第2章櫻井龍騎視点

櫻井龍騎1

 俺は極貧家庭に生まれた。

 元々は会津藩の武士の家系だったそうだが、腐れ官軍のせいで全てを失った。

 官職に就こうにも、未だに色々と差別されてしまう。

 それに比べ、蛤御門で御所に砲撃した不忠者達が、今は勝者として栄耀栄華を極めている。


 先帝陛下を毒殺し、今上陛下を騙している腐れ外道共が!

 奴らの所為で、誇り高き祖父と祖母は、極貧の中で死んでいった。

 父と母も、日雇い仕事をしながら、誇りを失わず俺達兄弟姉妹を育ててくれた。

 俺も誇りを失いたくはないが、妹達を遊郭に落とすのだけは嫌だった。

 だから、臥薪嘗胆の思いで、陸軍に志願する事にした。


 家計を助けるために、ろくに尋常小学校も行けなかった。

 学校に行くよりも工場で日銭を稼ぐ方が多かった。

 食べる事が優先で、文房具も買って貰えなかった

 だが祖父母や父母からの口伝で、精一杯勉学には励んだ。


 弟妹達と同じで、一番幼い頃はマッチ工場で働いた。

 しばらくすると給金次第で煙草工場で働くようになった。

 力が強くなると、ガラス工場や鉄工場でも働いた。

 それが今の頑強な身体を作ったとも言える。


 陸軍に志願する少し前には、会津の同胞から助けを受けて、何とか使い古した教科書を借りる事はできた。

 十七歳で陸軍に志願した俺は、信じられない事に騎兵隊の選抜された。

 一期五ケ月、二期約一ケ月半、三期一ケ月半、四期三ケ月、五期一ケ月、六期一ケ月の約一年を真面目に訓練に励んだ。

 

 一期終了後に上等兵候補者に選ばれ、早朝や夕食後など、通常演習時間外と言う厳しい条件で特別教育を受けた。

 二期終了後直ぐに一等兵になった。

 三期が始まる時には、上等兵候補者一等兵として、演習と演習外勉強に励んだ。


 食事は家にいる時よりもいいモノが食べれれた。

 朝食は米麦混りの飯に味噌汁・煮物・漬物。

 昼食は朝食より若干よく、肉類が多かったが、その分味噌汁はなかった。

 夕食は昼食と同等だが、夕食が一番質も量もよく、豚肉か鶏肉が必ず一日一回供されて、大根漬けは毎食ついていた。


 休日の昼食にはパンと小豆甘汁。

 土曜日の昼食には時々もち米にぜんざいが出た。

 別々に入れて、おはぎのようにして食べる事もあった。

 滅多に甘味が食べられない、父母弟妹に食べさせてやりたいと、切実に思った。

 厳しい演習と勉強で常に空腹だったが、古参兵の中には、箸をつけずに残飯として分けてくれるような優しい人もいた。


 そのまま二年目も騎兵第十三連隊で訓練と勉強に励むのだと思っていた。

 ところが、上等兵に進級した上に、第一近衛騎兵連隊に転属となった。

 騎兵第十三連隊は、平時は近衛師団に属する騎兵第1旅団の麾下ではあるが、決して近衛兵ではない。


 会津士族出身で、賊軍と陰口を叩かれている俺が、近衛騎兵連隊に配属されるなど信じられなかった。

 

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