第6話 お仕事付き一軒家

 気温14℃、随分と暖かくなってきた。

 すぐに開花宣言が日本列島を北上し、人たちは浮き浮き気分になっていくことだろう。

 もちろんツイスミ不動産一同も例外ではない。その証拠に自称イケメン・紺王子宙太が珍しく「カサリンさま、今日のお洋服、英国王室風で、お似合いですね」と上司の笠鳥凛子をヨイショする。

 いつもならキャサリンと呼べとヒス起こすところだが、「あらっ、そう。紺宙の眼も少し進化したようね」と上機嫌。

 業務中にあっても笑いが起こる。

 こんなユル~い時に、実にクラ~い感じのシニアカップルが入って来た。

 その手にはビラが……。


 長い旅路の果てにきっとある、

 あなたの居場所。


 これからの残された人生は穏やかに、

 そして好きなように暮らして行きたい。


 そんな終の棲家を

 あなたはお探しではありませんか?


 お任せください、ツイスミ不動産に。

 あなたのご要望に応え、

 最高にご満足いただける物件を

 ご紹介致します。


 ウェルカムの挨拶後、婦人が「このジゴロとの生涯、まったくのクソだったわ。だけどね、言ってくれたの、人生も残り僅か、ここらでお前と終の棲家に着地したいと。だから探して欲しいの」と紺王子に熱く訴えてきた。

 一方苦み走ったダンナはその通りだよと眼前で人差し指を縦に二度振るだけ。

 う~ん、まことにキザな爺ちゃん、クワガタにとって超苦手なタイプだ。

 あ~あと溜息が出そう。


 そんな瞬間に上司からの尖った視線を感じる。

 そう言えば、カサリン姉御、朝礼で檄を飛ばしてたなあ、「まずは客の懐に飛び込め」と黄色い声で。

 紺王子、名前はまことにプリンスだが、実態はしがないサラリーマン。

 ここは服従で、「男の決意、ご立派ですね」とまずは心の扉にノック。

 あとは馴れ馴れしく「ご趣味は?」と爺ちゃんのハートにジャンプ・イン、……したつもりだった。


 だがオヤジは沈黙を継続。

 こんな場を見かねたのか、ご婦人が一言代弁する。「インスタグラムよ」と。

 昔気質の爺ちゃんが、インスタ! 

 驚きで紺王子は後退りする。

 こんな部下の動揺に課長は辛抱できず、「お若いご趣味で、素晴らしいですわ」といきなり割り込んでくる。実に鬱陶しい。


 そこで部下が「課長のインスタは自己満の茶色い弁当ばっかり、それでもいいね付けろと命令、これってパワハラですよね」と愚痴を零す。

 すると上司から「こいつのインスタって、虫ばっかりの自己中。ほんと芯からクワガタなんですよ」と痛烈な反撃がある。

 こんなやり取りに寡黙な爺ちゃんが微かに笑ったような、笑わなかったような。


 いずれにしても紺王子は少しホッとした気分となり、「インスタのテーマは何ですか?」と訊いてみる。

 すると横の婦人がうんと頷き、男の代わりに一言返してくれた。

「花鳥風月よ」と。


 花鳥風月、……って、なんと高潔無比な!

 俗界、不動産屋の二人が恐れ入りましたと、歩調を合わせ、三歩後退りをする。

 しかれども女鬼課長はプロ中のプロ、一歩、二歩、三歩と元に戻り、提案する。

「長い旅路の果てに着地する終の棲家、そこには花鳥風月がある。探してみせましょう」

 これにニコリ、波瀾万丈に生き延びてきた男がたった1回だけヤニっぽい前歯見せたのだった。


 3週間後、紺王子が四駆のハンドルを握る。

 助手席には笠鳥課長、後部座席には幾星霜を共に重ねた老カップルが揺られてる。

 もう幾つの山を越えて来ただろうか、そして疾風の如く草原を突っ切り、目的地へと到着。

「ここは白龍沼です、インスタ映えの地ですよ」と水際まで案内した紺王子が自慢気に話す。

 確かに水面に雪の連峰が映り込み美しい。


「この風景は水鏡ね、月もリフレクトするでしょうし、薫風に野鳥が翼を広げる。あなたこの辺りに着地しましょうか?」と婦人が男の気持を訊く。

 これを受け、顔に燻し銀のような光沢を持つ男が初めて発する。

「鳥、風、月はあるが、ここには花がない」


 う~ん、なるへそ! 

 普通ならここで不動産屋は尻尾を巻いて退散しなきゃならない。

 しかし営業責任者のカサリンは違った。ズカズカと前へと進み出て、向こう岸へと指を差す。

 そして唐突に、「あの大木を見てくんなまし。あれは一本桜どすえ、祇園夜桜の一重白彼岸枝垂桜ひとえしろひがんしだれざくらと同種なんえ」と。

 こんな遊女か舞子か判別付け難い語りに、爺ちゃんはおおっと仰け反る。


 この反応に調子付き、課長が提案する。

「あの横に一軒家があります。残された人生、花咲か爺さん、桜守りとして生きてみませんか?」

 すると男は「なるほどね、着地はここだ」と人差し指を強く縦に五度振る。

 されども婦人は無表情。

 なぜ、なぜ、なぜ?


 不動産屋にはわかってる。

 カサリンがクワガタに目配せすると、即座に、もうすぐ水面に浅紅色の姿を映すであろう一本桜に向かって大声を発するのだった。

「お値段は、桜守りのお仕事付きで……、480万円ど~す!」


 さてさて、みな様なら――、買いますか?


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