黒猫探偵は翔る。夢見る宝石を追って ~ワシ猫ちゃうねんけど、と黒猫が申しております~

赤だしお味噌

ある日の探偵的黒猫の日常

黒猫

「あ、ねこちゃんだ~」


 幼女が指差す先で、街角から黒猫が頭を出していた。大通りをきょろきょろと窺い、道の角から身体からだを出そうか、どうしようかというところで停止している。


 幼女は興奮した様子で母親の手を振り払い、黒猫へ駆け寄った。


 その遠慮なしの音に驚いたのか、黒猫は素早く跳び上がって大通りのベンチの上にしたりと着地した。思慮しりょ深そうに幼女を見つめる黒猫の瞳は透き通っていて青く、宝石めいて輝いていた。


「わっ……」


 幼女が驚きの声を上げた。


 黒猫がバサリと翼を広げたからだ。


 その体躯と同じくらい大きくて立派な二枚の翼だ。その翼は猫の肩付近でしっかりと繋がっており、よく手入れされた女性の黒髪のように、陽光を受けて艶めく光の筋を浮かべていた。


 黒猫はベンチの上で前足を突いてお座りし、翼も畳んで、しなやかな尻尾をお尻に巻き付けると、口をぽかんと開けている幼女の前で綺麗にまして見せた。


 するとあらわになった胸部では逆三角形の白い模様がよく映えて、更にはその逆三角形上部にはちょうに似た小さな黒いマークまで浮いているものだから、これはもう誰がどう見ても礼服タキシードを着ているようにしか見えず、そうなってくると四肢の先だけ白いという特徴もまた、白靴を履いた風にお洒落じみて見えてくるのだから不思議だった。


「――すごーい! きれいなねこちゃん!」


 幼女はすぐに再起動して目を丸くしながらベンチに近づいた。


「――ワシ、猫ちゃうねんけどな」


 そしてこの黒猫、しゃべるのだ。しかも癖の強いアクセントで。


 猫だと思ったら翼があり、喋る。この二重ふたえの衝撃に耐えられる子供はそうはるまい。一度は持ち直した幼女が黒猫の前で完全停止した。


 黒猫は〈スフィンクス〉と呼ばれる一族の末裔まつえいだった。その先祖の特徴を色濃く再現した〈遡源アタヴィズム〉――いわゆる究極の先祖返りとして生を受けたのがこの黒猫。その名をタキシードと言う。


「あ~、あにぃ。またちっちゃい子いじめてるの?」


「――いや、ちゃうでエイジャ。人聞きの悪い。この前、がきんちょに翼ぐーって引っ張られて捻挫ねんざっぽくなってしもうたやん? せやから事前に落ち着かせよう思うてな」


 そしてタキシードを兄と呼ぶこの娘――エイジャもまた、スフィンクスなのだ。


 ――ああ、なんて不公平な。タキシードは妹を見るたびにそう思う。妹のエイジャはどこからどう見ても人間。頭の上に猫の耳があり、お尻に猫の尻尾が付いていても、その姿は人型なのだ。瞳孔が縦に割れていても、人間。それに比べて自分は完膚かんぷなきまでに猫。先祖が憎い。


「ごめんね。兄ぃは、今ちょっと子供恐怖症になっちゃってるの。でも――ほら」


 エイジャが後ろからタキシードの脇に両手を差し、持ち上げ、その身体をびろーんと伸ばしてみせた。そんなタキシードの無抵抗なざまを見た幼女の身体から緊張が抜けた。


 エイジャが仕上げとばかりにウィンクしてみせる。


「……触っても……いい?」


「――ええよ」


 若干怯えた色を見せながら、消え入るように小さな声を出した幼女。エイジャに抱えられて、なすすべなく両前足をピンッと突き出したタキシードが、ふさふさのお腹を披露しながら、むすっとした感じで応じた。


 幼女の顔がはじけ、わしゃわしゃが始まる。


「ご、ごめんなさいね――」


 幼女の母がそう言って慌てて駆け寄ってくるも、その目は好奇の色で満ちていた。こうしてタキシードがひとたび身体を許すと、あれよあれよという間に人だかりができる。


 タキシードはご近所さんの人気者だった。

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