友情とスケート

@mk315

空も地面も、黄金と灰色の二色だった頃

はああ…。どうして寝たふりしなきゃいけないんだよ、と苛立ちながら布団にしたマフラーから体がはみ出ないように手足を縮こめていた。私の元ルームメイトは旅行から帰ってきたばかりで部屋に空港で買いすぎた化粧品だの友達へのお土産だの、紙袋を散らかしたまま私の隣ですやすやと眠っていた。人をばかにしやがって。私がどんな思いでここまで来たかなんて知るわけもないんだ。


4か月ぶりにここに戻ってきた。半年の留学を終え、元カレや彼女を含めた大事な人を残して私は帰国した。帰国後も、ずっとこの地に再び戻ってくることを夢に見て、やっと、それが叶った。休日を狙って、大好きな人に会いに来ていたのだ。彼女とは半年間の留学生活を共にした仲であり、私にとってはかけがえのないルームメイトであった。彼女に会う前、私は少しばかり緊張していた。


彼女との再会は私が想像していたような感動的なものではなかった。会うなり疲れた疲れたといってマフラーやコートを地べたに脱ぎ散らかしていく。

「さっき帰ったばっかりなんだ。もうねえ、横のおじさんが臭くって、バスの中でずっと気分悪かったんだよー。昨日も空港泊したからさ、一睡もしてないんだよね」

私の鼓動は静かに、重く、速さを増していった。

私は彼女のために用意していたお土産に目をやり、小さくばれないようにため息をついた。本当はこのため息だって届いてほしかった。

再会してわずか3分で、想いを込めた魔法が解けていくのを感じた。私は仕方なく「おつかれさま。たいへんだったねえ。」と彼女をねぎらい、その魔法の解けたお土産を彼女に手渡した。

「地元では有名なお菓子なんだよ」

もっと伝えたいことがあっただろうに、言葉にならなかった。真っ白になりながら出た言葉がこれだった。秋風が窓の隙間から入りこんだ、気がした。



どんなに信じたい美しい時間にも必ず終わりが来る。

私は彼女と歩いたバラの夕方を思い出していた。夕方の暗闇の中、街灯が照らすバラは、その色に、本来よりももっと深く美しさを隠しもっていた。ああ、美しかったなあ。思い返せば、彼女と私はいろんな美しい時間を共に過ごしてきた。彼女は自分の写真を撮ってもらうのが大好きで、二人で出掛けると私はいつでもカメラマンになった。カメラを向けると私のリップを塗る。私は彼女の笑顔が大好きだった。彼女は私と話すとき、上機嫌なことが多かった。しかしいつだって上の空だった。いつからか私はそんな風に思うようになっていた。


私はゆっくりと目を開け、何度か瞬きして「本当に久しぶりだねえ」と仕切りなおした。それから何となく言葉を交わした。もともとすぐに二人で出掛けるつもりだったが疲れているから一眠りしてからにしようということになり、私は眠らなければならなくなった。30分経っても眠れなかった。どうして眠らなければならないのか、飲み込めなかった。本当に楽しみにしてたんだよ、こんなに近くまで来たんだよ、そばにいるんだよ、思いが滲んでくる。

こんな時間、はやく消えてしまえばいいのに。私は無理やり目を瞑った。


窓の外は黄金に光り輝いている。

会うんじゃなかった。

私たちはどうせこんなものだっていうことをわざわざ、こんな日に噛みしめるくらいなら…。消えてしまえ、消えてしまえ、こんな時間。分かっていたんだ。私たちが、いや私が上手くいかないということくらい。少なくとも、上の空だなんて思うようになったときからは。


それでもイチョウの季節になると私はすべて忘れて、やはり美しい時間しか思い出せないようになっていた。だからこそこうやって彼女にあいにきたのだし、黄金のなかで輝く彼女の笑顔を描き出し、カメラだって持ってきたのだ。しかしやはりすれ違ってしまった。窓からの日差しが「早くしないと日が暮れちゃうよ」と言っているようだった。焦りと苛立ちで眠れなかった。消えろよ、消えてしまえよ、こんな時間。


外では黄金のイチョウが「君たちはどうして家の中にこもってるんだい?」と揺れていた。

私はたまらなくなって、そっとケータイを開いた。メッセージが来ていた。


「授業でスケートをしてるんだ。見せたいんだけど、来る?」


友達、いや元カレだった。


視界に黄金が広がった。私の心はすでに黄金の世界の中だった!

「今すぐ行く。10分後には行くから。」

私はそっとベットから飛び出した。


グラウンドまでの道をたくさんのイチョウの葉を踏み散らかしながら一生懸命走った。

ごめん、ごめん、ごめん。

友情なんてこんなもんなんだ。

ごめん、ごめん、ごめん。

もしも世界が平等にできているのなら、私は、彼女を見捨てるべきだと思った。起きた時、私がいないことに気が付いたらどんな気持ちになるのだろう。

ごめん、ごめん、ごめんよ。


黄金の中で私は飛びまわった。


さようなら、さようなら、さようなら。

グラウンドの奥のフェンスと鉄棒のところにひとつ影があった。彼はひとりでスケート靴を履いて待っていた。

さっき授業終わったんだ。と笑う友の顔と黄金のイチョウの季節がいつまでもゆらめいている。

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