エイジャの調査報告

 アメリ(娘)は武闘派。典型的な武闘派女だった。


 朝から走り込み。昼は筋トレ。午後は武芸と、てんこ盛りだ。年頃の女がそんなに自己鍛錬に精を出すといえば、理由は多くない。


「あかんなぁ、これはマジで売春っぽいな」


 翌日、エイジャの報告を聞いたタキシードはそうぼやいた。別に売春が問題なのではない。エミリ(母)がアメリ(娘)の潔白を信じたい雰囲気があったので、そういう結論だと心証が悪そうだと思っただけだ。まぁ、潔白もなにも売春は犯罪でも何でもないのだが。


 ここロザリアンという国は混血種の国であり、基本的に強い奴がモテる。そこには男も女も、種族も年齢も関係ない。とにかく強き血を求める、ある意味自由奔放な国だ。


 性的にもおおらかであり、生めよ増やせよという社会風潮の中、売春は一般的な男女の出会いの場として公然と奨励されている雰囲気すらあった。生みたい女が強い男を引っ掛け、更にはお金までもらえるのだからこれほど都合の良い話もない。


 ちなみに、望まぬ妊娠というものはあり得ない。女性はその女性が認めた相手でなければ、行為を致しても絶対にはらまないのが、このロザリアンの人間たちの種としての特性なのだ。だから男はとにかく女に認められようと強くなろうとする。そうしないと子孫を残せないからだ。女も、より強い男の目に留まろうとして必死だ。


 つまり、強さは性的アピールに直結する。


 規模の小さな集落コロニーだと、生き残りのために鍛えるのが主目的となるが、バミューダのような大きな都市ポリスにおいては、生存のためというよりは、主にモテるために鍛えている若者が多い。従って、若い内は男顔負けに鍛える女性も多数いる。


 アメリ(娘)の家はいわゆるお金持ちだった。家は三階建ての一軒家で、流石に庭は無かったものの、家屋の雰囲気を見るに十分裕福そうに見えたという。ある程度裕福層になってくると、庶民とは異なって力比べだけで婚姻が決まるわけでもなく、鍛えすぎはむしろ庶民っぽいということで忌避される傾向もあるそうだ。エミリ(母)がアメリ(娘)の素行を気にして悩むのには理由がある。


 そんなアメリ(娘)が過剰に鍛えているということは、やはりそこには売春目的か、あるいは色恋沙汰が裏にある。そしてそれは年頃の娘を持つエミリ(母)にとっては面白くない。


「――それでね、とっとと依頼を終わらせちゃおうと思って、私、夜にアメリさんを追っかけてみようと思ったの」


「ふむふむ」


「そしたらさ!」


 ドンっと机を叩いたエイジャが興奮して身を乗り出して、机の上でましているタキシードに顔を寄せた。


「三階から飛び出してきたと思ったら、あっという間に走って行っちゃって!」


「……ほぅ」


「あの子、完全武装してたのに凄い速くてさぁ! すぐに見失っちゃった……」


「アメリ……どないやねん、ほんま……」


 形のいい猫耳を押さえて頭を抱えるエイジャ。まだ見ぬアメリ(娘)の姿を想像するタキシード。


 エイジャは弱者ではない。彼女もまた鍛えている。生来の遺伝的な特性もあり、タキシードから見てもバミューダで上位に位置するほどに彼女のフィジカルは達者だ。そのエイジャが、本気は出していなかったと思うが、完全武装というハンディウェイトを背負ったアメリ(娘)に追いつけないとなると、アメリ(娘)は噂のロザリアンの貴族達に匹敵するフィジカルエリートの域にいると考えられる。信じられないことだが。


(貴族ねぇ……)


 ふと、ひらめくものがあってタキシードが考えにふけっていると、エイジャが楽しそうにひと通り昨晩の出来事を喋り切ってから、最後に「あーあ」と付け加える。


「あれは、街中だと兄ぃじゃないと追えないよ」


「……ほな、ワシの出番やな」


 そう言ってタキシードは机の上で立ち上がり、身を乗り出したままのエイジャの鼻頭をザリっと舐めた。エイジャもそれを受けて立ち上がり、タキシードを抱きかかえると、その背中を撫でた。背中をなでなで、翼をさわさわ。タキシードの耳の裏に生えている和毛にこげをスースー吸引。しばらくそうしていると、エイジャの顔がほがらかに溶けていく。


「――よしっ、チャージ完了!」


「とりあえず、昼飯くわへん?」


「うん。そうしよ、そうしよ」


 そう言ってエイジャはタキシードを抱えたまま事務所から出て、近くにある行きつけの食堂に向かった。


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