タキシード探偵事務所
「ほら、最近できた私の文通友達がね、まだ先のことみたいなんだけど、バミューダに来るつもりなんだって。そしたら一回会いましょうって言っててね……ああー、きんちょーするなー!」
「ほ〜、あの、なんって言ったっけ? けったいな名前の。まだ手紙やりとりしとったん?」
「うん……どんな人だろう。ちょー強いらしいんだけど」
「……自分で自分のこと強いとか言うとるの? そいつ相当なナルシーか、ただのアホやで」
ここはタキシードとエイジャの自宅兼探偵事務所。
エイジャは机に突っ伏してそんなことを言い、タキシードがその机の上で彼女の赤髪を前足でちょいちょいと
二人はこの巨大
タキシードはすとんと机から降りると、窓の方にとことこ駆けていき、開いた窓の枠に音もなく跳び乗って、バサリと翼で空気を打ち払った。この事務所は丘の頂上に向かう道の途中に建っていて、ちょっと高い位置にある。だから窓からは都市全体を
キラキラとした街並みの向こうには大きな湖が広がっていて、その上を白い鳥の群れが飛び、遠くから風に乗って鳥の鳴き声が聞こえてくる。
ここバミューダは、国家〈ロザリアン〉の中でも一、二を争う規模を誇る
街の奥に見える湖が〈バミューダ海〉。海の名を与えられるほど広大な、三角形の形をした湖だ。バミューダはこの三角湖の頂点に当たる位置に三つの市街地を
タキシードの探偵事務所があるのが、南バミューダだ。三つの市街地で最も経済活動が活発な区域でもある。一方の東バミューダは首都ガーデンキープへの砦として要塞化された行政区画であり、一般人にはあまりなじみがない。最後の北バミューダは住宅地兼農地のような雰囲気が強く、わりとのんびりした街だ。
三角湖――バミューダ海はこの
風が窓を通り抜けると、気流に乗ってどこからともなく水産物の焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。
鼻が良いというと、一般的に犬を思い浮かべるが、猫も負けじと鼻が効く。そしてなにより、猫は耳が抜群に良い。遠くの馬車の走る音を聞いて、どんな馬車が何人乗せてどっちに向かって走っているのか特定できる。また、人の歩く音――靴底の種類と床の素材、そして歩く癖によって異なる音、リズム、そして衣服や付帯物の音を含めて聞き分け、その人物を特定できたりもする。何の前触れもなく猫が玄関に向かって走り出し、しばらくすると家主が帰ってくる。あの超能力には理由があった。
そしてそんな優れたタキシードの聴覚が、聞き慣れない足音を事務所の外に捉えた。女性、細身、カツカツという靴の音は労働者の靴ではない。それなりに裕福な人物だ。
「――エイジャ、お客さんやで」
エイジャが机の上でカバッと顔を上げた。背中まで垂れた、ぱやぱやした赤い跳ね毛。頭上にピンと立つ猫耳。
エイジャが座ったまま「んんーっ」と伸びをすると、彼女の首に巻かれたチョーカー中心にある
しばらくして、扉をコツコツと叩く音が立った。
「はいはい、はーい」
エイジャが机を立ち、鼻歌まじりに応接用のテーブルを横切って扉に向かって歩いて行く。その歩みに合わせて彼女の赤い髪が跳ね、スカートの裾がひらひらと舞った。
エイジャの服装は、胸を包んだだけのチューブトップを首元から伸びるネックレスで吊った形をしており、白い肩や、すらりとした腕も、縦に長いお
タキシードはそんな妹の後ろ姿を見て、今日も大きく嘆息をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます