閑古鳥仲間

「で? イノライダー、依頼ってどんな話なん?」


「家出少女の捜索ッス」


「やっぱり殺人ぜんぜん関係ないやん」


 タキシードのツッコミに、再びイノライダーはぐうと音を上げて俯いた――思えば、彼女も自分も閑古鳥を飼う閑古鳥仲間。やや哀れみに胸を掴まれたタキシードは嘆息と共にやるせない気持ちを吐き出した。


「はぁ……そんで、なんぼ出す?」


「……これくらいでどうッスか?」


 イノライダーは不吉な笑みを浮かべながら指を三本立てて見せた。鉄貨三枚。珍しくまぁまぁな額だ。この提示額はイノライダーの切羽せっぱ詰り度を示している。それなりに緊急ということだろう。


 タキシードにとって、曲がりなりにもイノライダーは公権力に対する貴重なパイプだった。特に仕事もない現状で貸しを作っておくことにやぶさかではないのだが――。


「……実はな、今は金には困っとらんのや」


 そのタキシードのひと言に、好きな人に好きな人がいた、みたいな顔になったイノライダー。


「……ええっ! うそ⁉ それは嘘ッスよ! あの万年赤字探偵がそんな台詞吐けるわけないッス! ……だって、自分見たッスよ! あまりのひもじさに、夜の街で存分に猫っぽい仕草を見せつけて、可愛いおねーさん達をメロメロにして食事のおこぼれをもらっている、いつぞやの所長の姿を‼ 自分の耳には、あの時の所長の猫なで声がしっかりと焼き付いているッス‼」


「そんな事……っ⁉」


 ――していたかも知れない。


 慌てて話題を切り替えにいくタキシード。


「そ、そもそも、そんなんは犬畜生ちくしょうにやらせといたらええねん」


「犬畜生って……なんか犬に恨みでもあるんッスか?」


「ないけど? でも目につくと腹立つもんや。特に警察犬は好かん。あのすかした態度がムカつく」


「はぁ……。レストレイドは優秀ッス。もちろん追えるッスけど、緊急性もあるッスから。それより所長の獣脈じゅうみゃくを使わせてもらった方が早いかな、と。へへへ……」


 タキシードは南バミューダの獣たちを秘かに仕切っている。彼らの協力を仰げば、人や物の捜索に関しては警察組織を上回る調査力を発揮できる事を、イノライダーは知っているのだ。


「……この前、連中を動員したばっかしやから、しばらくはできん」


「……はっ?」


 イノライダーの表情が再び信じられない物を見た風になった。


「ど、どういうことッスか⁉」


「あんまりしょっちゅう招集してもな……あいつら直情的やから、反発すんねん。ワシがえばり散らしてるっちゅーてな」


 しょせん獣だ。理性よりも本能で動いている。すなわち、どっちが上かだ。その時ふと、イノライダーが発した蚊の鳴くように小さな悪態を、タキシードの素晴らしい耳が捉えた。


「……ちっ、役に立たねー猫カスが……」


「なんやとっ!」


「あ、すまないッスね。つい心の声が……さすが所長さんッスね~。今のを聞き取るなんて~。へへへっ……よっ、名探偵! バミューダいちの憎い猫! ……じゃなくてスフィンクスっ!」


「もう知らん。自分らだけでやれ」


 なり振り構わず太鼓を持ち始めたイノライダーに向かって、タキシードは冷たく言い放った。


「そんなこと言わずに! しょちょー、しょちょーってば!」


「兄ぃ、話は終わった?」


 イノライダーがローテーブルを回り込んでタキシードにすがり付いてきた、ちょうどその時、エイジャがレストレイドを伴って事務所に戻ってきた。


「おお、悪徳警官さまのお帰りや。エイジャ、お見送りして塩まいといて」


「で、でもでも! ちょっと緊急性の高い案件ではあるんッスよ! レストレイドだけじゃなくて手伝ってもらった方が、安全に女の子を保護できるわけでっ!」


「あれ、兄ぃ。依頼受けないの?」


「エイジャちゃんっ! 助けてッス‼」


 イノライダーが次にエイジャに泣きついた。レストレイドが若干呆れ顔になって彼女を見つめ、そんなレストレイドに向かってタキシードがガンを飛ばす。


 結局、エイジャの沙汰さたによりタキシードが折れ、二人は鉄貨三枚で家出少女の捜索を手伝うことになった。

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