第4章その2 子供を雇った青年と新人の初仕事

と、こほんと言ったうえでいきなり真剣な顔をした。少しどきっとしてしまった。

「名前を教えたとばれて上司に怒られたので、今回は被害者の名前を伏せますね。とりあえず、Aさんとしましょう。被害者Aさんの殺害された状況写真はこれです。第一発見者がマニアなのか分かりませんが、どうも写真を撮っていたようで。」

なんとま惨い写真だ。恐ろしさのあまり吐きそうになった。

「まあ一番理解できないのは、この写真を警察宛に送ってきたって事ですけどね!全員で戦慄しましたよ。」

「これを、送りつけた、か。その方が大事件だな。」

「ですよね!……ただ、メッセージにこの写真を送ります。私がこの写真を撮りました、そして私がこの人を殺しました、とあったんですよ。そしてご丁寧に名前まで。貴さんには、この事件の犯人を捜してほしいんです。」

「近年まれに見る重い事件だな。」

「すみません、なかなか解決しない事件これしかなくて。もしかしたら、いやもしかしなくても悪い結末を迎える可能性があるものを持ってきてしまったのは反省しています。」

小さな嘆息が聞こえた。そして心の中で頭を抱えている事がその表情から目に見えて分かる。今までにない事件のタイプなのだろう。

「とにかく、この写真を送りつけた殺人事件の犯人を追いかけるとなれば、危険な事件だ。俺が片付けるしかなさそうだな。」

「……どうして、そう決めつけるんですか?」

「人が傷つくのを見るくらいなら、自分が傷つく未来の方がましだ。」

「それは、私から見れば所長が傷つく未来を見るくらいなら、私が傷ついた方がましとなります。そう読めば、私が担当しても問題はないと思いますが。」

「違う、そういう意味で俺は言って―――っ」

「そういう意味じゃないとしても、私は所長が傷つく未来を見たくありません!」

初めて、信頼できる人に出会えたから。ここでお別れなんて嫌だ。おろおろしながらも予想外の言葉に驚く顔の上にその本音を飾ることは出来なかった。ダメだ、見せちゃ。飾っては、ダメだ。

「じゃ、じゃあ一緒に事件を解決するっていうのはどうですか?」

予想外、いやそうすれば何もかも解決する策をどちらも思い浮かばなかったとは。第三者がいてくれて助かった。その言葉に所長もふむ、と少し落ち着きを取り戻したようだ。

「心配なら、最初から一緒に行けばいいんですよ、貴さん。自分を犠牲にしようとするあたり、やっぱり人付き合い苦手ですよね?」

「お前はいったん黙れ。最終的に決めるのは翔子だ。」

「わ、私が、決める。」

「そうだ。お前はどうしたい?俺はお前の意志を尊重する。」

聞いたことのない言葉だった。いや、少し馴染みのある言葉だった。お兄さんがよく言っていたような記憶がある。でも、自分の意志を問われるなど、初めてだ。なんと答えればよいのだろう。

「答えの選択肢は、一緒に来て欲しいか一人でやるか、だ。または俺に行くように頼む、でもいい。まあ、さっきの言葉から察するに最後の選択肢はなしかな。」

ネガティブを貼り付けたような顔がほんの少しだけ明るくなった。それに安心してしまったのだが、本心を見抜かれている事にやはり動揺を隠せないのも事実。私は、信頼していいと判断したが、この人は本当に信頼してもよい人間なのだろうか。……いや、それ以上に今は答えを出さなければ怪しまれる。

「わ、私は!」

「ん?」

「所長に、一緒に、来て欲しいです。」

一緒に来てくれたなら、傷つくのはお互いだ。どちらかの負担が重くはならない。一番の懸念材料はなくなる。だから、私は怪しんではいるものの離れたいとはどうしても思えなかった。

「なんか、仲いいですね。親子みたい。」

「おい誰が親だ、言ってみろ。俺はまだ26だ。」

親子、か。親子、私が知っている「親子」の形とはまるで異なるのに、どうしてあの人は私と所長の様子を見て親子、と例えたのだろうか。まあ考えても迷路が浮かぶだけなので、ほったらかす、というのは性に合わないのだが、とりあえずほったらかすことにする。まあ私はむしろ、二人の仲の良さの方が羨ましいのだが。

「あ、そうだ。肝心な事を忘れたまま去るところでした。犯人の名前お教えしますね。」

ケロっと今までのおちゃらけた雰囲気に戻ったと思えば、犯人の名前を一枚の写真にさらさらっと書いたものを所長に渡してさくっと帰ってしまった。私がいるから、長居をせずに帰ってしまったのだろうか、と心配になる。

「そんなんじゃないから安心しろ。あいつが来るのは休憩時間の間だけだ。」

「休憩時間?」

「ああ、仕事から離れられる時間だ、束の間だがな。」

「仕事から離れたいがために、ここにきたって事ですか?」

「まああいつの思考ならそういうことだ。仕事が嫌いだから、忘れるためにここにくる。まあ、似たり寄ったりな仕事だし、ここに来るべきじゃないと思うけどな。」

「似たり寄ったりな仕事?」

「ああ、一応刑事 だ。まあ、前線で活躍する課に所属する刑事ではないがな。」

「というと?」

「未解決事件を扱う課、だ。通称ごみ捨て課。誰からも見向きされない課であり、誰からも見向きされない事件を扱う課。誰もいないから、いや誰も頼れないから俺のもとに事件を持ってやってくる。」

「つまり、所長は仕事を押しつけられているだけでは?」

「……目をつぶっておくべき事実も、大人の世界にはあるということだ。それに事件をもらえないと俺が生きられない。」

「今さらっと本音が見えたような。」

「……目をつぶっておくべき事実も、大人の世界にはあるということだ。」

「ごまかさないでください。」

「とにかく、だ。俺が食っていくためにはあいつが持ちこむ事件を解決する必要がある。そのおかげでこの探偵事務所を存続できている、と言っても過言ではない。あいつが未解決事件を扱う部署に放り投げられている限り、俺は人並みの生活が出来る。」

少しばかり彼に感謝をするように、所長はそう述べた。

「人並みの生活?」

「一日三食ご飯が食べられる、睡眠時間を確保できる、そして極めつきは」

「極めつきは?」

「世界の色を知ることが出来る、という事だ。」

「世界の色を、知ることが出来る。」

「そうだ。お前にとっては当たり前の事実に聞こえないかもしれないが、この世界では様々な色を毎日吸収できることは当たり前の幸せだ。当たり前であり、幸せ。」

「矛盾しているような気がしますけど。」

「矛盾しているかもしれないが、いや矛盾しているように見えるだけでもいい感性を持っている、と言ってもいい。たいていの世界の色を見ることに慣れた人間は、これを当たり前だと呟くが決して幸せだとは呟かない。とすると、」

「とすると?」

「お前が、翔子が育ってきた環境を鑑みたとしても、その感性は、誇るべきものだということだ。」

「感性を、誇るべき。」

「まあとにかく、誇るという意味が分からずとも自分の個性と思っておけば、今はそれでいい。」

個性、確かにそう所長は口にした。この人は、いやこの人も私の個性を矯正しようとするのだろうか。私が見てきた人間は、そういう存在だ。

―――――――――ぽんっ。

ぽん、ぽん、ぽん。

「痛い、です。」

ぽん、ぽん、ぽん。

「痛い。」

わしゃわしゃわしゃ。

「髪の毛ちぎれるっ。」

「ふっ、やっと痛い以外の言葉を言ったな。」

わしゃわしゃわしゃ。

「な、何で続けるんですか。」

「とりあえず楽しいからだ。」

「理由になっていませんよ。」

「付け加えるとするなら、」

「するなら?」

「お前が余計な事に気を取られて、元の考え事を忘れるためだ。」

「元の、考え事?」

意外な言葉を聞いたせいか、素っ頓狂な声を出してしまった。

「誇るという意味が分からずとも自分の個性と思っておけば、今はそれでいい。」

「…………」

「それを、お前は俺がその個性を潰すかもしれない、と考えた。その理由は明確だ、そんな大人しか見たことがない。」

「っ」

「図星、か。顔に出やすいのを自覚すべきだな、翔子は。」

「か、顔に出やすい人間じゃないです。」

もう、顔に出やすい人間じゃない。はず、いやそう信じているだけなのかもしれない。感情を表に出さないよう練習させられたから。

「顔に出やすいのは子供らしくて可愛いし、そのままでいた方がいい。」

「顔に出やすくないです。」

「頑なだな。まあいい、この話に時間を割く暇はない。ターゲットの家にいくぞ、準備しろよ。」

「準備、と言うと?」

「ほら、コート着たり髪型整えたり、だよ。女子っていうのは、どうも外出前に身だしなみを整えるものらしいしな。大人になればメイクもしないといけないし、忙しいみたいだぞ。」

「それは、生きていける気がしないです。」

「ま、これはただの受け売りだが、身だしなみは性別関係なく整えるものだ。人に合うんだから、そこはちゃんとしておけ。第一印象は重要だ。」

言われた通りに私は身だしなみを整える。外出前に自分の装いをチェックするなど、初めての経験でドキドキしてしまう。これでいいのだろうか?もっとちゃんとする必要があるのではないか?そんな事ばかりを考えてしまってなかなか身だしなみは進まない。そのせいか、外に出た時には所長は怒っていた。怒った顔をしながらも、身だしなみを整えている間ずっと「おいまだか翔子」なんて怒鳴り声を上げずに待っていてくれたのは素直に喜んでよい所なのだろうか。もしかして、喜べば怒られるのだろうか。

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