探偵業務、昼の部

 タキシードのように奇抜な形態だと、探偵に不向きではないのかという問いに関しては、答えはイエスだ。タキシードは目立つ。昼間、街を歩いていれば角を曲がる度に誰かに手を振られ、手を伸ばされ、駆け寄られ。チッチッと舌を鳴らされたり(猫の興味を引くためだろう)、プスーっという謎の音を立てられたり(これも猫の興味を引くためだろう)。


 ――子供や美人のねーちゃん相手ならまだしも、何が悲しくて目尻を垂らしたキショいおっさんに触られてやらねばらならないのか。せめておやつを持ってこい。


 そのため、タキシードは普段なるべく大通りを避けて小道を使っている。おかげで人が通れないほど狭い建物同士の隙間すきま道を含め、バミューダの小道マスターになりつつあった。


 だがやはり、大通りを避けて動くと尾行や調査はやりにくく、そういった理由から昼の探偵業務は主にエイジャがになっていた。


「ほんま、いつ見ても大したもんやなぁ。それ」


「ふふ~ん」


 事務所の中でエイジャがタキシードの前でくるりと回ってみせた。


 今のエイジャは探偵モードだ。


 タキシードも目立つが、実のところエイジャも相当記憶に残りやすい。顔立ちが整っていて控えめに言っても魅力的な容姿の持ち主であり、更には赤い髪と紫紺しこんの瞳がたいへん人目を引く。服装もよろしくない。目立つ目立たないで言うと、すこぶる目立つ。それに探偵というちょっとほの暗い職業柄、あまり身バレしたくないという理由も相まって、エイジャは昼に探偵の仕事をするときは決まって変装をするのだ。


 まず服を替える。と言っても、上着を着込んで肌の露出を減らしただけだが。それでもエイジャの柔肌を隠すだけで人の目から逃れる効果は期待できる。更に、そこにフェイスベールを付けて顔を隠し、髪をアップにしてバンダナを巻く。すると彼女の猫耳が髪のボリュームに隠れ、人間の方の耳が現れる。しかしまだエイジャの紫紺の瞳と縦割れの瞳孔、そして華やかな赤髪が彼女の特徴をしっかりと残していた。人物の印象は目と髪が大きな割合を占めているわけだから、これではまだ変装として十分とは言えない。駄目だ。


 そこで最後に取り出すのが、眼球に直接装着する薄くて透明な不思議道具だ。これを目につけると縦に割れた瞳孔の形が丸く変わり、瞳の色が茶褐色に転じる。さらには、なんと髪の色まで瞳に似た栗毛くりけ色になるのだ。


 〈塗り替える鱗リコーティング・スケイル〉――〈星遺物オーパーツ〉だ。タキシード探偵事務所で二番目に高価なアイテムだった。


 こうして探偵モードになり、腰のくびれに手を当てて機嫌よさそうに腰だけをフリフリ踊って見せているエイジャは、普段と比べてまるで別人だった。残念ながら身体の流れるラインが隠せておらず、異性の注目は避けられないが、まぁつまるところエイジャであることが分からなければいい――しかし、それにしても器用な踊りだ。


「エイジャ……変装はええけど、そのスケベな踊りはやめぇや」


「! 何言ってんの兄ぃ⁉ これすっごいベリーダンスっていう由緒正しい踊りなんだよ! せっかく教えて貰ったのに、ヤブドゥルさんに失礼じゃん!」


「ほ、ほぉ?」


 タキシードは気色けしきばむエイジャの様子に押されつつも、続ける。


「――すっごいベリーダンスも、ヤブドゥルさんも……誰やねんそれ? ……まぁ、どっちも知らへんけれどもやな。ともかくその踊り、お前に似合いすぎやねん」


「? 似合ってるならいいのに」


「いや、あかんのや。そうやなくて……似合いすぎてて洒落になっとらんの。それ絶対、ワシ以外の野郎に見せたらあかんで」


「ええー」


「あかん」


 ぶーぶー言うエイジャを見て、タキシードは妹の将来を心配している、この気持ちを伝えるだけのことが、どうしてこうも難しいのかと思い悩むのだった。


 今回はアメリの様子を見るついでに周辺の観察を含めてエミリの家を見に行く(どうでもいいが母エミリと娘アメリが妙に混乱する!)というだけなので、特に変装の必要はないのだが、エイジャはバッチリ探偵モードになっていた。曰く、気合いが入るということだ。


 だがタキシードには分かっている。うっかりお喋り好きなエミリ(母)に見つかって家に連れ込まれたら――と警戒しているその気持ち。


「じゃあ兄ぃ、私行ってくるね」


「気ぃつけ」


 昼間タキシードにやれる事はない。こうして妹を送り出し、窓を開け、万が一があれば飛び出して行けるように窓の近くでお座りの上、寝るだけだ。


 遠ざかっていくエイジャの足音を聞きながら、タキシードはもそもそと机の上で香箱こうばこ座りした。そうして窓から漂う外気に鼻を利かせていると、やがて意識はゆっくりと幸せの中に落ちていった。

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