマジと見つめる。次の瞬間、グラーファの顔が蒼白になった。
「お前、まさか奴の…。」
レイシアは一瞬ニヤリと笑った。
(お父さん、ウィル、今逢いにいくよー)
最後に望宮の事を想った。
(望宮様、今、この瞬間(とき)だけは、私のことを想っていてー)
レイシアの声がエントランスに響き渡る。次の瞬間レイシアの身体が爆発し、エントランスを粉々にした。
レイシアと統宮が出会ってから爆発までの一部始終を、望宮は例の腕時計型盗聴器で聞いていた。この爆弾は薬のカプセル程の大きさで体内に入りこむと、暗殺者の声の特定の音階−今回は『ド』の音に設定してあった−に反応して起爆し、部屋ごと破壊するという望宮家の革命的な開発によるもので、望宮の諜報機関では将来の暗殺手段を根本から覆すと言われていた。そんな爆弾を初めて使う相手が義兄になるとは…因果とは、つくづく不思議なものだと望宮は感じていた。
それにしても、まさか居酒屋が軒並み閉店していたのが望宮の指示によるもので、あの南国の居酒屋に入ること、朝帰りする時は常にグラーファがエントランスにいることを望宮の諜報機関によって読まれていたとは統宮は死ぬまで分からなかっただろう。爆発の直後、望宮は思わずポツリと呟いた。
「…レイシア。」
ギュッとリノを抱きしめる。同衾中に別の側室の名前を聞くのは初めてなのに、何故か嫉妬心は湧いてこなかった。代わりにリノは軽く口づけを交わした。
(今日だけは『レイシア』でいてあげたい…。)
それがリノに出来る唯一の『弔い』だった。夜が明け、柔らかな陽射しが二人を照らす。昨日の嵐がまるで嘘だったかのように、青空が王都を包んでいた。
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