第10話 1日目...10
明日の朝8時に今後の打ち合わせをすると約束してそれぞれの部屋へ。
色々なことが起こった一日──亮司は上着を脱いで吸い寄せられるようにベッドに向かった。横になろうとしたところでナビゲーターが待ったをかける。
『ちょいちょい。寝る前にまだやることがあります』
亮司は大げさにため息をついた。「明日じゃだめなのか? マジで疲れてる。頭の中身が全部泥になったみたいだ。というかあんた、段々口調が雑になってないか?」
『ミスター・フールに営業トークで接するのがアホらしくなったんですよ。今朝がた、後で説明するって言ったこと、覚えてます?』
亮司は自分のこめかみをもみほぐした。とにかくくたくたで、今朝のことがまるで何年も前の出来事のようにぼやけてうまく思い出せない。ベッドの上に座ってしまうとそのまま気を失いそうだったので壁に手をつく。
「あーっと……あれだろ、弾の購入の話をしたときになんか言ってたよな?」
『ピンポーン。はい、そしてここで朗報です。ミスターの現在の所持金をご確認ください。ステータス欄に表示されているはずです』
亮司はいやいやVRゴーグルをはめ直し、頭を左右に振りながら右手の人差し指で架空のコンソールを操作して金額を確認した。
眠気が吹っ飛ぶ。表示された数字には確かに見覚えがある。記載されているのは、自分の銀行への預金額。亮司が目を剥いたのは、その左に0が表示されていたからだった。
預金がカンマが二つめに届いている──10,383,791円。
「は? ちょっとまて……ひゃくまん、せんまん……1000万円? おい、なんだこれ。何が起こってるんだ?」
『ドネートですよ。ミスターの七転八倒する様がよほど面白かったようです』
ドネート。寄付──もっと有り体に言ってしまえば投げ銭。そんなことをするのは誰か。思い当たる可能性はひとつしかない。亮司は細く長い息を吐きながら壁によりかかった。
「なるほどね、観戦してる連中はこうやってプレイヤーに肩入れしてゲームに没入するってわけか」
『ああ、なんだ、気づいてたんですか』
「あれだけヒントを出しておいて何言ってんだ。気づかなかったらまたからかうつもりだったんだろ?」
不自然なほど多すぎるカメラ、やたらと派手な演出、ゲームの目玉とやらの参加者プロフィール、そして極めつけは高額な勝利報酬。
いったいどこの誰がそんなものを出す? 童話の幸福な王子のような人物か? Noだ。そんな聖人が殺し合いなどさせるわけがない。では、実はこのゲームは営利目的、研究目的で、何らかの先行投資として賞金が用意された? No。貧乏人に殺し合いをさせていったいどのような金儲けにつなげるのか、正直見当もつかない。
一番ありえそうな答え──財布の重量で背筋だけではなく性根まで捻じ曲がってしまった金持ち。彼らが普通では拝めない愉快なものを見るためこのにゲームを開催した。物のついでにプレイヤーを馬に見立てて賭けもやっているはずだ。ナビゲーターが過去にプレイヤー側に情報を漏らしてアンフェアだなんだのは恐らくそのことで、要するに賭けが不成立になったのだ。
『何か言いたいことがあるんじゃないんですか?』ナビゲーターが言った。
「なにが?」
『嫌いでしょう? そういう人種』
「嫌いかそうじゃないかで言えば嫌いだね。だからって何が言える?」
そんな連中から金を恵んでもらおうとしてる自分はいったいなんだ? 結論──ゴミクズ。それでも、いや、だからこそ譲れない一線がある。寄る辺を失くせば両の足で立つことすらできなくなってしまう。
『ここでわめき散らさないだけの分別があるのは私的にはポイント高いですよ。もうお分かりかと思いますが、そのお金でライフや弾、あるいは情報が購入できますし、ゲーム終了時に生存していた場合は残金がまるまる貴方の懐に入ってきます。それで、どうします?』
「いちいち試すのはやめろ。使うに決まってる」
まずは生き残らなければ話は始まらない。問題は何を買うか。1000万──ライフや弾に換算して1000。ライフはあればあるほど有利なのは当然として、弾も初期値の500は案外と心もとない。今日はたかだか1、2回しか撃つ機会がなかったというのに、残弾が50以上も減っていた。漫然と撃ち合いをすればすぐに底をつくに違いない。さらに、提示された選択肢はもうひとつ。
「なあ、情報っていうのは?」
『そのままの意味です。開示されたルールブック以外の情報、つまり地形や建物、あるいは人物の詳細ですね。ただし、答えを貰うには漠然とした問いではなく、明確な指定が必要です。例えばこういった感じに──この、SNSに《〝00014〟壊滅》の発言を残した【ID:@5BgwFi8j】についての情報が知りたい。外見、年齢、身長、体重、素性、スタート地点はどこで、現在地はどこか』
亮司は渋っ面で強がりを口にした。「あんなコメントに注目する奴がそういるか?」
『そういうこともあり得るといった例えですよ。外見や現在位置といったプレイヤーの生存に直結するような情報ほど高額に設定されていて、そうそう手が出るものじゃないみたいですね。特に、どのようなスキルを所持しているかについてはどうやっても買うことができないようになっています』
その理由は想像できる。それを許してしまうとアクシデントが発生する確率がぐっと下がってしまう、ということだろう。このゲームを運営している連中は本当にいい趣味をしている。
『使い道は決まりました?』
今の自分が必要とするもの──亮司は今日一日のことを振り返った。起きて、準備をして、雰囲気に流され、死にかけて、サイコパスに目をつけられた。その中でもっとも強烈に記憶に焼き付いた瞬間。もっとも後悔していること。
ニコルに銃を向けた瞬間、引き金を引けなかった。
何とか一日を生き延びることはできたが、肝心の撃破数は稼げておらず、先行きは暗い。一つだけはっきりしているのは、明日も今日のような心構えで挑むのは自殺行為だということだ。
亮司は自分の手を見つめた。あのとき、完全に先手を取っておきながら、攻撃することができなかった。絶対に、間違いなく、死んでしまった方が世のためになるような、死体漁りのキチガイ女相手ですら、撃つのを躊躇ってしまった。
殺す覚悟は、殺される覚悟とは全くの別物だった。自分の考えが浅はかだったことを痛感する。自らのどうしようもない愚図さ加減に打ちのめされる。それでも体中に染み付いた倫理観は容易に変えることができない。
いてもたってもいられない気分になって亮司は狭い部屋のなかを引っ越し直後の犬のようにうろついた。このまま寝て、朝が来て、それで何かが変わってくれるだろうか? 今日できなかったことが明日突然なんの前触れもなくできるようになるか?
「……決めた。情報を買う」
『どんな? あるいは、どなたの?』
「チェ・インホイ、エドガー・ノーマン、ホルヘ・フェルナンデス、デイビット・ジョンソン、アージュン・マキジャーニ、カリーナ・レーマン、彼らのプロフィールだ」
ヘッドセットから速いテンポで何かを叩く音がする──苛立ちの表現。
『また訳の分からないことを言い出しましたね? その方々は既に死んでいるプレイヤーですよ?』
「俺は、このゲームにもっとのめり込むための理由が欲しい。人殺しを厭わないでよくなるような……言い訳? 免罪符? なんて表現すれば正しいのかいいのか分からないんだが、とにかく、俺は自分のためにゲームに参加はしてみたが、どうもそれだけだとあと一歩が足りないように感じる。だから、自分以外からその理由を持って来たい。この言い方で伝わるか?」
『完全に意味不明です。って言いたいところなんですが、20%くらいは分からなくもないっすね。行動するための原動力を他人に求めるのは案外とよくある話ですから。つまりこうですね? ハイになりたい。ドラッグでもアルコールでもいいが、手元にはない。そうだ、多少なりとも交流のあった彼らの人となりを知って悲嘆にくれよう。ヒロイズムに浸ろう。それに報いることを生きる活力にしよう』
ナビゲーターが謳う。他人の口から聞かされると、自分のやろうとしていることの浅ましさがよりくっきりと浮き彫りになって、思わず反吐をまき散らしたくなる。
『そしたら、早速下に行って【ディスカウント】に切り替えましょう。今の金額で買えるのはよくて二人分くらいですし、節約できるのならばそれに越したことはありません』
【ディスカウント】──購入費用が30%免除されるスキル。「そりゃあ、この買い物のことだけを考えたらそうなんだろうが、【ハイディング】はかなり便利だし、使用の制限時間まではまだ12時間以上もある」
『人間、死んだらどうなると思います?』ナビゲーターが急ハンドルで話題を変える。
「なんだよ、いきなり」
『腐るんですよ。ここのような温暖な気候だと、特に臭いが酷いことになります。なので死亡したプレイヤーはインターバル中にスタッフによって片づけられてしまうんです』
「……なるほどな」
亮司はチェ・インホイの死体からスキルを獲りに勢いよく部屋を飛び出した。
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