アメリの夢
路地の影から様子を窺うタキシードが見た光景は、予想とは随分と違っていた。
バミューダに限らず、大体の
アメリは一夜のアバンチュールを求めて
ひと言ふた言声を交わした後に男が懐から鉄貨を一枚取り出す――その直後、アメリが男をぶん殴って
時々骨のある男がいて反撃を受けることもあったが、アメリは落ち着いて拳で答えた。腰からメイスを抜いた男もいたが、アメリはそれよりもずっと凶悪な
これにはタキシードも困惑するほかない。頭の上に「?」が何個も浮かぶ中、何度かその暴力的ルーチンを眺めているうちに、ふと、これは強盗行為なのではないかと思い至った。それはまずい。売春は問題ないが、強盗は当然不法行為だからだ。止めなければならない。調査依頼
意を決したタキシードが道の端に溜まった
「――ねーちゃん強いなぁ」
倒れた男の脇で鉄貨を拾っていたアメリが、突然聞こえてきた声に機敏に反応した。腰を落とし、錘を両手で構えてタキシードに向き直る。
「――猫?」
「ワシはタキシードや。ちなみに猫じゃなくてスフィンクスな」
まさか猫が喋ると思っていなかったのか、甲冑の下に動揺の気配が見えた。だがすぐにアメリは持ち直し、錘を地面に下ろすと、ガァンという重く硬質な音が細い路地に響いた。あの錘の先端も黄色い宝石製のようだった。
アメリは兜のバイザーを上げた。奥から覗いたアメリの目は丸くなっていた。
「あなた、話せるの?」
「せやで」
ロザリアンは混血国家であるがゆえ、ここバミューダにもあらゆる種族が集まっている。それゆえ、こうして猫にしか見えないタキシードが喋り出してもすぐに受け入れられてしまうのが、この国の懐の深いところでもあった。
言葉が通じれば皆人間という基本概念を提唱した、昔の誰かさんには感謝しなければならないと、タキシードは常々思っている。
「翼まである……変わった猫ちゃんね。わたくしに何か用があるのかしら?」
「……こんなことしてたら、足元すくわれるで」
「あら、心配してくださるの? 優しい猫ちゃん」
「タキシード、な。あとスフィンクス」
エミリ(母)のことは伏せたまま、アメリの説得を試みるタキシード。
「言い寄ってくる男を張り倒すのならまだしも、ねーちゃんの方から声かけてしばいた上に、ゼニまで巻き上げるっちゅーのはなぁ……ゼニが絡むと向こうも本気になるやろし、色区のちょっとした喧嘩の範疇を超えとるわ」
色区で喧嘩はよくある事だ。主に男同士、女同士が異性をかけて喧嘩するのだが、男女の喧嘩もままある。だがそこに金品のやりとりはない。喧嘩して金を奪うと、それは立派な犯罪だ。
「そういうことでしたら、平気よ。わたくしに勝ったらひと晩タダで好きにしていい。その代わりに、わたくしが勝ったら鉄貨をもらう。そういう約束が成ってから始めてますもの。それにわたくし、夢があるの……
それってつまるところ決闘じゃないの? という胸中の突っ込みをタキシードが口にする間もなく、アメリは矢継ぎ早に続ける。
「ですから、小さな頃から身体を鍛え続けたわ。毎日毎日、持久力と瞬発力をバランス良く向上させ、ヴェルダン流棍術道場に通い続けて
(聞いてもないのになんか語り出しよったで、このねーちゃん)
要するに、
上昇志向。結構なことだ。ごっつい鍛えているという時点で、なんとなく貴族の玉の輿狙いかと当たりをつけていたタキシードは、自分の推理の的中に胸の内でガッツポーズを取った。
「まあ、それだけではないのですけれども……お金が貯まる前に、わたくしを倒して迎えに来てくれる人が現れたら、夢を諦めてもいいかなって……だから、こうして目立つようにしてますのよ。あの日、わたくしに軽くひねられてもめげずに、強くなって戻ってくると言った、あの人を、こうして待っていますの!」
「もう言ってること滅茶苦茶ですやん」
アメリはやべー奴だった。彼女の思考回路にこれっぽっちもついていけない。オレより強い奴に会いに行く、を地で行っている感がある。一夜の癒やしを求めてここに来た男達からすれば迷惑極まりない。やっぱり単純に
タキシードは半眼になってアメリを見つめた。
「はぁ。話は見えんけど、そんな自分を餌にするようなことせんでも……」
「平気よっ! わたくし、こうやってはっぱをかけているんですの。多少危ない姿を見せなければ彼も焦らないでしょう⁉ 私はここよ、ハンク! さぁ! 早く私を迎えに来て‼」
「おうよ、迎えに来てやったぜ。イカレ甲冑女」
一人で勝手にボルテージを上げていくアメリの向こうで声がした。彼女が振り向くと、そこには目をギラつかせた男どもが十人ほど。
「とんでもないじゃじゃ馬め、先日の借りを返しに来たぞ。今日はな……全員でかわいがってやる。まさか逃げねぇよな?
男たちは各々手に持った獲物を揺らしていた。
――あいつがハンクじゃ、ないんだろうな。
「言わんこっちゃない」と、嘆息を
「いいわ、胸が熱い……これがときめきなの? これが私が求めていた恋なの?」
「それは違うと思うで」
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