遡源
「あ、エイジャ! ニキビ出来てるやん!」
「え? あー……最近食べ過ぎだったかなぁ?」
「
お祭り以降、探偵事務所の財務は一時的に持ち直しており、エイジャもお腹いっぱい食べられる毎日が続いていた。嬉しい悲鳴がエイジャの吹き出物となって現れていたのだ。
タキシードが慌てて彼女の肩に乗り、ぞりぞりと患部を舐める。するとエイジャの足元から目に見えないほど小さな七色に光る粒子が無数に立ち上り、彼女の身体を這い上がってまとわり付いた。光がすぐに頬の赤い出来物に集束していくと、ほどなくして赤みは引いて、元の張りのある滑らかな肌が光の下から姿を現した。
エイジャが
「……いつ見ても不思議な
タキシードは、自分のこの力の正体を知らない。だから、この不思議パワーがなんなのかと聞かれても答えられなかった。
力の適性は〈マスタリー〉と呼ばれている。そして才能に応じて、いくつのマスタリーを習熟できるのかが、生まれつき決まっている。一般には、ひとつのマスタリーを習熟でき、それを〈シングレット〉と呼ぶ。大抵の人間は武器を扱うマスタリーを修める。エイジャも〈スピア・マスタリー〉を習熟している。
ふたつのマスタリーを同時に収められる才能を持つ場合、それは〈ダブレット〉と呼ばれ、これは数は少ないものの、そこそこ存在する。エイジャがダブレットだった。
そして三つ――〈トリプレット〉となると、これはもうほとんど存在しない。トリプレットは天才と言わざるを得ないほどの希少な才能だった。
〈クワドラント〉――四つという、観測されている限り最多のマスタリーを習熟できる存在は、もはやおとぎ話の中の存在であり、そして、タキシードはクワドラントだ。これにはタキシードが
スフィンクスの
過去に何度も、その力はなんなのかとイノライダーに聞かれているのだが、タキシードにも分からないものをどう説明すればいいのか。イノライダーはタキシードが隠していると思っているが、完全に
ただ、ひとつ確かなことは、この癒やしの力が前代未聞だということ。怪我を直接的に癒せるマスタリーは存在しないというのが一般的な理解であって、この力が広く知れるとタキシードの立場は極めて危うくなる。具体的に言うと、間違いなく騎士団に追われる。
タキシードは彼女が欲しいし、そのために人型になることを人生の目標としているが、それはその先にある恋愛だの、恋の駆け引きだの、人型同士の生殖行為だのに憧れがあるからであって、そういった一切合切を
騎士団に捕まるのだけは、避けねばならなかった。
イノライダーには硬く口止めしてあるので平気だと思うが、タキシードはこの正体不明の不思議パワーを、人前では可能な限り使わないようにしている。
そんなことをしながらベリーヒルを下った三人と一匹は、事情を聞くために警察に届け出た家を訪れた。そこは
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