アメシスト通りの乱行

 息づかいが怪しいアメリと、剣呑な男達との間に一陣の風が立った。


「ああー、ああー……ちょいまち。にーちゃん達、一応このねーちゃんと合意の上でどつきあったんやろ、そしたらこれはただの逆恨みやで」


「……ああ? 連れがいるのか……おい、どこのどいつか知らねぇが出てこい!」


「隠れてへんし、ずっと自分らの前におるよ」


 アメリの足元からタキシードが前に出た――が、先頭できょろきょろしている男の視線は定まらない。あれがリーダー的な存在なのだろうか。


「おーい。ここや、ここ」


 タキシードがそう言いつつ、軽やかにアメリの身体を駆け上り、その肩に乗った。


「……猫?」


「ああ、もう、猫でええけど……喋る猫や」


「おぉ……し、しゃべんのかよ」


 リーダーが顔を引き攣らせ、その周囲でざわめきが起こった。


「――喋るで。おまけに記憶力も抜群やっ! にーちゃん達、もいっかい言うけど、このねーちゃんに逆恨みで襲い掛かるなら、ワシが警邏サツ呼んでくるし、自分らの顔も覚えたから全員分証言するでっ!」


 ズビシッ! アメリの肩の上でタキシードは猫の手を突きつけた。


「ち、ちょっとまて! ……お前はなんなんだ、その女と何の関係がある⁉」


「そこはあんまり気にしたらあかん。どっちかっていうたら、やっぱりこのねーちゃんの味方しようかなって思った程度や……しかし情けないやっちゃな自分ら。女一人を集団で襲うのはゲスの極みやろ」


「なっ……うるせーっ! それを言ったらな、その女……滅茶苦茶強いくせに、自分の力を隠してふっかけてきて、しかも、よーいどんも無くいきなり殴りかかって片っ端から金巻き上げていった詐欺師だぞ! たち悪すぎなんだよっ‼」


 ――確かに。


 男が振りかざした正論に思わずたじろいだタキシード。その隣で、アメリのバイザーがカチャンと音を立てて閉じた。


 タキシードは見た。バイザーが閉じる寸前の、軽くキマッちゃった感じになっていたアメリの目を。


「わたくし、一向に構いませんわ……大人数に一度に襲われる、というシチュエーションも、いずれは経験してみたかったところですのっ!」


 アメリがドッと前に出た。その加速に取り残されたタキシードが肩から滑り落ちた。タキシードが翼を広げてふわりと道に着地した時と、アメリのすいがリーダーの男に打ち込まれたのは同時だった――アメリのこの酷い先制攻撃癖は、ひょっとすると長年の戦闘訓練の賜物なのかも知れない。だって実戦では、こんなにも効果を上げているわけだから。


 こうして乱行らんこう(乱闘行為の意)が始まった。


 タキシードの耳は、アメリの不意打ち気味の攻撃に金属質な音が立ったのを聞いていた。男が手に持ったメイスで上手く錘を受け止めていたのだ。男の方も決して素人というわけではなさそうだった。


 アメリを助けるべきか、タキシードは悩んだ。正直、どっちもどっちな感じがするし、アメリが男達に負けるイメージも湧かなかったからだ。実際、乱行らんこう行方ゆくえは完全にアメリが押している。大の男が一人、冗談みたいに高く宙を舞った。


 ――ここは様子見といこう。


 行く末を見守る。タキシードがそう決めた時、突然どこからともなく張りのある元気のいい声が響いてきた。


「ハニー! 助けに来たよ‼」


 路地の入り口から聞こえてきた声の主は、タキシードが振り向く間もなく猛スピードで乱行会場に突っ込んでいった。群衆の一人を振り返らせた声の主は、そのままその男を綺麗に倒立させて抱え上げ、後方に倒れ込む動きで男を首から落として紫水晶アメシストの石畳に沈めた――垂直落下式ブレーンバスターだ。綺麗に決めたその闖入者ちんにゅうしゃは金髪マッチョな男だった。


「ハンク! やっと来てくれたのねっ⁉」


「君に認めて欲しくてウェストエンドまで修行に行っていたんだ! 僕は、帰ってきたよ‼」


「おっそいのよ!」


 見事なご都合主義的ハンクの登場にジト目になりつつも、タキシードがブレーンバスターを食らった男の元に駆け寄っていく。


 ――これはいけない。


 ハンクは昂ぶってしまって手加減を忘れたのか、倒れた男はあらぬ方向に首が曲がって泡を吹いていた。慌ててタキシードがゴロゴロ喉を鳴らしながら男の首を舐めてやる。すると、地面から光の粒子が立ち上って男の身体にまとわり付き、首に吸い込まれていった。曲がっていた男の首がパキパキと音を立てながら正しい位置に戻っていく。


 何とか間に合ったようで、タキシードはホッと一息ついた。直後にドンッという大きな音と共に、乱行会場からリーダーっぽい男がタキシードの元に飛ばされてきた。


 タキシードの身体は実際、猫なみだ。特に翼が強い衝撃に弱い。タキシードはすかさず翼を開いて飛び上がり、リーダーの頭上を飛び越して難を逃れた。


「――うおっ! ……なんださっきの猫か……ちっ、驚かせやがって。カラスかよ」


 突然バサリと羽ばたいたタキシードの影に驚いたのか、倒れ込んだリーダーが不意にそんなことを言った。特に考えも無しに発せられた言葉だったのだろう。しかし、それが命取りだった。


「――なんやって……? いまなんつったワレ? もういっぺん言ってみろアホンダラっ‼」


 全身の体毛をブワリと逆立たせたタキシードが、シャーッと牙を剥いた。タキシードの目が、暗赤あんせき色に妖しく輝いていた。


「このワシをカラス呼ばわりするとは……覚悟はできとるんやろうなぁ、ワレ? おおっ⁉」


 倒れ込んだリーダーの胸の上に爪を立てて飛び乗ったタキシード。彼の尻尾がくるくると不思議な軌道で宙を撫で回すと、その空間に不思議な紋様が描かれていく。


 リーダーが眉を顰めた。タキシードの赤い眼光に射貫かれた直後から、身体の力が抜けて全身が痺れていたことに気が付いたからだ。


 そして、路地の影に溜まっていた闇黒くらやみおりが動いた。


「……っ⁉ な、なんだっ⁉」


「――おんどれは闇黒くらやみ独房の刑じゃ!」


 翼を大きく開いたタキシード。その言葉を聞いたリーダーの身体が、這い出してきた闇に包まれ、直後、彼の視界は真っ黒く塗り潰された。

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