礼服猫はキューピッド

 ラフラン家の住所は聞いており、それはシド家の近所だった。


 途中シドの話を聞き、考えを巡らせながら歩いているとすぐにラフランの家の前についた。ラフランの家は立派な三階建てで、玄関ドアもなんだか重厚でお洒落だった。最近だと甲冑女アメリの家を彷彿ほうふつとさせる――あの戦闘狂ウォーモンガー、元気かな?


 シドとアメリは近所の知り合いで、普段あまり話す機会もなかったらしいが、まったくの他人というわけでもない、そんな間柄らしかった。


「――そしたらな、悪いんやけどノックしてくれへん? ワシ、手が柔らかくてノックできんのや」


「あ、でも……はい」


 シドが観念したように背伸びしてドアノッカーを数回叩くと、しばらくして家の中からトタトタ歩く音がしてきた。タキシードはその足音で次にドアをあけるであろう人物を特定した。


「――今からラフラン本人が出てくるから、ぼうずがその人形渡しや」


 シドはラベンダー香る藁人形ストローベイブを抱えていた。困ったような、緊張したような面持ちでいるシドに向かってタキシードが声をかける。


「その藁人形ストローベイブは、ぼうずが見つけたことにして渡したらええよ。そうしたらええ」


「え、でも、僕……」


「ええねん、ええねん。実際、そうやしな」


 ガチャリと音がして、ドアが開いた。


「――あ」


 まずシドの顔を見てラフランが驚き、次いで足元のタキシードと目が合ってもう一度驚いた。


「ラフラン、見つけたで。そら――」


「あ、あの。これ……」


 タキシードの目配せに押され、シドがおずおずと藁人形ストローベイブを差し出す。それを受け取って笑顔になったラフラン。それほど驚いた様子でもない。タキシードの目には、笑顔を、作ったようにも見えた。


「ラフランちゃん……僕、昨日渡そうと思って、でも……ごめんね」


「シドが、見つけてくれたの?」


 シドがちらりとタキシードを見てから、頷いた。


「――ありがとう!」


 ラフランがそう言ってシドを抱きしめ、家の奥からラフランの両親も出てきたところで、タキシードはこっそり街の方に去った。


 シドは、藁人形ストローベイブをネコババしたわけではない。昨日の内に返したかったのだが、シャイすぎてタイミングをいっしただけだ。タキシードが声をかけた時、シドが木の陰からラフランを見ていたのを確認している。


 だが妙だ。タキシードはに落ちなかった。


 お祭りに行くのに、わざわざそんなに大事な人形をラフランが持ち出した事自体が変だし、あんなもの、一体どのタイミングで落とすのか。


 聞けば、シドは事前にラフランにお祭りに誘われていたそうだ。シドが待ち合わせ時刻に、待ち合わせ場所に行くと、そこにラフランはいなかった。代わりに藁人形ストローベイブだけが落ちていたということだ。そこで返そうと思ってベリーヒルを探していたところ、ラフランが不安そうにキョロキョロ周囲を探し、両親も併せて何やら不穏な感じだったので、人見知りのシドは出て行きづらくなったのだ。


 ――ラフランが仕掛けた罠だ。


 シドに人形を持って来させ、彼をラフランの窮地を救ったヒーローに仕立て上げて、両親の覚えを良くさせる。家柄の差を、早いうちから埋めにいく腹づもりだったのだろう。ラフランが夜に泣いていたのは藁人形ストローベイブを無くした事が理由では無い。シドが結局人形を持ってきてくれなかったことが原因に違いない。末恐ろしいことだが、ラフランは獰猛どうもうにシドを狙っている。


 ――に恐ろしきはバミューダの女達。生まれた時からピンク脳なのか。


 特にラフランのやり口は、今までタキシードが見てきた恋の駆け引きの中でも手が込んでいて、ちょっとサイコ感ある。


 もし自分が人型になれたとしても、バミューダで彼女スケは探さない。どこか遠いところ――そうだ、タイニースプリングに行こう。そう心に誓った探偵タキシード、渾身の推理だ。


 そんな話を、エイジャにお披露目聞かせたタキシード。


「――てなことやねん」


「――さっすが兄ぃ! 二人のキューピッドになったね」


「きゅーぴっど? なんやそれ」


 きょとんとするタキシードの鼻を、エイジャが人差し指でグイグイ押す。


「知らないの? 昔、片想いする男女の胸を、空から撃ち抜いて急かす赤ちゃんの一族がいたんだって」


「え……こわ。死んでしまうやん。しかも赤ちゃんが? なにのその不気味な連中……。シンプルに迷惑なんやけど……」


 キューピッドなる理不尽な話におののくタキシードを、エイジャがくつくつ笑いながら後ろから抱え、彼の後頭部の和毛にこげに鼻を埋めた。エイジャはそのまま事務所の玄関に向かう。夕飯を食べに行くようだ。お祭りの大商おおあきないのおかげで、しばらく二人のふところはホクホクだ。


「――今日の兄ぃは好き!」


「……おうよ」


 タキシードのふさふさの頭をフンスフンスと嗅ぐエイジャに、ぶすっとして見せるも満更まんざらでもないタキシードだったが、この後、新世界のセッティングを完全に忘れていたことを、エイジャにめちゃくちゃ糾弾きゅうだんされるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る