第15話

 正直鉄心大叔父様の言葉はショックでした。

 龍騎様が私を嫌っている、もしくは何とも思っていないとは、全く考えていませんでした。

 命懸けで助けてくださったことで、好いて下さっていると思い込んでいました。

 でも龍騎様は心優しく正義感の強い漢なのです。

 相手が好みではない女でも、困っている婦女子を見捨てる方ではないのです。


 一瞬目の前が真っ暗になり、倒れそうになりました。

 でも、ここで倒れる訳にはいかないと、必死で踏み止まりました。

 ここで倒れてしまったら、龍騎様への想いが片想いだと認める事になります。

 龍騎様の心を確かめた事がないので、片想いかもしれませんが、両想いと言う可能性もあるのです。


「信じられないのでしたら、今から私が龍騎様を連れに行きます」


「身勝手な事を言うのではない!

 龍騎は欧州に行く準備で忙しいのだ。

 急に呼び出す事など許されん。

 手紙を書いて予定を確認しろ」


「はい、父上様」


 私は正直な想いを手紙につづりました。

 切々と思いの丈を書きました。

 上手い文章ではありませんが、思い込めて書きました。

 郵便局に出す事も考えましたが、手紙だけでは誤解が生じる可能性があります。

 龍蔵様と楓殿に、陸軍騎兵実施学校まで直接届けていただきました。


 龍蔵様は分かりませんが、楓殿は私の事を応援してくれています。

 同級生で先生でもある楓殿は、私の想いを以前から理解してくださっています。

 私の想いを知っているので、龍騎様の話をよく聞かせてくれました。

 あからさまにならない程度に、龍騎様と私が仲良くなれるように気を遣ってくださいました。

 楓殿なら、手紙以上に上手く私の想いを龍騎様に伝えてくれると信じています。


 ですがそれでも、御返事が来るまでの間は不安で仕方がありませんでした。

 嫌われていたらどうしよう。

 路傍の石のように、なんとも思われていなかったら哀し過ぎる。

 そんな恐怖で夜もろくに眠れませんでした。

 私の想いが龍騎様に届くように、先祖の霊と神仏に祈りました。

 私と龍騎様の縁を結んでくださいと!


 私の想いは龍騎様に届きました。

 幼心に思いをよせた、純粋な初恋が叶ったのです。

 龍騎様が私の事を想っていてくださるのなら、例え欧州という遠い異国に赴かれ、離れ離れになるとも、待つ事ができます。

 婚約していれば、龍騎様が約束を破られる事などありません。


 私は欧州に赴かれる龍騎様の為に「千人結び」を作りました。

 千人の女性に、赤い糸で晒に一人一針ずつ縫って結び目をつくってもらうのです。

 短い時間しか残されていませんでしたが、「千里を行き、千里を帰る」と言われる虎の刺繍もしました。

 母上様や百合様、花殿と楓殿、一族一門の女性が皆協力してくれたので、何とか龍騎様が欧州に出発される日までに完成させる事ができました。

 

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