第3話 打ち明ける

「……つまり……うちの娘と付き合いたい一心で、個人情報を覗き見しようとする男子生徒がいたと、こういうことですね?」

「まあ、そうなります。学校内での漏洩はないように対策を施しましたが、すでに印字した分もございまして、そちらを見た者がいるかどうかは不明です。特に川戸さんのところの情報が見られたという証拠はありませんが、パソコン上で見ようとする輩がいるくらいですから、その、念のためお気を付けくださいと。すでに実害と思しき出来事が起きているようでしたら、お知らせください」

「実害に心当たりはないですが……」

 男子生徒からすれば軽い気持ちからの、あるいは熱心さのあまりの行動かもしれないが、薄気味悪さを感じる。

「できれば、お嬢さんの口からきっぱり、誰とも付き合いませんみたいな宣言をされると効果があると思いますが、そこまで強制できませんし」

「あの、親が言うのも口幅ったいですが、真優は芯の強い子に育っていると思います。少なくとも、直にアプローチされたら曖昧な態度を取ることはないはずです。それに、何か特別なことがあれば、私か夫に確実に知らせてくれます」

「それならいいんです。脅されでもしない限り、ご両親への報告は大丈夫と」

 脅すというどぎつい表現がいきなり飛び出す。唯織はどきりとすると同時に、この先生は何を言い出すのだろうと感じた。すぐには言葉が出てこないでいると、相手は柔和な笑みを浮かべて、続けた。

「今、夫と言われましたが、確か現在は単身赴任をされていますよね?」

「え、ええ」

「それでもお嬢さんとのコミュニケーションは取れていると。なら、心配はありませんね」

 母子家庭のように見られていたのだろうか。だからといって心配をされるのは、ちょっと腑に落ちない気もするけれど、唯織は声に出しはしなかった。

「もう一つだけ。これが一番重要な用件なので、最後に回しました」

「何でしょうか」

「確認していただきたい物があります。スマートフォンに取り込んでおいた画像でして、ちょっと失礼」

 副担任は背広の内ポケットからスマホを取り出すと、慣れた手つきで操作した。

「これなんですが」

 唯織に向けられたスマホの画面には、本の表紙が大写しになっていた。

 題名は『桜井しずね写真集』。

 唯織は息を飲んだ。いや、一瞬止まったかもしれない。

 ゆっくりと視線を副担任の顔へとずらす。彼は言った。

「その様子だと、この写真集の存在を、前からご存知のようですね」

 唯織は答えずにいた。うつむきそうになるのを、努力してこらえる。

「僕が見た印象を述べますと、この表紙の女の子は川戸さん、あなたですね」

 質問を装った決めつけの口調だった。

「お嬢さんに非常によく似ている。なので、もしかしたらと考えたんです。撮影は何年前になります? 三十年? ヌード写真集って発行年月日が未記載の物が時々あるみたいなんですよ。何でだろう」

「……先生は」

「うん? 何でしょう?」

「先生は、その『桜井しずね写真集』をお持ちなんですか」

「いいえ。大昔、いとこからもらった本の中にあって、しばらく所持していましたが、法律が出来たので、処分しました。持っていたら僕を告発でもするつもりでしたか? 無理ですよ。僕は持ってないし、先ほど見せたような画像だって問題ない物しか保存していません」

「何の目的があってこんな」

「うーん、気になったからというのが最大の理由です。この美しい少女が現在、どう変化しているんだろうって。多分、こういう写真集を手にした男の半分程度は同じような感覚を持つと思いますよ」

 スマホの画面を指さしつつ、当たり前のように語る副担任の桐谷先生。柔らかな物腰が意図を見えにくくしている。ぞわぞわと足下から上がってくる恐怖を感じる。

「最大の理由と言うからには、他にも?」

「ええ、まあ。責任を取ってもらえたら嬉しいなと考えています」

「せ――責任?」

 意味を汲みかねて、オウム返ししかできない。

 桐谷先生はスマホを仕舞って、話を続けた。

「僕は今まで女の人と付き合った経験がありません。恋愛対象は女性なのに、一度もね。僕ってそんなに見栄えが悪いでしょうか」

「――いいえ。真面目で信頼できる先生に見えます」

 唯織の返答は、多分、普通の状態で聞かれても変わらなかっただろう。それほど桐谷副担任はまともな好青年に見えた。

「ですよねー。僕は子供の頃から結構勉強は出来たし、見た目も体育もまあ平均よりは上だと思っていました。冗談はあまり好きじゃないから、しゃべる話にはつまらないところがあったかもしれませんが、話題にするネタはいくつも持っている。そんな僕が異性ときちんとした付き合いができないままこうして大人になったのは、あの写真集のおかげだと、僕自身は考えた訳です」

 どういう理屈なのか、わずかだが見えた気がする。唯織は慎重に言葉を選ぼうと心掛けた。

「それはつまり……年下の異性にだけ愛情を向けるようになったということかしら」


 続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る