男の影
家出少女の父は厳しそうな男に見えた。
応接室に通された二人と一匹はそこでこの家の家主であるステファンに話を聞いているところだった。タキシードは一人で別行動。家の中を探っている。それでもタキシードの耳に掛かればエイジャ達の会話は筒抜けだ。
「はい、ええ……そうですか」
「まったく、家出などと……あの子は一体何を考えているのか――」
そう言ったステファンの声音には、隠しきれない不安が小さな震えとなって含まれていた。
話を聞いているのはエイジャだ。イノライダーは、自分は第一印象が悪く話も苦手だからと、警察であることを名乗った後はエイジャにバトンタッチして隣で頷いているだけだった。正しい自己分析ではあるが、どうにも頼りない警察だった。普段から他人と接触する機会が少ないせいかも知れない。これが万年窓際族の悲しい末路なのか。
ステファンの娘、家出少女マリーがいなくなったのは二日前。夜になってもマリーが家に帰らず、ステファンは気を揉んで待ったのだが、ついには深夜になっても戻らなかったため、一人で夜通し捜索にも出たようだった。しかし朝に家に戻ってみると置き手紙が置いてあり、そこには家にはもう戻らない。心配しなくて良い。探さないで欲しい。という
(不自然すぎるやろ)
当然、ステファンもおかしく思い、警察に届け出たと言うわけだ。つまり、これは家出と誘拐を同時に視野に入れた事件ということになる。
エイジャはその他にも娘マリーの普段の行動などの聴取を続けた。ステファンが
「家の中は、おかしなところはなかったわ」
タキシードもその置き手紙の匂いを嗅いだところ、すぐに違和感に気が付いた。
「――んん?」
「何か分かった、兄ぃ?」
エイジャがタキシードの顔を覗き込んだ。
「おお、なんか似つかわしくない匂いがするな」
酸っぱいにおいと垢の匂いが混じった、
「野郎臭いわ」
「やっぱり……誘拐ッスかね?」
イノライダーは追跡のためにレストレイドに娘マリーの肌着を嗅がせているところだった。
「ふーむ? どうかな……」
「駆け落ちかな?」
その通り。エイジャが言うように、ここはバミューダ。油断はできない。好きな男と駆け落ちするという奔放な女も結構いる。
「それも……わからんな。少なくとも、女一人で書いた手紙でないことは確かそうや」
一応、嫌々ながらも、レストレイドの脇腹に頭突きして彼の考えも聞いてみたが、ほぼタキシードと同意見の様子だった。一点付け加えるのであれば、この家の玄関には手紙に付いた匂いと同じ匂いが残っており、その手紙を置きに来たのは娘マリーではなくてその男の方ではないか、とレストレイドは考えたようだ。タキシードの鼻ではそこまでは嗅ぎ取れなかった。
「――やって」
「さすがレストレイドっす! 猫なんて目じゃねーッスよ!」
「すごい! レストレイド、おりこうだねっ!」
「……ワシ、もう帰ってええかな?」
タキシードの
ふと、エイジャが胸元のタキシードに向かって話しかける。
「やっぱり……二手に分かれて探したほうが早いかな?」
「いや、二日前だと、もうワシの鼻では無理や。餅は餅屋、やで」
レストレイドが地面をクンクン。追跡を開始した。追うのは娘マリーの匂いではない。手紙に付いていた男の方の匂いだ。
人さらいにしては目的が見えない。大抵は身代金だが、そういった要求はなかったようだ。いたずら目的なら、わざわざ置き手紙を置くような偽装工作をする理由が不明だ。
駆け落ちの可能性を考えてみても、なんで男の方が手紙を置きにきたのか。
タキシードがエイジャに抱かれて思考を巡らせていると、やがてレストレイドの足は郊外に向かって進み始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます